夏祭りと祭囃子

 とりあえず、手持ちの鞄に日吉さんの用意してくれた形代を入れて、出かけることにした。

 さすがに神社の近所は待ち合わせには向いてないからと、まほろば荘の前で待っていた。


「あ、小前田」

「うん。じゃあ行こうか」

「うん」


 ふたり揃って、Tシャツにデニムという格好だったけれど、この時期だと虫よけも気になるからちょうどいいだろうということにする。

 しばらくふたりでのんびり歩いていたら、シャンシャンと音が響いてきた。

 神社の手前にある敷地で、白い着物を着た男の子が踊っている。


「あれってなんだろう?」

「神楽だな」

「……なんか神楽って、もっとこう、背筋ピンと伸ばして踊るもんだと思っていた」


 私の中のイメージだと、巫女さんが真っ直ぐに和楽器の音色に合わせて踊っているイメージだったから、白い着物の男の子が体を大きく動かして踊っているのは物珍しく見えた。

 この辺りの神社には来たことがなかったから、余計に新鮮に見える。

 それに鳴神くんは「あー」と言う。


「神楽にも女舞と男舞がある。多分小前田が見たことある神楽舞は女舞だったんだと思う」

「はあ……そうだったんだ」

「基本的に神楽舞は神社によってもいろいろあるから」

「ふうん。それにしても鳴神くん詳しいね? 私神社についてはそこまで詳しくないよ?」

「……幽世でうろうろしているときに、そんなんをそこにうろつている奴に聞いた」

「ふーん……」


 周りがあるって言っているし、人間には「見るな」って警告している百鬼夜行も幽世も、私にとっては膜一枚向こうの不思議な話だ。

 ただ、鳴神くんの性格上、しょうもない嘘はつかないだろうなあと、それが本当にあるんだろうことは信じることができた。

 のんびりと歩いている間に、屋台の並びが見えてきた。どこも結構混んでいるから、今の内になにを買うか決めておかないと困りそう。


「屋台いろいろあるね。どうする? お祭り定番だったら、綿あめとかたこ焼きだし、唐揚げ棒とかもあるよ……なんかケバブの屋台もあるね?」


 いったいどういうところに頼んでいるのか、屋台はいわゆるお祭りの定番のものから、野平さんみたいなお酒が好きな人用のもの、なんか海外の観光地にありがちな変わり種まであって賑わっていた。

 鳴神くんはビローンと伸ばして売っているトルコアイスに目が釘付けになっていた。


「……アイスって本当に伸びるんだな」

「アイスというか、トルコアイスがだね。それにする? 私は今からちょっとたこ焼き並んでこようかと思っているけど」

「ん。じゃあトルコアイス買ってくる。小前田は食べるか?」

「えっ! じゃあいただきます! たこ焼きふたつね!」


 私たちはとりあえず鳥居付近……は人が一番ごった返していて、待ち合わせ場所には向かないからと、さっきまで眺めていた神楽の舞台前で待ち合わせをして、それぞれ買いに行った。

 私は財布を取り出そうとしたところ、バチンッと音が響いて思わず「おおっ」と声を詰まらせた。

 形代が二枚ほど焦げてプスプスと言っている。鳴神くん、よっぽど嬉しかったのかな。雷を落としているし、本当に私のほうに落としたんだ。

 私は屋台で「たこ焼きふたつください」と買ってから、それを持って舞台へと戻っていった。

 鳴神くんはトルコアイスをふたつ持って待っていた。コーン入りというのが、食べてゴミも少ないからありがたい。


「……あれだけ伸びてたのに、食べると意外と普通のアイスだな」

「アハハハハハ……観光地でだったらパフォーマンスで伸ばしたりするらしいけど、地元のアイス屋さんでは日本でも有名なアイス屋さんみたいに普通にしか売ってないんだって。何味買ってきたの?」

