第12話 長い一日が終わって
「しっかしまあ、随分と派手にやってくれたもんだな」
それからしばらくの後。
破壊された結界やズタズタになった舞台の見るも無残な姿を前にして、竜宮寺厳志郎は呆れたような呟きを発した。
手のひらで顎を撫で擦りながら、その様子を興味深そうに観察している。
「す、すみません……」
「まさか刀をたった一振りするだけで、防護結界を根こそぎ吹き飛ばすとは。この結界は上位魔族が暴れ回っても耐えるように設計されているはずなんだがね。つくづく規格外というか何というか」
「本当にごめんなさい……」
一方、結界を破壊した張本人である切臣はと言えば、深々と頭を下げてひたすら謝り倒していた。
彼は頼りなげに眉を寄せたまま、低頭平身の姿勢を崩そうとしない。このまま放置しておくと、いずれ五体投地にでも移行しそうな有り様である。
「その程度の謝罪で済ませられるほど軽い問題ではありませんが? これだから常識を知らない類人猿は困り者ですね。竜宮寺の家宝と言っても差し支えない魔剣の欠片のみならず、地下修練場さえも台無しにするなど言語道断。礼儀を弁えない山猿には然るべき罰を与えなければ……」
そんな切臣の姿を冷たい瞳で見下ろしながら、何やら物騒な言葉を口にするのは、蓮華の近侍たるウサミミメイド・木津うづきだった。
相変わらず無表情であるものの、そのこめかみにはピキピキとした青筋が浮かび上がっていて、見た目以上に苛立っているのが手に取るように分かる。
当然言い返せるはずもなく、切臣はますます縮こまった。
「ちょっとうづき! 切臣に何か酷いことするつもりなら、いくらあんたでも許さないからね!」
と、蓮華がすかさず切臣に助け船を出す。
どうやら気分も落ち着いたようで、先ほどまでの弱弱しい雰囲気はもはや感じられなかった。
絶対の忠誠を誓っている彼女にそう言われてはさすがのうづきも分が悪いようで、申し訳ありません、と一礼して大人しく引き下がった。
そんな二人を尻目に、厳志郎はすっかり小さくなっている切臣に優しく語りかけた。
「まあ、あまり気にするな。確かに修繕には少し手間がかかるが直せないほどじゃない。……それよりも、君の今後について話をしよう」
厳志郎がそう言うと、切臣は弾かれたように顔を上げた。
大柄なロマンスグレーはサングラスを指で押し上げながら、そんな切臣をまっすぐに見据えて、自らの名の通り厳かな声で告げる。
「切臣くん。蓮華との模擬戦、しかと見届けさせてもらった。……そして、確信したよ。君の能力は鍛え方次第では、この上なくユニーク且つ強力な兵器になるとね」
「じゃあ……!」
切臣は期待を込めた目で厳志郎を見る。
ロマンスグレーの魔術師は、そんな少年の眼差しに大仰な頷きをもって返した。
「いいだろう。たった今から君を我が竜宮寺一門の魔術師見習いとして迎え入れよう。来年の春には蓮華と同じ魔術学校に入学できるようにも手配しておく」
「よっしゃぁあああああああああああ!!!!!」
とうとう得ることができたお許しに、切臣は飛び上がってガッツポーズを取った。
「やったね、切臣!」
「おう!」
蓮華も喜び勇んで切臣に飛びつき、そのまま二人で小躍りを始めた。
先ほどまで微妙な空気感が漂っていたとは思えないほど息ピッタリである。
「本当によろしいのですか?」
そんな二人の様子を横目に、うづきが厳志郎に小声で尋ねる。
「ああ。切臣くんの能力はあまりに強大で、同時に危険だ。いくら封印をかけたとはいえただ記憶を消して放逐するのはあまりにもリスクが高いし、かといって処刑してしまうのはもっと惜しい。ならば最初から手元に置いて監視しつつ、いつでも利用できるようにしておいた方が色々と都合が良いと考えたわけさ。……首輪の役割は、蓮華が担ってくれるだろうしな」
厳志郎もまた小声で、自らの胸の内を明かした。
サングラスの奥の瞳は、果たしてどのような色を宿しているのか。それは誰にも分からない。
「協会上層部にはどのように?」
「ありのままを伝えるだけだ。下手な誤魔化しはかえって心証が悪くなる。無論、タイミングは見計らうつもりだがね」
それだけ言うと、厳志郎は再び切臣と蓮華に目を向ける。
何やらタップダンスを踊り始めた二人にくつくつと笑みを漏らして、
「さて……ではひとまず話も纏まったことだし、少し遅めの夕食にするか。切臣くん、良ければ君も食べていきなさい」
厳志郎からの提案を聞いて、切臣と蓮華もそちらに振り返った。
