ダークナイト・メイガス ~魔剣士の少年は魔術師の世界を切り開く~
クー
ダークナイト・メイガス
序章 少年と少女のおはなし。
「ねえ、あんたの将来の夢って何?」
もう随分と昔の話。
少年がまだほんの小学生だった頃の、ある日の夜。
いつものようにベランダに出て身を乗り出し、隣の部屋に住んでいる少女と喋っていると、少女が急にそんなことを訊いてきた。
「何だよ急に」
「ほら、学校で今日作文書いたじゃん。将来の夢を考えましょうってやつ。あんたは何て書いたのかなって思ってさ」
「ああ……」
少女の言葉を聞いて、少年は今日の国語の授業を思い出した。
確かにそんなことを書かされたっけ。
「そんなの決まってんだろ! 俺の将来の夢は、魔術師になることだ!」
握り拳を作り、自信満々に宣言する。
人界を守るために凶悪な魔族と戦う魔術師は、男子小学生から絶大な人気を誇る花形の職業だ。
現役の小学生である少年もまた、勇猛果敢な魔術師に強く憧れているのである。だが……
「いや、それは無理でしょ」
少女はそんな少年の言葉を、そうバッサリと切り捨てた。
「何で分かるんだよ!?」
当然、納得のいかない少年は食ってかかる。
だが少女は淡々とした口調で続きを述べた。
「だってあんた、こないだの魔力測定でマイナスだったじゃん。魔力が無いのにどうやって魔術師になるのさ」
魔力測定とは、魔導管理協会が全国の小学校で毎年実施している検査のことだ。
読んで字の如く、血液を採取することによって魔力の有無を検出し、魔術師になる素養を持つ者を早期発見しようという制度である。
特に抜きん出た素質がある子供には、その場で協会からスカウトがかかることもあるのだとか。
「ま、まだ分からねえだろ! もしかしたらこれから、魔力が覚醒するかもしれねえじゃねえか!」
「だから無理だってば。協会の人が言ってたでしょ? 『魔力は生まれつき身体に宿ってるものだから、途中で目覚めたりすることはありません』ってさ。潔く諦めなよ」
「ぐぬぬ……」
少女からの手厳しい指摘を受け、少年は悔しげに表情を歪ませる。
やがて不貞腐れたように大きくため息を吐くと、手首に肌身離さず付けている宝物の赤いミサンガを弄りながら、恨みがましく口を開く。
「ちぇっ、夢も希望もないこと言いやがって。良いよなぁお前は、魔力測定でプラスになってよ。しかも、キョーカイの人たちからスカウトまでされてたじゃねえか。さすが魔術師になれるの確定してる奴は余裕たっぷりだな」
「何よ余裕って」
「とぼけんなよ。どうせお前も、将来は魔術師になりたいって書いたんだろ?」
お返しとばかりに少年は、意地の悪い言い回しでそう告げた。
クラスで唯一プラス━━魔力の保有を確認されただけでなく、その場でスカウトまでされていたほど抜きん出た素養を持つ少女のことが、羨ましくて仕方ないとでも言うように。しかし、
「私、魔術師になんてなるつもりないけど?」
少女はそれに対して、あっさりと否定の言葉を述べた。
少年は驚きのあまり目を剥いて、
「えー、何でだよ!?」
「だって化け物と戦うなんて絶対嫌だもん。痛いのとか怖いのとか死んでもゴメンよ。私は普通の人生がいいの」
すげなくそんなことを言う少女。
実際、彼女にとって凶悪な魔族と戦う魔術師なんてものは遥か遠い世界の存在であり、特に興味もないのでなりたいだなんて微塵も思っていなかった。
そんなものより、いつもの穏やかで楽しい日常をずっと続けていくことの方が、よっぽど価値があるように思えるのだ。
大好きなお母さんと……この、騒がしくてバカな幼なじみとの生活を、変わらず送り続ける方が。
「つまんねーの」
しかし当の少年は、少女のそんな胸の内など知る由もなく、本当につまらなそうに言った。
少女はムッと表情をしかめる。
「ちょっと! そんな言い方ないでしょ!」