「チョコとバニラ。普通のやつ。どっちにする?」

「じゃあチョコで」


 私は「アイス溶けちゃうから先にそっちから食べようか」とふたりで先にトルコアイスを食べはじめる。

 少し歩いただけで汗ばむんだから、アイスの冷たさが全身に染み渡るような気がする。

 私はアイスを食べながらなにげなく周りを見ていたら、浴衣を着てカラカラと笑っている子たちも意外と多い。


「浴衣も可愛いよねえ……いいなあ」

「ん。小前田は浴衣着たかったのか?」

「私、ひとりで着付けできないから無理だよ。それに単純に暑いから、着る元気のある人はすごいなって思う」

「そっか」


 アイスを食べ終わってから、たこ焼きも食べる。甘いものを食べたあとはしょっぱいものだ。

 思っているより大き目なたこがゴロゴロしているのを堪能しつつ、鳴神くんが変なところを見ていることに気付いた。

 どうも上のほうを見ている。


「鳴神くん? 視線、なんかあるの?」

「ん。やっぱりここって山神の縄張りなんだなあと思ってた」

「山神様……? あっ」


 鳴神くんの視線の先を見て、少しだけ目を見開いた。

 相変わらず日吉さんそっくりな姿で、鳥居の上に座っていたのだ。私は思わず辺りをきょろきょろとする。


「あの……神様が普通に見えてて大丈夫なものなの? まずくない? 周りとかびっくりしない?」

「大丈夫じゃないの。多分ちょっと霊感ある人だったらともかく、ほとんどの人は山神が見えてないから」

「ああ……私、普通に神社に参拝に行ったときに会ったから、誰でも見えるもんだとばかり……」

「それは単純に、小前田があやかしに好かれているから、見えやすくなってるだけだと思う」

「え……私、万人に向けて親切な訳ではないよ?」


 そんなことを言われても、とついつい思ってしまう。

 うちの店子さんたちと普通に交流しているけれど、それはあのひとたちは皆気持ちのいいひとだからだ。

 そんなあやかし皆に好かれていると言われても、困ってしまうし、まほろば荘に来るまで幽霊が見えることもなかったから困ってしまう。

 それに鳴神くんが言う。


「それでいいと思う。小前田は誰に対しても優しくなくっても」

「う、うん……? ありがとう。とりあえず、山神様が私が知り合いだから見えるようにしてくれてるってだけ?」

「さあ」


 鳴神くんはあからさまに山神様をスルーして、ゴミを捨ててから鳥居をくぐろうとしたものの、山神様のほうから声をかけてきた。


「やあ、先日ぶり。またまほろば荘でお祭りをしてくれたみたいだね。ありがたいありがたい」

「ああ、こんにちは……って、私が普通に声をかけても大丈夫ですかね。周りからは……」

「基本的に幽世に縁がないと俺は見えないからなあ」


 そう言って笑う山神様の言葉に、私は思わず半眼で鳴神くんを見てしまった。


「……あやかしに好かれる好かれない、私の見える見えないに関係ないじゃない」

「……最初に釘を刺しておかないと、小前田の性格上騙くらかされてそのまんま神隠しされそうで怖い」

「うちに普通に神様も妖怪も幽霊も先祖返りもいるから、そこまで心配する必要はないんじゃないかな?」


 なんで鳴神くん、そんな七面倒くさいこと言ってくるんだ。

 思わず頭を抱えたものの、山神様は「ははは」と笑い飛ばしてくる。


「別に警戒せずともなにもしないよ。本当に本当に。周りを威嚇するより先にすることあるんじゃないかい?」

「はい? はい?」


 私は困り果てて鳴神くんを見たものの、鳴神くんはむっつりと膨れた顔をするだけで、「行こう」と私を引っ張っていってしまった。私はとりあえず「お邪魔しまーす」と山神様に言って、境内へと入っていった。


****


 境内は他以上にごった返していて、皆が皆、拝殿にお参りしようと、列をなしていた。私たちはそこの最後尾に来る。

 お祭りの運営委員会らしき地元の人々は、拝殿の近くに集まって飲み会をし、社務所では宮司さんや巫女さんがお守りやらお札やらおみくじやらを売っていた。

 私は拝殿に並びながらなにげなく聞いてみる。


「そういえば、鳴神くんもお参りするんだね?」

「別に願い事を叶えてもらおうとは思ってないけど」

「うん」

「目標を言うのに利用してる。お金を払って目標を言うのは、自分の約束になるから。他のあやかしやら神やらは信用ならねえけど、自分は信用できるから、自分と約束できるから」

「なるほど……そこまで考えて願い事してなかったや。鳴神くん大人だねえ」

「そんなことはないと思うけど」


 そして鳴神くんは、こちらの手をなかなか離さないのは、単純に山神様に警戒してなのか、手を繋いでみたいと思ったのかがよくわからない。

 ただ夜のうだる暑さで、どちらのものともわからない手汗で濡れてしまっている。


「手汗すごいよ。離そうか?」


 さすがにこちらも手汗をずっとかき続けて恥をかきたくないので、思わず抗議の声を上げるけれど、逆にぎゅっと手を強く掴まれてしまった。指の股がグシャッと濡れる。ギャー。


「私、手汗すごいから、離して」

「……俺、気にしないから。多分俺も手汗すごいし」

「いや、私が気になるかな!?」


 そう言ったら、本当に鳴神くんは渋々といった様子で手を離してくれた。私はようやくベタベタになった手をタオルハンカチで拭く。


「そういえば、鳴神くんはおみくじはするほう?」

「別に。あんまりしたことない」

「そっか」


 神社に行かなかったら、そりゃおみくじなんてひく機会ないか。私は納得して口を開いた。


「お参り終わったら、一緒におみくじしようよ」


 そう言っている間に、ようやく私たちの番になった。お賽銭を入れてから、手を叩く。

 おばあちゃんの腰がよくなりますように。成績がよくなりますように。他力本願な願いばかりしてから、私は拝殿をあとにした。

 鳴神くんは本当になにかを熱心に手を合わせてから、社務所のほうに移動した。


「おみくじ買うんだよな?」

「うん。すみません、おみくじをふたつ」


 巫女さんはおみくじをふたつ持ってきてくれたので、それを振って数字を伝えると、結果を教えてくれた。


「ふうん……半吉って、いいの? 悪いの?」

「ええっと……吉の半分だったと思う。末吉よりいいけど、吉よりよくない」

「……これなら、まだ大凶出たほうがまだよかったんじゃないかな。中途半端だ」


 ざっと文章を見てから、それを神木に括りつけた。


【待ち人:近い内に必ず来る

 交流:しばしのお別れ】

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