「良いんですか?」
「構わないとも。君はもう立派な我々の身内だ。それにこれからのことについても、詳しく話し合いたいしな」
厳志郎の言葉を聞いて、切臣はようやく自分が今日の昼食以来何も食べていないことに気がついた。
そして一度それを自覚すると、急激に空腹感に見舞われてしまう。腹の虫が鳴りそうなのをどうにか堪えながら、少年は厳志郎からの提案に賛成する。
「すみません。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「よし、決まりだな。うづき、悪いが食事をもう一人分追加するよう、宗像に伝えてくれ」
「畏まりました」
礼儀正しく首を垂れるうづき。
一方、切臣は今の厳志郎の発言に疑問を覚えた様子で、蓮華に小声で尋ねる。
「宗像さんって?」
「うちのメイド長。もうすっごい厳しいんだよ。悪い人じゃないけどね」
「へえ」
切臣は気の抜けた相槌を打つ。
厳しくも悪い人ではないメイド長。
それを聞いた彼が思い浮かべたのは、長身でスタイルの良い二十代後半くらいの美女だった。
ちんちくりんのウサミミメイドは別として、『メイド』という存在にある種の幻想を抱いている程度には、切臣もまたお年頃の男子なのである。
……しかしながら今から十数分後、その儚い幻想が粉々に打ち砕かれてしまうことを、今の少年には知る由もなかった。
***
同時刻。
切臣が件の
戦いの跡も既に厳志郎によって完全に修復されており、漆黒の夜空を丸く切り抜いた月の光が、元通りになった学び舎に降り注いでいた。
もはやこの場を誰が見たところで、たった数時間前に人智を超えた怪物たちが殺し合いをしていたとは、想像すらしないことだろう。
と、そこへ。
「あーらら、もう新しい結界が張られてやがる。やっぱ念のためにさっさと入り込んどいて正解だったなぁ」
這い回る蛇を思わせる粘着質な声が、夏の夜空に響き渡る。
見れば先ほどまで人影さえ存在しなかった校庭の真ん中に、いつの間にやら少年が一人、亡霊のように佇んでいるではないか。
それは実に、奇妙な出で立ちの少年だった。
中世風の時代錯誤な貴族服の上から、分厚く白いロングコートを纏っている。
無造作に撫で付けた髪の毛は病的にまで白く、どこか白骨を思わせる。
極めつけは顔に刻まれた大きなツギハギ状の傷跡。
一目で普通ではないと分かるほどに、その少年の姿は暴力的なまでの存在感を放っていた。
「それにしてもよぉ、人がせっかく苦労して邪魔くせえ結界ぶっ壊してやったっつうのに、何だこのザマは。━━おいゲド、俺様は確かに魔剣の欠片取ってこいっつったよなぁ。テメェこんな簡単なお使いもまともにこなせねえのかよぉ?」
少年は血を零したように紅い瞳を動かしながら、誰もいない虚空へ向けて苛立った声を発する。
すると同時に、大気に還ったはずの魔力が渦となって寄り集まり、やがて一つの形を成した。
グスグズに腐り落ちて、首だけになった竜の形を。
「ギ……ガガ……ギィ……ッ」
ゲドと呼ばれた
何の意味もない単なる呻き声みたく思えるが、少年には意味が通じたらしく、彼の表情が見る見るうちに険しくなっていった。
「……おい、ガチの話かそれ?」
「グル、ガルルゥ……」
「ははっ、そうかそうか。なるほどなぁ」
そう呟いて、今度は実に愉しげに口許を歪ませる少年。どこまでも残酷で、嗜虐的な微笑であった。
「魔術師ですらないそこいらのガキが、魔剣の欠片に適合して魔剣士に転生ねえ。たかが人間の分際でこの俺様の獲物を横取りするとは、随分と舐めた真似してくれんじゃねえか」
顔のツギハギ傷をガリガリ引っ掻きながら、少年は言う。
それから、スポットライトめいた月明かりを降り仰ぎ、舞台役者さながらの大仰な振る舞いで両腕を広げた。
「面白れえ。こりゃ何としてもそのガキぶち殺して、骨まで喰い尽くしてやらねえとなぁ。一緒にいたっつう竜宮寺の
ゲラゲラゲラ、と。夜の校庭に不気味な笑い声が木霊する。
それに呼応するかの如く、真っ黒い雲が少しずつ流れて、輝ける円盤状の月を覆い隠していった。
更なる脅威が、切臣と蓮華に忍び寄っていた。
************************
ようやくあらすじ分のエピソード消化できた……
この後すぐ幕間も投稿します。
続きはまた明日の20時に。
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