第86話 越後の龍

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=====


信濃を制圧した長尾景虎は少数の精鋭を率いて甲斐の躑躅ケ崎館に入った。

信行は上野攻略を柴田勝家に任せて躑躅ケ崎館に残り景虎との対面に臨んだ。


「長尾景虎である」

「織田信行です」

「単刀直入に訊ねるが、甲斐を我々に譲るというのは本当か?」

「間違いございません。上野についても長尾家にお任せ致します」

「有難い申し出だが、織田家にとって骨折り損になるのではないか?」

「骨折り損になっても構いません。武田はともかく上杉は不倶戴天の敵。滅ぼすだけで我々の気は晴れます」

「甲斐と上野については確かに承った。上野については越後から援軍を向かわせているから存分に使ってくれ」

「有難うございます」


景虎は越後に残っている宇佐美定満に遣いを出して上野に一軍を差し向けて織田勢を援護するよう命じていた。

指示を受けた定満は長尾政景と新発田重家を上野に向かわせており、長野業政が居る箕輪城に向かっていた。


「武田義信の身柄については?」

「甲斐の統治を任せる予定だ」

「大丈夫ですか?」

「武田晴信とは違って謀を巡らせる事を嫌うと聞いている。儂や貴殿を裏切ればどうなるかは十分理解している筈だ」

「確かに腹芸を好まないように見えました」

「甲斐の事が全く分からない儂が治めるより分かっている者に任せた方が良いだろう。但し長尾のやり方に改めてもらうがな」

「分かりました。上野については長尾家から人を入れて頂く必要がありますので」

「それについては宇佐美と話が出来ているから安心してくれ」


武田晴信は葛尾城陥落に際して自刃したので武田家は嫡男である義信が跡を継ぐ事になる。

景虎は軒猿を通じて義信の性格を把握しており、家臣の統制がしっかり出来ていれば甲斐を任せる事が可能だと判断していた。

上野については一族の長尾政景を入れて統治させる方向で調整が進められており、上野に向かっている援軍を政景に任せる事で国内の視察を兼ねさせていた。


「貴殿は上杉を滅ぼす理由は考えているのか?」

「朝廷が認めていない幕府役職を自認している事、足利藤氏を擁立して幕府再興を画策している事、織田に喧嘩を売った事」

「なるほど。売られた喧嘩は買うのが筋というもの。貴殿の考えは正しいと思うぞ」

「ありがとうございます」

「他家から文句を言われたら越後の長尾家も賛同していると言ってやれ」


*****


上野に向かった柴田勝家は上杉の勢力圏内に入ると軍を二分させた。

自身は前田利家と共に上杉憲政が居る岩櫃城に向かい、酒井忠次と石川数正を別動隊として足利藤氏が居る館林城に向かわせた。


「叔父貴、館林から包囲が完了したと知らせが来たぞ」

「これで行けるな。利家、箕輪城の長尾勢に遣いを出してくれ」

「心得た。内容は?」

「三日後の日の出を合図に攻撃を開始する。城内に居る敵兵は一兵残らず捕らえるか始末されたしと」


勝家は躑躅ケ崎館で信行と合流した際、上野攻めを命じられると共に敵兵の扱いについて指示をされていた。

指示を聞いた勝家は驚いて信行に聞き直したが間違いないと返されたのでそれ以上問い掛ける事をしなかった。


*****


勝家と利家の遣り取りを眺めていた滝川利益は岩櫃城に視線を移した。


「足利藤氏も欲を出さなければ数年間は命を長らえたものを。京都にある幕府が消滅した事で欲が出たのだろう。上杉憲政も有名無実になりつつある関東管領の復活を目論んだと思うが、喧嘩を売る相手が悪すぎた」


利益は一連の流れを思い出しながら誰に語るわけでもなく一人呟いていた。


「長尾景虎も上杉の仕置きは治部大輔様に任せると言ったので降伏を願い出たところでどうにもならないだろう。おそらく里見・宇都宮・那須の三家も上杉と同じ運命を辿る事になる」


三家は藤氏が発行した御内書を受け取り協力する旨の返書を出した事は長尾家の軒猿を通じて信行の耳に入っており何らかの対応を取ると周囲に仄めかしていた。


「北条が今回の戦いぶりを見て賢明な判断を下せば良いが、小田原城を盾に徹底抗戦するなら同様に叩き潰される。難攻不落といっても兵糧攻めで長期戦に持ち込むのもよし、大筒を使って短期決戦に持ち込むのもよし。手段は幾らでもある」


今回の対応が終われば相模と伊豆の攻略を本格化させるのは確実で三方を敵に囲まれている北条は抵抗する術を持ち合わせていない。

北条が降伏すれば相模から関東平野に進出して陸路で房総半島へ向かえる事になるので里見家は確実に崩壊する。

その前に宇都宮と那須を潰して里見の心胆を寒からしめるのも面白い。

信行が関東平野の諸勢力をどのように料理するのか利益の興味は尽きなかった。

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