第39話

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さらに製作が開始された。

蒸気タービン発電機と電動機推進システムの二つを作るので、時間がかかる。

燃料は石炭ではなくバイオエタノールを採用した。

フロストランドの北側の海は冬場はもちろん、夏でも気温が低い。

アルコールは水と違って氷点下でも凍らない。

石炭は埋蔵量に限りがあるので、節約する方針だ。

作物由来のバイオエタノールなら栽培と収穫を繰り返して行けば原料が枯渇することはない。


燃料のバイオエタノールを燃やして水管内の水を沸かして蒸気を管へ通す。

蒸気管の内部には衝動タービンと反動タービンが設置されていて、動力がギアボックスへと向かう仕組みだ。

ギアボックスの回転を発電モーターに伝えて、交流発電をする。

電圧を下げる変圧器、交流から直流への変換をする整流器を経て、電動モーターを動かす。

交流から直流への変換は、半導体ダイオードがいる。

半導体ダイオードは雑に言うと、半分だけ電流を通すものだ。

交流電流は電流の方向が正方向と逆方向の両方に交互に流れる、ダイオードはそれを一方だけに整える。


「シリコンがいるな…」

「豊胸でもすんの?」

「ちがうわ!」

ヴァルトルーデは怒鳴った。

「冗談だよ、ロシアンジョーク」

アレクサンドラが舌を出すが、

「フック効きすぎてるぞ」

ヴァルトルーデは皮肉たっぷりに返した。

格闘技好きなのかもしれない。

「ケイ素か、西の丘陵地だね」

「ゴブリン族の土地か」

ヴァルトルーデとアレクサンドラは顔を見合わせる。

つくづくゴブリン族の土地には悩まされる。


「とりあえず整流管を作ろう」

「ケノトロンかー」

「電気関係はほとんど手つかずだからな、この機会に力を入れてもいいだろう」

ヴァルトルーデは一人でうなずいている。

整流管はいわゆる真空管である。

真空管は陰極(カソード)と陽極(アノード)の二つの極を持っているので、二極管ともいう。

ダイオードは本来、二極管を意味する。

二極真空管はガラス管の中にフィラメント(陰極)とフィラメントに向き合う板状の電極(陽極)を封入してあり、真空中でフィラメント電極に電流を流すと加熱され、熱電子が放出される。

板状の電極はプレートと呼ぶ。

このとき、フィラメントを基準にしてプレート(陽極)側に正電圧を与えると、放出された熱電子は正電荷に引かれ陽極に向かって飛ぶ。

この結果フィラメントからプレートに向けて電子の流れが生じる。

すなわち、プレートからフィラメントに向かって電流が流れることになる。

逆に、プレートに負電圧を与えても熱電子は負電荷に反発してプレートには達しない。

二極管はプレートからフィラメントに向かう電流のみ通すことになり、整流効果が得られる。


「電子回路まで作らないと後で困る」

「電子制御ができないもんねぇ」

アレクサンドラも、うんうんとうなずいた。

「そうするとトムテだな」

手先の器用さでは、ドヴェルグよりトムテの方が勝っている。

電球の製作ではそれが如実に表れた。

電子回路についても、トムテに任せるのがいいかもしれない。


二人は館の会議室へ向かった。

スネグーラチカは普段から会議室に居て、誰かと国政について話しているはずだ。

国政が趣味なのである。

マグダレナとクレアとパトラがいる。

この三人は会議室に入り浸っているのが普通だ。

マグダレナはまるでスネグーラチカの秘書官で、パトラは執政官だ。

館の事を一手に引き受けており、部下たちに指示している。

クレアは普段は雑談ばかりしているが、時々外へ出かけている。

町の事を一手に引き受けていて、実務担当の者たちとやりとりしている。

郵便、鉄道運営、商会の監視、経済の監視等々、事例を挙げたら切りがない。

とにかく経営者としての腕を振るっているのだった。


「お、お二人さん、砕氷船の製作はどうだい?」

クレアがニヤニヤしながら言った。

「それなんだが、シリコンが欲しい」

「シリコン?」

クレアが変な顔をする。

「なんで、またそんなもんを…」

「シリコンは半導体だ」

ヴァルトルーデは説明する。

「半導体ダイオードは整流器を作るのに必要だ」

「発電か、それが船と関係あるのか?」

パトラが疑問に思って聞いた。

「砕氷船には電動機による推進システムが適している。

 電動機を動かすのに船内に自前の発電機を作る。

 発電した交流電流を、変圧器を通して下圧し、整流器を通して直流へ変える」

ヴァルトルーデは簡潔に答えた。

「ふむ、その「しりこん」というのはどこで手に入るのじゃ?」

スネグーラチカが質問した。

「鉱山などだな」

「つまりゴブリン族の土地だね」

ヴァルトルーデとアレクサンドラは一言で答えた。

「うーむ、それはまた難しいのう」

スネグーラチカは躊躇したようだった。

ゴブリン族とは友好関係にあり、鉱石などを優先的に販売してもらっている。

また、最近開発した内燃機関を鉄道に導入することで、パワー不足が解決する見込みだ。

今後の関係も良好と言える。

しかし、ゴブリン族の中に残っている反乱分子が悪い影響をチラつかせてきた。


(ここで「シリコンもくれ!」などと伝えてしまって良いものか…)


