短編集
ふらっぺ
雨乞いの儀式
そばにいるって言ったくせに。
ぽそりと呟いたら毒が出た。もう一度同じ言葉をボヤく。そばにいるって、言ったくせに。
干魃が訪れた大地は自然の恵みなんぞ皆無であり、雨を願う人間共は他者を排斥し自己の幸せのみを願う。
だから生贄なんて非科学的なものが罷り通るのだ。雨なんて、自然なんて神の怒りな訳ないだろうが。そう考えていても言葉には出さない。それを告げれば今度こそ異端であると難癖つけられ殺されるに違いないからだ。
(所詮は人狩りなんだよなぁ。)
このままでは飢えてしまう。そう判断した上が浸透しやすい理由をでっち上げて行われる祭。それがこの雨乞いの儀式であった。村々の中へ月に一度、白羽の矢が放たれる。分かりやすい人数減らしに頭を抱えた記憶は新しい。
問題は、それが尊い事象であると信じられている事だった。犠牲者を喜ぶこと。それで改善されると信じていること。この前矢が当たった娘は泣いていた。うれしそうに、ないていた。
「気持ち悪い」
綺麗なおべべを着せられて、美しい花を添えられて。目の前に広がる炎の中へ、今から私は捧げられるのである。
村の者は毎度願う。雨よ、今度こそ降ってくれ。この子はあなたの元で働くでしょう。神の元で健気に生きるでしょう。だからどうかお願いです。雨を。そんな単語に吐き気がした。
どこまでいっても他力本願。そんなんだから利用されるのだ。今は蓄えがあるからまだ良いけれど、無くなったらどうなる事やらなんて。くだらない事を考えながら私は小さくため息を吐く。
『俺は最後まで抗うよ。そしてお前のそばにずっといるよ。例え誰が何を言おうとも、お前の死を喜んだりはしないから。』
けれど、そんな腐った世界でもそう言ってくれる人はいた。彷徨っていたこの世界で私を知りたがる変わった人間。此処で現代の知識は実に奇妙らしく、皆へ少しでも話せば敬遠されたと言うにあの男は。
ふっと思い出しわらってしまった。馬鹿な男だった。こんな私を見染めてくれた。娶ってくれた。あの花畑での思い出は、今でも忘れられなくて。
グシャリと供えられた花を踏み潰す。私の幕引きは刻々と迫って来ている。この思考は、早く忘れたほうがいい。
「残念だったな、逃げられて。」
「村長」
「フラフラしているお前をこの集落に留めたのは俺だ。なのにすまねぇ。連中を止められなかった。」
「、謝られても。」
「お前は分かってんだろうが、この茶番劇。だから言うのさ。拒まれても、貶されても、憎まれても。」
「。」
「俺の、罪だ」
そういえばこの人も信用できる分類だったな、なんて。どうでも良い事で感情に蓋をする。
この人は、悪くない。悪いのはこの村を食い物にしているその上の連中だ。だけれども。
笑い声がイヤに頭へ響く。周りの人間がピエロに見える。あの男は、どこにもいない。どこにもいない。そばに居るっていってくれたのに。そばにいるって、いったくせに。
「神子よ、前へ」
一歩一歩、進みながら息を整える。
そうだ、仕方のない事だったのだ。だってこの世界は可笑しいもの。だから生贄人間の伴侶が喜ばないのは可笑しな事で。孤立するのは当然で。周囲はそれを許さなかった。たったそれだけの話だ。
なのに。
「暴動だ!なんという罰当たりな!」
「狙いは今回の娘だ!」
「神子を守れ!!」
「邪魔だ、どけよ!」
俺の女を返せ!!そんな声が聞こえてふと顔を上げた。
何人かの否定派をかき集めて来たのか、それとも周りを説き伏せたのか。彼は勇者の如く先頭に立って此方側へ近付いてきていた。
逃げた訳じゃ無かった。その事実に高揚した気分を瞬時に隠す。助けに来たぞ!そんな言葉と一緒に暖かな笑顔を向けられて、私は少し、泣きそうになった。
「馬鹿。なんで逃げなかったの。」
「可愛げねぇなぁ。流石俺の嫁さん。」
「うるさいよ」
「村長が手引きしてくれたんだ。あの人最後までお前に矢が当たった事、根に持ってたぜ。」
残念だったな、逃げられて。そう言った彼をはっと思い出して土煙の中を見渡した。けれど、もう何処にも無いその姿に今度こそ顔を歪めてしまう。残念だったな、にげられて。逃げられて。ああ彼は、私を正しく理解していたのだ。
逃げる事への罪悪感を。茶番だと知っているのに止められない私の弱さを。そしてそれを死する事で捨ててしまおうとしていた私の事を、ちゃんと村長は見抜いていた。
御免なさい、ごめんなさい。今度こそ出てきた大粒の涙を拭ったのは私の大事な人だった。私の肩へ手を回し、帰ろう、俺達の家にって。優しく言ってくれる彼の胸に飛び込んでは子供の様に泣きじゃくった。
分かっている。こんな事した彼に、彼等に安息の地などもう無い事は。村を追われ、国に追われ、たどり着く先など一体何処にあろう。
「それでも俺は、お前のそばにいるよ。」
彼の甘い誘惑が私を襲う。今からでも死ねば間に合う癖に。
それをしない私はきっとずっと前から、
<雨乞いの儀式>
(その価値観をぶち壊したかったのだ。)
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