「だってもったいねえじゃん。魔術師になったら、あーんなでっかい家にだって住めるんだぜ?」
少年はそう言って、眼下に広がる住宅街の、小高い坂の辺りを指差した。
果たしてそこにあったのは、まるでお城のような大きな大きなお屋敷。
マンションの高層階にあるベランダからは、町内一帯を一望できるが、その中においても坂の上にあるそれは、ひときわ目立って見えた。
そのお屋敷のことは、この町に住む者なら誰もが知っている。
遠い昔からこの町に根付いているという魔術師の名家。その本邸が、圧倒的な存在感を放って鎮座している。
「あんなとこに住めたらよ、きっと毎日焼肉食い放題だぞ! それに欲しいゲームとか新しい自転車も全部買ってもらえるだろうし、人生バラ色じゃねえか! 超勝ち組じゃん!」
「興味ない。てか、あんたの勝ち組の基準低過ぎ」
「ぬがっ!?」
突き放したような辛辣な物言いに、少年はあんぐりと口を開ける。
しかし、少女の追撃は止まらない。
意地の悪い笑みを深くして、更に少年をやり込めてやろうと言葉を紡ぐ。
「大体、私があんなお屋敷に住むようになるってことは、このマンションからも引っ越すことになるわけだけど、寂しんぼのあんたがそれ耐えられるの? 私が恋しくてピーピー泣いちゃうんじゃない?」
「はぁっ!? 寂しんぼじゃねえし、泣くわけねえだろ! ふざけんな!」
「どうだか。昔、あんたんとこのおじさんとおばさんが仕事で帰れなくてウチ泊まりに来た時、めっちゃくちゃ泣いてたじゃん。私の布団に潜り込んでグスグス鼻鳴らしてさ。『とーちゃんとかーちゃん、このままかえってこなかったらどうしよう』って。私がいなくなったらまた同じ状況になっても、誰もあんたの頭撫でてくれなくなっちゃうよー? いいの?」
「いつの話してんだお前! それ幼稚園の頃の話だろうが!!」
「へえ、覚えてたんだ。てっきり忘れてると思ってた。じゃああの後、私の布団でおねしょしたことも当然覚えてるよねえ」
ケラケラと少女が笑うと、少年は面白くなさそうにそっぽを向いた。
さすがにからかい過ぎたか。
少しだけ申し訳ない気持ちになったが、自分のささやかな人生設計をつまらないなどと言ってくれた仕返しとしては、これくらいがちょうど良いだろうと思い直す。
「……ま、今のは半分冗談として」
「冗談で人の黒歴史ほじくり返すんじゃねえ!」
「ごめんごめん。とにかく、私は魔術師になるつもりなんてない。ここでずっとのんびり暮らすのが、私の将来の夢なの。お母さんと……まあ一応ついでに、あんたとね」
少女は、ふっと穏やかな微笑を浮かべて言う。
それは嘘偽りのない彼女自身の本心だった。
そんな少女の笑顔に、少年は一瞬、思わず目を奪われる。
と、そこで。
『ちょっと、いつまで起きてるの! 明日も学校なんだから早く寝なさい!』
少年の家の中からそんな怒鳴り声が聞こえてきた。
途端、少年の表情が引き攣る。
「やべ、母ちゃんめちゃくちゃキレてる」
「じゃあ今日はもう寝よっか。私も眠くなってきたし」
少女は欠伸をしながら言う。
どうやら話し込んでるうちに、すっかり夜も更けてしまったらしい。
確かに少年の母が言ったように、そろそろ寝ないと明日に響くだろう。また遅刻して叱られたりするのはごめんだ。
「それじゃあおやすみ、切臣」
手すりに預けていた身を離して、部屋に戻ろうとする少年に、少女は就寝の挨拶をする。
少年もまたそちらに視線を戻して、
「おう、おやすみ蓮華。また明日な」
そう短く挨拶をして、自室へと入っていった。
それはもう、随分と昔の話。
少年と少女がまだ幼く、何も知らなかった頃の。
ずっとこの生活が続くのだと無邪気に信じられていた頃の。
遠い遠い、暖かな思い出。
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