第19話 兄は西へ、弟は東へ(1556〜1557) 修正版
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2024.6.2修正
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鳴海城に戻った信行は出迎えた勝介に同朋衆処断の件を説明していた。
「連中は最期まで命乞いをしていたよ。己のやった事を棚に上げてね」
「情けない連中ですな」
「拾阿弥に至っては私の事を呪詛していたよ」
「何と無礼な」
「呪詛返しをしてやると言って首を刎ねたよ」
処断された茶坊主の遺族や推薦した寺から苦情が寄せられたが、家臣の心得を守らなかった者が悪いと信長は相手にしなかった。
「その後が大変でね」
「と申しますと?」
「新たに召し抱えた近習に訓示をしてくれと兄上から命じられたよ」
「受けられたのですか?」
「断ろうとしたけど政秀と秀貞から頭を下げられたからね。やらざるを得なかった」
家臣の心得を逸脱しない様に勤めていれば必ず報われると激励する意図を持って訓示した。
しかし話を聞いていた者の中には少しでも逸脱すれば容赦無く処断するぞと捉えてしまい、役目から降ろしてほしいと言い出して政秀たちが宥める場面もあった。
「先が思いやられますな」
「大丈夫なのかと兄上も首を捻っていたよ」
「しばらくは御館様も苦労されるのでは?」
「まあ自業自得の面もあるけど、諦めてもらうしかないね」
信長が放置していた事も原因の一つなので、この件に関しては仕方ないと信行は匙を投げた。
「ところで利家の処遇はどう致しますか?」
「当面の間は警固番に就かせる。家に閉じ籠もっていたから腕も鈍っていると思うからね」
「戦に出すのは確かに危険ですな」
「本人は納得しないかもしれないが、我慢してもらう」
「承知致しました。某から伝えておきます」
信行の計らいによって利家は城内の警固番を務める事になり、門番や巡回を行いつつ暇を見つけては鍛錬に励んだ。
*****
信長の打ち出した政策(街道整備・関所改廃・楽市楽座)は内政に専念した事もあって順調に成果を上げていた。
また農民兵が主体だった軍制を常備兵主体に改める事で一年を通じて合戦可能な状態になり、農民兵主体の他国に対して優位性を築きつつあった。
「兄上、用事があると聞きましたが」
「近い内に美濃攻略を始める」
「いよいよですね」
「蝮殿(斎藤道三)や竹中重治から色々教わったからな」
「一度で落とすつもりですか?」
「それが出来れば苦労せん」
信長は地図を広げるとある場所に印を書き込んだ。
「先ずは美濃国内に橋頭堡を築く。その後は調略で家臣団を切り崩す。稲葉山を攻めるのは全てが整ってからだ」
「難攻不落ですからね」
「それを無茶苦茶にしたお前が言うか?」
「あれは何度も成功するやり方ではありませんよ」
信行は斎藤道三を美濃から助け出す際に焙烙玉を使って稲葉山城の一部を破壊した件である。
「確かにな。俺が美濃に取り掛かる間にやってもらいたい事がある」
「内容は?」
「三河を攻めろ。その後は東へ進んで駿河まで落とせ」
「今川を潰せと?」
「お前は井伊家を再興させると直虎に約束している。その約束を果たしてやれ」
「承知致しました」
信長は立ち上がると信行に近付いて肩に手を置いた。
「これはお前にしか頼めん。しっかりやってくれ」
「お任せ下さい」
「それとお前の与力として鳴海城付にする者を別室で待たせている。顔合わせをしてくれ」
用事があるという信長はその場から立ち去った。
*****
近習に案内された部屋には鷺山城で顔を合わせた明智光安と明智光秀が待っていた。
「お待たせして申し訳ない」
「我々も先程呼ばれたところです」
挨拶を終えると同席していた林秀貞が経緯の説明を始めた。
美濃攻略を始めるにあたって斎藤義龍の下で合戦に参加した経験が多い事から信長に提言する策が義龍に察知される可能性がある事を申し出た。
話を聞いた信長は二人を美濃攻略から外すと共に信行の与力として三河攻略の手助けをさせる事にした。
「兄上から三河攻略と命じられたけど現状は厳しいだろうね」
「二方面を一度に攻める為の兵力を持ち合わせていないように見えます」
「光秀の言う通り。知多に居る水軍を投入すれば数の上では渡り合えると思うけど丘の上での戦いは不得手だからね」
「虎の子の水軍を失う事になりますな」
「遠江や駿河に入れば水軍は必要になる。今川が追い込まれたら余計な手出しをする奴が居るからね」
「武田と北条ですね?北条は伊豆に水軍を抱えているので来るのは間違いないでしょう」
光秀の意見を聞いていた信行は良い人材が手に入ったと笑みを浮かべた。
「三河攻略に関しては松平と一向宗を利用する事を考えている」
「松平に三河を与えるのですか?松平は織田家に恨みを抱いているので手を組むのはお勧め出来ませんが」
「松平を復権させるつもりはない。あくまで利用するだけだ」
人質として織田家に居た松平元康と信行は当然ながら面識はある。
信長は元康を弟のように扱っていたが、元康に対して違和感を抱いていた信行は必要以上に関わらなかった。
その時に抱いていた違和感は無邪気に遊んでいる中で醒めた表情を見せていた事に対するものだった。
「今川と一向宗には松平絡みの噂を流す」
「今川は分かりませんが、一向宗は噂を信じる可能性が高いでしょう」
「両者がやり合って共倒れしてくれたらその隙に攻め込む」
「今の時点ではそれが最善の策だと思います」
三河攻めの準備を始める為に信行は二人を伴って鳴海に戻った。
*****
【登場人物】
松平元康
→1543年生まれ、今川家臣
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