生存本能
手始めに、緑の毛が生えた。
気持ち悪くてそれを捥いだら下から固い鱗が出てきて驚く。綺麗なそれはまるで魚の様で、蛇の様で。なんとも形容し難いそれが段々広がっていく日々に恐怖が揺らめいた。
こわい、こわい。自分の体が変わっていく。わたしが人でなくなっていく。なのに仲間達はお赤飯を炊かなくちゃ!なんてとても呑気に喜んでいた。
リーダーは言った。おめでとう!選ばれたんだねって明るい声で。この世界では成人になると強者の天人になるか、弱者の人間のままなのか別れるらしい。
格闘家は私をじっと見ながら羨ましがる。私も強くなりたかったって。各街や村では強者か弱者かで全く待遇が違うのだと、それはそれは丁寧に教えてくれた。だからみんなに悪気がないのはすぐにわかったんだ。
(、けれど。)
感覚が鋭くなっていく。五感が、人間を超越してく。目尻は尖って夜でも周囲がくっきり見える様になった。耳は扇状に増えて、どんな些細な音でも敏感に反応できている。
鼻は犬の様に突き出して、元々すこし犬歯気味だった前歯は口から大きくはみ出した。指と指の間には薄い透明な水掻きができて、水中では息ができる様なり。やがて爪は硬くて長い、鉤爪の様になった。
数日経って、小さな崖の上なら跳躍で容易く登れる様になった頃。上からロープを垂らし、黙々と皆を引き上げては苦笑を漏らす。
パーティの皆は旅が楽になった!本当に助かるよと微笑んで私の腕に触れてきた。勿論、そんな気安い彼等とのスキンシップを取る事にも細心の注意を払わなければならない。
だって、すでに三つになった関節は、もう簡単に彼等を死へ追いやる力を持っている。
「わ、見てくれよ!レベル3の宝箱だ!」
「え!珍し!!」
「すごいすごい!喜びの舞を踊っちゃう!」
「防御力無駄に上がるからやめろってばか!」
「やったぁ!貴方のおかげよ、ありがとう!!」
「オレ達も負けちゃいられないなぁ!」
和気藹々の仲間達。どこから来たのかも分からない、そんな怪しい私を受け入れてくれて。賑やかでとても暖かく、この世界で初めて心を許した大好きな家族達。大好きな。ああ、だいすきな。
誰かの悲鳴が聞こえた気がした。曖昧に笑う私を不思議に思ったのか、姉の様に慕っていた僧侶がこっそりと声を掛けてくれる。
大丈夫?あのね、私達は本当に嬉しいのよ?だって人間ばかりのパーティではダンジョンにすら向かえないもの。高難易度なんて尚更だし、そんな意味でも貴女は頼りになる存在だわと。
同時期に入った踊り子はバフでは負けないと宣言した後、こちらを励ます様にノリの良いテンポで可憐に舞い、弟の様に可愛がっていた年下の道化師は面白おかしく歌ってくれた。薬師は成人になる前と変わらずこっそりお小遣いをくれるし、剣士は憧れに近い感情を向け先生!だなんて擽ったい呼び名で呼んでくれる。
知っていた。このパーティは弱者の中でも落ちこぼれで、はぐれ者が寄り添い情だけで作られたらしいから。だから、皆は尚喜ぶ。仲間内から天人が出た事。強者が家族になった事。そこにマイナスの感情なんてちっとも無くて、純粋に誇らしく思ってくれてる事も理解はしていた。
(、それでも)
声がやまない。
やまないのだ。か細い声が。心の底からの悲痛な叫びが。
わたしがもう一度悲鳴をあげる。けれどそれを誰にも気付かれたくないから声にならない呻き声を口の中で転がして、今日も今日とて宴の如くはしゃぐ彼らを背に一人で湖の前にしゃがみ込む。
だってこの考えは。きっと誰にも、
「、たい。 たい。」
一度出てしまえば止まらなかった。爆発する心はもう限界で。
ゴツゴツとした岩みたいな触感の肌に、二股にわかれた気持ち悪い舌先。性別も判別できないほどに枯れた嗄れ声は変貌し過ぎていて吐き気がする。いつだったか涙はなくなり、代わりに目からドロリとした体液が出た。それすら気持ち悪くて身体中を掻きむしる。いやだ、いやだ、いやだ。それだけが頭から離れない。
私が本音を口にするたびに水の中にいる化け物は醜い顔を更に醜く歪めていった。
そういえば、世界の成り立ちに興味を持ち、その神秘を暴く事に人生を費やしている学者はなんと言っていただろう。天人は確かに希少で重宝され、歓迎され、皆の光となるんだなんて力説していた気がする。けれど一方で社会に身分価値が整うほど存在が根付いているのにも関わらず、早々にお目にかかれない理由はその命が短命であるが故に、と。
(ちがう。ちがう、違う!短命なんかじゃない!)
そのひと達は、きっとただ耐えられなかったのだ。キメラの様に色んな種類の動物が混ざり、適応していく体に込められた周囲の歓喜と世界の理に。英雄の様に持て囃された後の、もう決して仲間とは交われぬ喪失感に。
或いは初めからこの姿であれば。或いはもっと幼い段階からであればまた違ったのかも知れない。
ねぇ、選ばれるって一体誰になの。何故成人の段階で。どういう基準で。どうして自分だけがみんなとおなじでいられない?
「帰らせてなんてわがまま言わない。だから、」
神様。わたしを。
〈生存本能〉
(数日後、問い詰めた私に学者は言った。天人は死ぬまで天人なのだと。それは、なんと拷問か。)
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