第25話 クラスでの一幕
「ここが俺たちのクラスか」
「そうみたいだね。一年A組って書いてあるし」
切臣たち三人は本校舎の一階ロビーでクラス分けをチェックして、その案内通りに三階の教室へとやってきた。
ちなみにクラスはA組とB組の二つしか存在せず、切臣たちは全員A組だった。
「しかし、俺ら全員同じクラスって、何か出来過ぎてねえ? もしかして竜宮寺先生が何かしてくれたのかな」
「どうだろう……いくら学園長って言っても、そういうのって勝手に決められるものじゃないと思うけど。でもお爺ちゃんならこっそり手を回しててもおかしくないよね」
「どうせなら山猿だけを向こうのクラスに追いやってほしかったものですが」
「テメェはいちいち……まあいいや。ずっとここで棒立ちしててもしょうがねえし、さっさと中入ろうぜ」
言って、切臣は教室のドアを勢いよく開ける。
目に飛び込んできたのは中学時代の教室とはまるで別物のすり鉢状で、長椅子に長テーブルが取り付けられた大学の教室に近い空間だった。
中には既に結構な数の生徒がいて、各々談笑したりスマホを弄ったり、机に突っ伏して寝ていたりしている。どうやら自分たちはかなり遅れて入ってきたらしい。
「席は……どこでもいいのか?」
「多分」
切臣たちが入ってきたドアは教室の前方側。
黒板を見ても特に席順のようなものは貼られていなかったので、自由席で良いと三人は判断した。
見れば後ろの方にまだ空いているらしい席がちらほらあったので、そちらに座ることにする。前方から後方に向かって、連れ立って歩く。すると、
「おい見ろよあの子、すげえ可愛い……」
「え、どの子どの子?」
「ほらあのポニーテールの、綺麗な髪の色した子。多分ハーフっぽい」
「うお、マジだ。やっべえ超好み!」
「俺、後で声かけてみようかな……」
主に男子生徒から投げかけられる無遠慮な視線と、端々から聴こえてくるそれらの言葉から、どうやら蓮華が注目されていることが理解できた。
切臣は改めて前を行く蓮華に目を向けながら、
(やっぱこいつって、魔術師の中でも相当目立つんだな)
そんなことを考える。
抜群のルックスと美しい髪色をした蓮華は、中学時代からとにかく男子に人気があった。
毎日のようにラブレターを貰ったり告白されたりしていたし、町を歩けばナンパ男がまるで外灯に群がる虫のように次々と寄ってきたものである。
その中には
(この学校でも同じようなことにならなきゃ良いが)
切臣は祈るようにそう思った。
同時に、蓮華がこちらに振り返り、前を指差しながら口を開く。
「あそこ、ちょうど三人分空いてるよ!」
白魚のような指先が指し示す先には、数人分空いている席があった。
蓮華に手招きされるまま、うづきも含めて三人並んで座る。
「小さい子は友達か何かだとして……あの男誰だ?」
「彼氏じゃね?」
「いやいや、全然釣り合ってねえだろ! ありえねえって!」
何だかとても腹の立つ声も聴こえてきたが、敢えて無視しておく。
そうこうしているうちに時間になったらしい。
教室の扉が静かに開く。ざわついていた室内が一斉に静まり、同時に一人の男性が入室してきた。
「初めまして、新入生の皆さん」
真面目で柔和な印象を受けるスーツ姿の男である。
教壇に立った彼は教室をぐるりと見渡すと、黒板にイメージ通りの綺麗な字で自身の名と思しき四文字を書き記した。
それから、改めてこちらへと向き直り、
「本日より皆さんの担任となる、
礼儀正しく頭を下げた。
遅れて、小さめの拍手の音が教室に響き渡る。
鮫島は頭を上げると、改めてゆっくりと口を開く。
「さて。それでは早速ですが、今日一日の流れを簡単に説明していきます。よく聞いておいてくださいね」
言うが早いか、鮫島は黒板に書いた自身の名前を消して、事細かにスケジュールを書き出し始める。