スネグーラチカは反発を招かないかを気にしている。


「今回作ろうとしている発電機は従来のものとは比較にならないくらい高性能だ。

 それが完成したら、山の中でも電気を作れる。

 電気が供給できればゴブリン族の生活も劇的によくなる」

「蒸気タービンは機関車にも船にも使えるよ、発電機だけじゃない」

アレクサンドラが補足する。

「それから、シリコンが入手できれば電子回路の道が開けてくる」

「私たちに一番欠けてる分野か」

クレアが唸った。

「なんじゃ、その「でんしかいろ」というのは?」

スネグーラチカは言葉の意味が分らず、頭の上に「?」マークを浮かべている。

「簡単に言うと、機械を自動で動かす装置みたいなもんかな?」

「うわ、雑な説明」

「それから、遠くの場所に信号を送ったりもできる」

「……軍事的に使用したら圧倒的優位に立つな」

スネグーラチカはすぐに理解したようだった。

実際、通信機が戦争の様相を一変させた。


有線通信が普仏戦争の勝敗に寄与したことはよく知られている。

第一次世界大戦のころには通信で砲兵に射撃目標を指示する事が可能になり、実用的な長距離射撃が可能になった。

第二次世界大戦のころには無線が普及し、部隊や車両が移動しながらにして有機的に結合することが可能になった。

これがフロストランドの世界でも起きたら。

初回は相手が対応できず、虐殺になる。

各国はこぞって通信機を求め、たちまち通信機が普及するだろう


「我が国はすでに科学技術を進歩させてます、雪姫様の懸念は早晩表層化しますわ」

マグダレナが少し冷たい感じで言った。

「それにいずれは技術が進んで、技術を奪い合うようになります。我々が使い方を間違わずに普及させる方がまだマシですわよ」

「……私にはわからぬ」

スネグーラチカは目を閉じている。

「私たちの世界では経験済みで、凄惨な過去が多いが、それを生かせばこの世界が同じような戦禍に見舞われるのを防げるかもしれない」

ジャンヌがポツリと言った。

「それには戦いにならないほど力の差ができていること」

「……力の差が圧倒的じゃと、相手はまずその技術や道具を獲得せねばならぬからな」

スネグーラチカは言った。

その目には決意のようなものが見て取れる。

「一方的で傲慢ではあるが、平和を維持するには圧倒的な力を持たねばならぬのだな」

「仰せのままに」

クレアが冗談っぽく言った。


「まあ、その話はとりあえず置いといて、だ」

ヴァルトルーデは話を続ける。

「ゴブリン族とは今以上に友好関係を築かないといけない」

「主にシリコンのために」

アレクサンドラが、おどけて言ってみせる。

「友好は望むところじゃが、物資のためというのが腑に落ちぬな」

「国の運営には、好むと好まざるとに関係なく、やらなければならないことが多いのです」

いつの間に入ってきたのか、フローラが口を開いた。

話に夢中になってる間に、入ってきたのかもしれない。

見れば、パックもいる。

「…その通りじゃ」

スネグーラチカは、うなずいた。

「そう、発電機が作れたらゴブリン族にも恩恵はあるからね」

「作業機械、輸送機械、それに電動機関車」

「例を挙げたら切りがないな」

アレクサンドラとヴァルトルーデは肩をすくめた。



雪姫勢力がシリコン入手のために画策している間に、ゴブリン族の反乱分子がまた活動を再開した。

今度も100人程度の集団らしい。

アールヴの郵便局員が情報を入手してきた。

すぐにゴブリン族より、鎮圧の助力について要請があった。

三度目の鎮圧で、雪姫軍の雰囲気は緩んできている。

ジャンヌはいつも通り厳しくしているが、どうしても勝てる相手には侮りが出てくるものだ。

今度は100人の規模にした。

反乱分子は、もはや脅威ではないので、人数は最小限でゆくことにしたのだった。

残りの兵士は訓練や防衛、そして労働力としてインフラ設備に協力する。

遊ばせておくには勿体ない人数になってきたので、ジャンヌは建設関係の技術を学ばせることにしたのだ。

歴史的に見ても軍隊は技術者であることが多い。

ローマ帝国のローマ軍団兵は土木技術を持つエリート集団として知られる。

雪姫軍にはドヴェルグが多い。

