幕間 ある密談

「━━以上が、“魔剣士転生者”黒野切臣に関する報告の全容です」


 同時刻。竜宮寺本邸・書斎。

 薄明かりが灯された室内にて、竜宮寺厳志郎のバリトンボイスが深く響き渡った。

 黒塗りのデスクに腰かける彼の眼前には、占い師が用いるような巨大な水晶玉が置かれている。

 微かな光を発しているその水晶玉から、やがて年端もいかぬ少女らしき声が聞こえてきた。


『……魔術師ですらない一般人の少年が魔剣士へと転生し、あまつさえ十三貴族の一角に手傷を負わせ撤退に追い込むか。にわかには信じがたい話だが、破滅のジュリアス人界顕現の記録がこちらにある以上、信じざるを得んのだろうな』


「彼の力はまだ目覚めたばかり。恐らくはこれから更に強さを増していくことでしょう。いずれは我々、ブラック級魔術師すら越える逸材だと私は確信しております」


ブラック級すらも、か……』


 やけに時代がかった古風な口調で、少女は思案するように呟いた。

 と、そこで別の声が割り込んでくる。


『何を悠長にしているのですか! その話が事実だとするのならば、即刻その少年を始末するべきでしょう! 魔剣士の復活など断じて認められることではない! これ以上力を付ける前に、迅速に行動しなければ……!』


『ですがその少年は、蓮華嬢をお守りするために破滅のジュリアスと交戦したのでしょう? それに聞くところによると竜宮寺氏には従順なようですし、今少し様子を見ても良いのではないですか? 協会所属の魔術師には魔族との混血も少なからず存在しますし、それと同じようなものだと考えれば』


『馬鹿を言うな! 他の魔族ならいざ知らず、魔剣士の存在など認められるわけがないだろう! 貴様は過去、奴らがどれほどの被害を人界に撒き散らしたか分かっているのか!?』


『それを差し引いても利用価値の方が高いと踏んでいるのです。それに件の少年は生来の魔剣士ではなく、ただの一般人から転生したという話ではないですか。下手な魔族よりも御することは容易いと思いますが』


 ヒステリックに叫ぶ中年とおぼしき男性の声と、毅然とした態度の妙齢の女性の声が交互に聞こえてくる。

 放置しておけば延々と平行線を辿り続けそうな会話を、少女が語気を強めて諌めた。


『やめんかみっともない。双方下がれ』


『ですが会長!』


『下がれと言っている。弁えよ、御木本みきもと


『……っ! 申し訳、ありません。出過ぎた真似を致しました……』


 御木本と呼ばれた男性は謝罪の言葉を口にして、それきり黙り込んだ。

 少女は仕切り直すように咳払いをすると、再び口を開く。


『済まんな厳志郎。話の腰を折ってしまった』


「いえ、御木本氏の懸念はごもっともかと。ですがご安心ください。黒野切臣は現時点において、人界及び魔導管理協会に対する反意は一切有しておりません。それは我ら竜宮寺一門が保証致します」


『もちろんそれは信用しているとも。それに先ほど常陸ひたちの言った通り、その少年は君の孫娘を守るために十三貴族と命懸けで戦ったのだろう? ならばこちらとしても、その功績を鑑みてやらねばならんだろうよ。たとえ魔剣士と言えどもな』


「では……」


 結論を求める厳志郎に少女はうむ、と鷹揚に頷いて、


『その少年━━黒野切臣の処刑については一時保留とする。竜宮寺一門には引き続き、の魔剣士の管理と監視を一任したい。君が学園長を勤める魔術学校、フレインガルド魔術学園への入学も許可しよう』


「承りました。寛大な措置に感謝致します」


 決定を下した少女に、ロマンスグレーは恭しく頭を下げた。


『礼には及ばん。あくまで一時保留だ。つまりそれは裏を返せば、問題が生じればすぐにでも処刑を執り行うということでもある。そのことを、努々忘れるな』


「はい」


『よろしい。では、今日はこの辺りにしておこうか。詳細はまた後日通達する』


「本日は貴重なお時間を割いて頂き、感謝致します。天若会長」


 そうして少女━━魔導管理協会会長・天若命あまわかみこととの通話を終えた水晶玉から、先ほどまでの微かな淡い光は消えて失せた。

 静寂を取り戻した書斎で、ロマンスグレーの魔術師は大仰にため息を吐く。




「ふう、ひとまず何とかなったな」


 正直なところ、どうなるかはかなりの賭けだった。

 だが切臣が魔術師となった以上、天若命の目をいつまでも誤魔化すことはできないと判断し、早めの報告に踏み切ったのが功を奏したようだ。


「これも切臣くんが、破滅のジュリアスを追い返してくれたお陰か」


 十三貴族の一角と正面から激突し、手傷を負わせて撤退に追い込んだ。この功績は極めて大きい。

 だからこそあちらも、その利用価値と危険性を天秤にかけて、前者を取ることにしたのだろう。


 厳志郎は窓の外へと目を向ける。

 そこから覗く中庭のテラスでは、切臣たち三人が何やら盛り上がってるのが見えた。

 切臣とうづきがお互いに文句を飛ばし、蓮華がそれを仲裁するという、もはやいつもの流れとなりつつある光景だ。




「何にせよ、これから面白くなりそうだ」


 その様子を見下ろしつつ、竜宮寺一門の当主はくつくつと含み笑いを漏らす。

 黒々とした夜空には、鮮やかな花が咲いていた。






************************



これにて第一章完結です! ここまで読んで頂きありがとうございました!!

次回からは第二章開始なのでまたお付き合い頂ければ嬉しいです!!


※今回で書き溜めが尽きてしまったので次回以降の更新は不定期になります。

できるだけ週一くらいのペースを目処に投稿していくつもりなのでお許しください。更新の際は予め近況ノートで告知します。




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