「まずはこれから本校舎よりほど近くにある講堂へと移動し、入学式を執り行います。その後はそのまま本校舎に戻り、一階の検査室にて術式適性の検査を。それが終われば昼休みとなります。食堂に案内しますので、しっかり昼食をとるようにしてください。午後からは闘技場にて戦闘技術の測定を行います。移動の多い一日になりますが、皆さん最後まで頑張ってください。━━ここまでで何か質問はありますか?」
書き終えた鮫島が問いかけてくる。
すると、一人の男子生徒がおずおずと手を上げた。
少し地味な印象を受ける、黒髪黒目の小柄な少年である。
「あのう、戦闘技術の測定って具体的に何をするんでしょうか?」
恐らくクラスの誰もが気になっていただろう疑問。
鮫島はそれに笑みを絶やさず応じる。
「そうですね。簡単に言えば、魔術を用いた一対一での模擬戦です。皆さんにはこちらでアトランダムに指定した相手と二人一組になって、戦ってもらう予定になっています。詳しいことは後ほど、実技担当の猫沢先生から説明があると思いますが……」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! 僕らは今日この学校に入学したばかりですよ!? なのにいきなり戦うんですか!!?」
少年は驚きの声を上げた。
見れば他の幾人かの生徒も、不安げに眉を寄せてどよめいている。
「ええ、無論です。こちらとしても皆さんには今何ができるのかを正確に把握しておきたいですし、早いうちに実戦の空気に慣れて頂きたいですからね。安心してください、命に関わるような事態にはしませんので」
「ふむ、それは良いな」
鮫島の言葉に割り込むように、別の生徒が口を開いた。
それなりに整った顔立ちだが、神経質そうな印象を受ける男子生徒が、少し鼻につく感じの嫌味な笑みを浮かべている。
「歴史の浅い三流家系や卑俗な庶民出身のクズ共に己の立場というものを理解させるには、これ以上ないほど効率的で手っ取り早いやり方だ。クズにはいくら言葉を尽くしたところで無駄だからな。この俺が手ずから教育してやろう」
「
「フン、事実だろう。クズをクズと呼んで何が悪い」
鮫島からの注意にもまるで悪びれる様子もなく、神林と呼ばれたその男子生徒は過激な発言を繰り返す。
傲岸不遜極まりない態度に、切臣は眉根を寄せた。
「何なんだあいつ、偉そうに。何様のつもりだよ」
「神林って呼ばれてたね。もしかしてあれが、神林家の跡継ぎ息子なのかな?」
「ん? 蓮華、あいつのこと知ってんのか」
何やら知っているらしい態度の蓮華に、ぼそぼそと問いかける。
一方、プラチナブロンドの少女は可愛らしく口許に指を当てて答えた。
「まあ、神林家って言ったらこの国でも有数の名門家系だし。聞いた話によると、数代前の当主は殲滅戦争にも参加して、あのフレインガルドと肩を並べて戦ったんだってさ。……ちょっと家柄に拘りがあって、選民思想が強い一族だって噂も聞いたことがあるけど」
「それは事実だな、あの様子を見るに」
再度、神林のいる方に目を向ける。
件の跡取り息子は鮫島に窘められたことがよほど悔しいのか、憮然とした表情で腕組みをしていた。
どうも、取り扱いには細心の注意を払うべき人種のようだ。出来ればあまり関わり合いになりたくない相手である。
「さて、他に質問はありますか?」
鮫島がもう一度、クラスの面々に向かって言う。
しかしながら、今度はもう誰からも手が上がることはなかった。
その顔色は様々で、今の一連の話にすっかり萎縮している者や、我関せずを貫く者、逆に闘志を漲らせている者などまさに十人十色である。
「……無いようですね。では、そろそろ講堂へと移動しましょうか。先導しますので私にしっかりとついて来てください」
そうして、鮫島に案内されるままに、切臣たちは入学式の会場である講堂へと向かうのだった。
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続きはできる限り早くに投稿します。
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