第35話 波乱の幕開け
翌日。
慌ただしかった入学初日も無事過ぎ去り、学園生活二日目を迎えた早朝。
黒野切臣は男子寮の屋上に出て、日課の鍛錬を行っていた。
「…………」
呼吸を整え、意識を集中させる。
自身の奥底に渦巻く魔力の流れを操り、全身に行き渡らせていく。
やがて淡い燐光が、彼の全身から発せられるようになった。
魔術師にとっては初歩も初歩と言える魔力制御。
しかしながら、半年前まで魔力を持たない一般人として生活し、更に術式適性も皆無とされるほど才能の無い切臣からすれば、下手に身体を動かすよりもよほど体力を消耗する作業である。
その額には玉のような汗が浮かんでいた。
「ぐ……ふぅ……ッ」
知らず、苦しげな声が漏れる。
水を掬う形で前に掲げた両手に、特に意識して魔力を集中。
お椀みたいにした手のひらの上には、ビー玉サイズの小さな魔力の球が形作られようとしていた。
酷く歪で不格好な球体。
ウニウニと蠢いて形が安定せず、ともすれば即座に霧散しそうになるそれを、切臣はどうにか留めていた。
どれくらいそうしていただろうか。
スマホのアラームが鳴り響き、切臣は魔力の操作を止めた。
彼の身体を包み込む薄青い光や魔力の球体は跡形もなく消え去り、赤毛の少年は大きく息を吐く。
気付けばもう身体中汗びっしょりで、シャツなどは雨に降られたようにずぶ濡れになっていた。
「あー、クソ。魔力操作ムズ過ぎ。蓮華とかよく平気な顔でホイホイできるもんだよなマジで」
額に流れる汗を拭いつつ、切臣はぼやく。
術式適性の無い自分が今更魔術を使いこなせるようになるとは思っていない。
だけどせめて、魔力の基礎的な操作くらいはできるようになっておきたいと考え、暇を見つけてはこの鍛錬を行っている。
尤も成果は捗々しくなく、相も変わらず苦戦を強いられているのだが。
「やっぱ才能ねえんだろうな、俺」
そんなことを呟きつつ、切臣は屋上を後にして、自室へと向かう。
鍛錬を行っている間に結構な時間が経っていたらしく、屋上に向かう時には誰もいなかった廊下が、今はだいぶ賑わっていた。
上級生だろう人たちの間を会釈しながらすり抜け、どうにか昨日から住んでいる我が
「あ、黒野くんお帰り。それとおはよう」
ドアを開けると、どうやら今起きたらしい忍がにこやかに挨拶をしてくれた。
切臣もニカッと笑みを作って応じる。
「おう、おはよう」
「こんな朝早くからどこ行ってたの? 凄い汗かいてるし」
「魔力制御の練習だよ。俺そういうのマジで下手くそでさ、毎日コソ練してんの」
特に隠すほどのことでもないので、切臣は正直に答える。
すると、忍の瞳がキラキラと輝き始めた。
「凄い! ねえねえ、それってどうやるの? 僕にもできる? 良かったら教えてくれないかな?」
「え、そりゃあ基礎的な技術らしいからできると思うけど……でも教えんのは無理だぞ。今も言ったけど俺めちゃくちゃ下手だから」
それに多分今日から学校で教わるだろ、と切臣は付け加える。
忍は残念そうに肩を落とすが、すぐに立ち直って身支度を始めた。
切臣も自分の荷物から着替えを手に取る。
「俺、ちょっとシャワー浴びてくるから。先に食堂行っといてくれよ」
「分かった」
着替えながら忍が答える。
切臣はひとまず自室を後にして、共用の浴室へと向かった。
***
男子寮の食堂は、やはりと言うべきか、大勢の生徒でごった返していた。
朝食に舌鼓を打つ者、既に食べ終わって雑談に興じる者、食事の手を止めてスマホに夢中な者など、振る舞いは千差万別。
そんな中、朝食をカウンターから受け取った切臣はキョロキョロと辺りを見渡して忍を探す。
