第13話 仮初めの信頼

 翌日、朝早く目覚めた俺は再びフェルディア伯爵家本館を訪れていた。

 今回は両親に会いに来たのではなくフェルディア伯爵家に仕えている人達、騎士や使用人、給仕といった方たちに話があったからである。


 ラースの記憶、そして昨夜の経験からラースが家の者たちに酷く嫌われていることは明白である。

 そのような現状は、今までのラースの態度から考えて当然である。


 このことに対して、全員に面と向かって謝罪することは必須事項だろう。

 そして、改心した旨と今後は真面目に生きるということを伝えることが、今日本館を訪れた目的である。


 全員を朝早くから集めることは申し訳なかったが、必要なこととして割り切るしかない。


 先んじて、昨夜の両親との会話の中で今日の皆の仕事前に集まってもらうことの許可は取っているので問題はないだろう。


 目の前には非番の者を除く、フェルディア伯爵家に仕える全ての人間が揃っており、皆一様に何の話をするのだろうと困惑した表情を浮かべている。


 これだけの人を前にして大分緊張しているが、いつまでも黙っている訳にはいかない。


 ふぅ、と小さく息を吐き話し始める。


「皆さん、仕事前にわざわざ集まって頂きすみません。あまり時間を取らせる訳にもいかないので早速本題に入らせて貰います」


 話すにあたってまずはそう前置きをすると、その時点で集まった人達がざわざわと騒ぎ出す。

 俺の態度が豹変していることに驚き、困惑しているのだろう。

 

 その気持ちは理解出来るが、騒ぎが静まるまで待っていては時間が掛かりすぎてしまうため、強引にでも話を進めようと口を開こうとした所で、



「皆、静粛にしなさい。驚く気持ちは理解出来るが、……ラース様の御前です」


 

 落ち着いた声音で、そう皆を嗜めた存在がいた。


 

 

 ラースはその悪童ぶりから想像出来る通り、仕えている人々のことを一々覚えてなどいなかったが、流石にこの人のことは覚えていた。


 その存在はフェルディア伯爵家騎士隊の騎士隊長を勤める、セドリックである。


 年齢は既に初老だと思われるが、その肉体は今が全盛期と言われてもおかしくないほどに筋骨隆々としている。


 騎士隊長の名に相応しい肉体と佇まいをしており、戦闘のことなどよく分からない俺から見ても、物凄く強いのだろうと思える。


 動揺した皆を鎮めたことからも分かる通り、使用人や給仕など役職が異なる人々も含め、フェルディア伯爵家のまとめ役のような存在だろう。



「ありがとうございます。セドリックさん」


 俺がそうお礼をすると、言葉は発さず静かに頭を下げてくれた。

 


「今日、皆さんにお伝えしたかったことは今までのことに対する謝罪とこれからに関してです。……俺はこれまで皆さんに対して酷い態度を取ってきて、非常に迷惑を掛けてきました。まずはそのことを謝ります、申し訳ありませんでした」


 そこまで言い、深く頭を下げる。


 続けて、


「簡単に赦されることではないと理解しています。それでも謝罪の気持ちは本物ですし、それはこれからの俺を見て判断して貰いたいと思っています。信じられないとは思いますが、これまでの態度を改め、これからは真面目に生きると決めました」


「こうして謝罪したからといって、すぐに赦せないのは当然だと思います。けれど、改心したということは誓って真実です。どうかこれからの俺を、見て貰えないでしょうか?」


 そこまで言い切り、再び頭を下げる。


 皆揃って驚いた様子をしているが、先程セドリックに注意されたからか騒いではいない。


 どうなるだろうかと俺が緊張していると、



「………ラース様、発言を宜しいでしょうか?」


 そう尋ねてきたのは、またもセドリックだった。


「もちろんです」


 すぐにそう返答すると、


「ラース様のお話は理解致しました。ですが、その前に一点申し上げたいことがございます」


 どうやら謝罪や改心したことの前に伝えたいことがあるらしい。


「何でしょうか?」


 そう尋ねると、


「その言葉遣いです。ラース様は伯爵家のご子息、我々下々の立場にそのような口調はお辞め下さい」


 その言葉を聞き、セドリックが言いたいことは理解出来た。

 謝罪のためとはいえ、伯爵令息が謙った口調で話すことは良くないと言いたいのだろう。


 それは納得出来ることだが、誠実に生きるということからもこの口調を辞めることはしたくない。

 