ドヴェルグたちは、ほとんど全員が職人としての技能を持っている。

これを使わない手はない。


「今回は最小限の戦力でいく」

ジャンヌは部下たちに説明した。

こちらの労力を減らしたいのだった。

そのため、外務大臣の巴しか同行していない。

数を減らしたのは、ゴブリン軍に活躍してもらうためでもある。

「大臣、ヤツらに遅れは取らんですだ」

大将格のドヴェルグがドンと胸を叩いた。

「うむ、そうだな」

ジャンヌはうなずく。

「皆、油断すんなよ!?」

大将格は振り向いて兵士たちに言った。

「「「おー!」」

大勢の声が上がり、士気は上々といったところだ。

しかし、ジャンヌはなんとなく不安を覚えた。


その不安はすぐに現実になる。


ドゴオォォン!!


轟音。


坑道だった。


交戦状態になりゴブリンの反乱分子を蹴散らした。

逃げる反乱分子たちを追って、ゴブリン軍と雪姫軍の兵士たちが坑道へ入った矢先のことだ。


爆発は坑道の入り口までに及び、坑道の入り口付近にいたジャンヌは飛んできた石が太腿に当たって負傷した。

「ジャンヌ!」

巴は咄嗟にジャンヌを抱えて坑道から離れる。

ドヴェルグの兵士たち、ゴブリン軍の兵士たちも、その後に続いた。


「ヤツら、火薬を使った…」

ジャンヌのケガはそれほど深くはなかった。

二、三日で復帰できるだろう。

鉱山の管理に使っている部屋を借りている。


問題は、ゴブリン族が火薬を使ったことだ。

「なんでヤツらが火薬を知ってるんだ?」

「なぜだろうな…」

巴が憤りながら言うと、ジャンヌは自問自答するようにつぶやく。


被害は大きかった。

雪姫軍のドヴェルグ兵士は25名死亡。

ゴブリン軍の兵士は30名死亡。

である。

坑道の天井が崩れて塞がってしまってるので、遺体を取りにもいけない。


「私の落ち度だ」

ジャンヌは己を責めた。

自分の頬を拳で殴り始める。

「部下を死なせてしまった……!」

「やめろ、自分を責めても仕方ないだろ!」

巴が慌てて止めに入った。

「大臣のせいではないですだ!」

大将格のドヴェルグが部屋に入ってくるなり言った。

外で聞いていたらしい。

「ワシらは軍に入った時から死ぬ覚悟だべ、恐れるのは敵に背を向けて死ぬことだけですだ!」

「んだ!」

「あいつらは敵の方を向いて死んだ!」

「ヴァルハラに行っただけだよ!」

ドヴェルグの兵士たちが狭い部屋に入ってくる。

「敵を侮ったワシらがイカンかったんですだよ」

大将格のドヴェルグは言った。

「同胞の死は高い授業料だげんど、ヤツらにはもっと高い授業料ば払わせてやるだよ!」

「んだ!」

「反乱分子ば倒すだ!」

ドヴェルグたちの士気は落ちなかった。

それどころか、逆に報復する気満々である。

「……見ろ」

巴はジャンヌに言った。

「部下たちの士気は落ちてない」

「……ッ!」

ジャンヌは目を見開く。

「サムライだ」

巴は静かに言った。

「おまえらは良い武者だ! 必ずヴァルハラに行ける!」

「ヘン、当然でさあ! トモエ大臣!」

ドヴェルグは威勢良く答えてみせる。

「私たちは確かに、相手を見くびっていた。それは反省する。だが、これからはそうはイカン」

「その意気でさあ! トモエ大臣!」

「よし! おまえらは良い武者だ! 武士道は死ぬことと見つけたり!」

巴はテンションが高くなって、なんだかよく分らないことを言い出したが、

「へ? なんです、それ?」

「なんでもいいじゃねーかよ、皆いつかは死ぬだよ!」

「同じ死ぬなら前のめりだべよ!」

ドヴェルグたちにも、そのテンションが感染したらしい。

「ウラーッ!」

「ライライヘイッ!」

よく分らん叫び声が部屋にこだました。


このやり取りが良かったのか、ジャンヌは自分を取り戻した。

「取り乱してスマン」

元気はなかったが、いつもの調子に戻ったようだった。

「元気を取り戻したか」

巴が笑顔を向けたが、

「いや、おまえらに任せとくと全員突撃して全滅しかねないからな」

ジャンヌは皮肉で返した。

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