ちなみに今日のメニューは焼き魚と納豆、オクラの味噌汁だ。
「おーい、黒野くん。こっちこっち」
と、聞き覚えのある声が耳朶を叩く。
見れば二人分の席を確保しておいてくれていたらしい忍が、自分に向かって手を振っていた。
切臣もそちらに合流して、横に並んで座る。
「悪いな東雲、席取ってもらっちゃって」
「いいよ気にしなくて。それより早くご飯食べよ。僕お腹空いちゃった」
そこで切臣は、忍がまだ食事に手を付けていないことに気付いた。
待たせてしまったことに申し訳なく思いつつ、二人で仲良く手を合わせ、食事を開始する。
「おっ、これ美味ぇ」
焼き魚は塩気がよく効いていて、汗をかいた身体に染み渡るようだった。
一口食べる毎に、白米を搔き込む手が進む。
忍も同じ感情だったらしく、美味しそうに表情を綻ばせている。
「昨日も思ったけど、やっぱり美味しいよねここのご飯。お店出せるんじゃない?」
「それな。これ
口々に言い合いながら箸を進める二人。
しかし、そこに口を挟んで来る者がいた。
「フン。こんな豚のエサを頬張って喜色満面とは、いっそ哀れなほどの馬鹿舌だな。さすがはクズといったところか」
切臣たちはそちらに振り返る。
それなりに端正な顔立ちの男子生徒が、苛立たしげに眉根を吊り上げながら、こちらを見下ろしていた。
「神林……」
「気安く呼ぶなクズ。貴様如きに呼び捨てられる覚えはない」
「ああそうかよそりゃ悪かったな。……んで、何の用だ」
切臣が問いかけると、神林はわざとらしく嫌味な笑みを浮かべて吹き出した。
「用? この俺が貴様に用だと? 思い上がるのも大概にしろゴミ風情が。━━通り道に不快なものが転がっているのでな、蹴り飛ばしておこうと思っただけだ」
「え」
言うが早いか、神林は片足を上げて、言葉通り躊躇なく蹴り飛ばそうとした。切臣ではなく忍を。
されど、その足裏は忍を実際に蹴りつけるよりも前に、即座に割り込んだ切臣の手によって受け止められる。
突然の暴挙に、周囲が騒然となった。
「ククッ、身のこなしだけは一人前だな。褒めてやろう。光栄に思えよ」
「テメェ……!」
神林は足を戻すと、嘲りに鼻を鳴らした。
「これだけは言っておいてやる。俺は断じて貴様を認めはしない。偶然に力を手に入れただけの羽虫如きが、一端の魔術師を気取るなど虫唾が走る。━━いずれ必ず、この学園から放逐してやるからな」
そう言って、颯爽と立ち去っていく神林。
当事者たる切臣たちを含め、周囲の生徒たちは黙ってそれを見送った。
しばしの間の後、喧騒がようやく戻り始めた頃、忍ははっと我に返る。
「く、黒野くん! 大丈夫だった!?」
心配そうに切臣に声をかける忍。
それに対して切臣は、快活な笑みで応えた。
「おう。これくらい何ともねえよ」
「ごめんね、僕がちゃんと避けられてたら……」
「気にすんな。ちょっかいかけてきたあいつが全部悪いんだ、お前の謝ることじゃねえ」
ひらひらと神林の蹴りを受け止めた手を軽く振って、何ともないことをアピールする。
実際、あの程度の攻撃でどうにかなるほど
改めて椅子に座り直し、食事を再開する。
「さっ、飯の続き食おうぜ。せっかくの飯が冷めちまうよ」
「う、うん」
忍は居た堪れない表情になりながらも、それに続く。
新生活の幕開けからは、波乱の予感がした。
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今回はちょっと短め。
毎回これくらいのペースで投稿したいですね。
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