 そもそも、令人からすれば皆初対面だということもあるが、認められようとしている人間が砕けた態度で接することなど出来るだろうか。


 元々ある程度近い関係にあったアンナは例外だとしても、このことについては俺にも意地がある。



「セドリックさんの言葉は最もだと思います。ですが、これまで皆さんに迷惑を掛け続けたことは事実です。改心したことを示すために、謝罪しこれから誠実に生きるという人間が砕けた態度で居ることは出来ません。申し訳ありませんが、これについては俺は譲るつもりはありません」


 俺の意志を示すために、はっきりとそう告げる。


 しかし、俺がそう思っていても問題はある。


 だが、


「それに、このことについては父上にも話を通してあります。父上の言葉を伝えると、『今までの悪印象から丁寧な位で対外的にも丁度良い。あくまで口調をそうするだけならば、そこまで問題視する必要もないだろう』とのことです」


 父上にも初めは反対されたが、俺の悪評が広まっていることを鑑みれば下の立場の存在にも丁寧に接することは意味があるのでは、と言ったところ納得してくれた。


 そのことも踏まえ、セドリックに伝えると、



「成程、………ラース様とライル様の御意志は理解しました。そこまで仰るのであれば、我々も納得しましょう」


 と、そう言った。


 さりげなく全員の総意としてくれたことは非常に有り難い。

 セドリックが認めれば、他の人が異を唱えることもないだろう。


「では改めて、………本題の件ですが」


 俺の口調の件についてはまとまったため、本題である謝罪と今後のことの話となる。



「ありのままの気持ちをお伝えすると、"困惑している"としか言えませんな。皆もそれは同じでしょう。………正直に申し上げれば、確かにラース様に対してあまり良い感情は抱いておりませんでした。今こうして謝罪なされても、すぐに受け入れることは難しいでしょう」


 セドリックは大分率直な意見を言ってくれた。

 セドリックがここまで明け透けな物言いをしたからか、他の人たちも遠慮がちではあるが肯定を示している。


(当然だよな……)


 今更何を言っているんだと罵倒されてもおかしくない程であることを考えれば、十分に優しい意見だろう。


 そして、セドリックは続ける。


「しかし、先程のご様子、そして今こうして正直な感情を申しても、冷静にお聞き下さっていることから本当に改心なされたのでは、と思うことも出来ます」


 そう肯定的な意見も言ってくれる。


 俺の誠意が本物であるとも思えるため、これまでの態度との違和感が大き過ぎて、まさに"困惑"しているとしか言えないのだろう。


 過去の俺に対する嫌悪の感情と現在の俺に対する肯定的な感情、相反する二つが同居する中、どのような答えが返されるのだろうと、心臓が早鐘を打つ中、



「………今は困惑の感情が強く、ラース様を受け入れるか否かすぐに判断することは出来ないでしょう。…………ですが、それで良いのだと思います。ラース様ご自身が仰った通り、それはこれからのラース様を見て決めたいと、私はそう感じました」


 と、セドリックはそのような答えを出した。


 

 今この場で決断する必要などなく、それは今後の俺を見て考えれば良いと。

 


 それは明確な答えを出していないようではあるが、間違いなく俺を受け入れるような答えだ。

 つまり、恩情を与えてくれたのだろう。


 

「皆はどうだ?確かにこの中には過去に辛い思いをした者も、憤りの感情が強い者もいるだろう。しかし、ラース様自らが我々下の立場の人間に、ここまで誠意ある姿を見せて下さっているのだ。なにも今すぐ赦す必要も認める必要もないと、ラース様も仰っている。どうするのかは、今後のラース様を見て判断するとして良いだろう?」


 セドリックはそう言って皆を見回す。

 その中で異を唱える者は居なかった。

 

 納得していない者も居るだろうが、セドリックがこうまで言っているため、皆一応は頷いてくれている。


 今までを水に流すことは出来ないが、現在の俺を認めるかどうかはこれからを見て判断してくれるということだ。


 


 なにも認められた訳ではない、勘違いしてはいけない、こんなものは仮初めの信頼だ。

 今の俺の態度が、改心したと信じる位には値していたというだけ。

 実際にはセドリックや他の人が受け入れたから仕方がなく受け入れたという人も多いだろう。


 

 けれど、それでも今こうして誠意を見せたからこそ、その段階まで来ることが出来たというのも事実だ。

 俺の努力が形だけでも受け入れられたということに、どうしても胸が熱くなる。

 

 ようやくスタートラインに立てた程度、それでもこうして一歩一歩積み重ねていけば、いずれ本当に認められる日も来るのだと考えられる。


 

 この仮初めの信頼に俺は応えなければいけない。


 いつか心から皆に認めて貰えるように。


 そんな感情を込めて、


「………ありがとう、ございます」


 俺は深く、頭を下げた。

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