第34話

 ドクリ


 体の中、不気味な音が聞こえだした。

 重くのしかかる響き。


「逃げて、撃たれたら」


 カナタが……死んでしまう。


「優しい生き神様だ。あいにくと逃がすつもりはないね」


 老婆が笑った。


「殺しはしないさ。生き神様がこときれたあと、どうとでも利用価値があるだろう。死んだとしても、その角と毛は何にでも化けるだろうさ」


 カチッ


 引き金に力を込める音。

 銃口を向けたまま男達が近づいてくる。


「やめてっ‼︎ カナタを撃たないでっ‼︎」


 見てる人達、誰ひとり男達を止めようとしない。どうして動かずにいられるのだろう。恐ろしいことが起きてるというのに。

 こんな時ですら老婆に逆らおうとしない。


 この一族は



 ……狂っている。


「カナタッ‼︎」


 込められるだけの力、カナタを押し逃がそうとした。


 逃げて……カナタ。

 精一杯、生きるの。



 タンッ‼︎

 タンッ‼︎



 轟いた銃声。

 それは、私とカナタを貫いた。


 血が地面を濡らしていく。カナタに触れようと伸ばした手。


「私決めてたの。守ってあげるって」


 だけど守れなかった。

 私のカナタ、大事な友達。

 それなのに……守れなかった。


「ごめんね。痛かったね……カナタ」


 近づいてくる足音がやけに響く。

 銃口を向けたままの男達と老婆。


「随分なお人好しだな、小娘」


 しゃがみ込み、私の顔を覗き見た男。その顔に浮かぶ奇異な目つき。


「見れば見るほど気味が悪い。目の色も肌の色も……化け物が」


 私は人間よ。

 どんな命を秘めようと、父様と母様が生んでくれたの。生きていたから世界の綺麗さを知った。

 私が人間じゃないなら、あなた達は何者だというの。


「お前、それは言いすぎってもんだ。生き神様の髪……この艶色がおぞましさを隠してるというのに」


 老婆の蔑みは彼らの笑いを呼んだ。

 どうして笑えるの?

 生きる命を。


 その手で……奪うかもしれない命を。



 カンッ

 カコンッ



 何かが音を立てた。

 音を追い見えたのは、地面に落ちた2本の角。

 拾い取ったのは老婆。

 やめて……カナタに触らないで。


「なんて鮮やかな輝きだろうか。さぁ、生き神様。帰ると言えばこれ以上傷つきはしない。言うことが聞けないなら、動物それの体にもうひとつ穴が開く」


 カナタ……私のカナタ。


「愚かな、人間」


 嗄れた声。

 怒気に満ちた。


 老婆は目を見開き、男達は息を飲んだ。

 人々に広がるざわめき。彼らは、カナタの声を確かに聞いた。


「あっ主人あるじ様‼︎」


 男の叫び声と揺れだした銃口。


「今の……声は」


 カナタの毛が抜け消えていく。

 血を流しながら起き上がったカナタ。まっすぐに老婆と男達を見つめている。


「ボクを生んだ人々の願い。ボクが護ろうとしていたのは……愚かな欲だった」

「……カナタ?」

「最後まで信じたかった。お前達一族は……この町を包む祈りの象徴だったから」

「ひいっ、化け物がっ‼︎」



 タンッ‼︎



 銃声とカナタの首を濡らした血。


「ボクを生んだ願いはまやかしだった。人をあざけり安寧と繁栄を呼ぶ。お前達は彩芽を傷つけた‼︎」


 カナタの体が砕けていく。

 消えていく体のカケラ。

 黄昏の光が、カナタを透かし照らす。


「カナタ……駄目だよ」


 憎しみは憎しみを呼ぶ。

 カナタを傷つけてしまう、だから誰も憎んでは駄目。

 私達は旅に出るの、未来を……手に入れるんだよ。


「ごめんね彩芽。ボクは彼らを見てたんだ。君が担ぎだされる前からずっと、護り神として。君を助ける者が現れる……そう信じたかった。ボクを生んだ願いは、優しいもののはずだったのに」



 タンッ‼︎

 タンッ‼︎



 カナタを貫く銃声。

 やめて、もう傷つけないで。


 カナタを……連れていかないで。


「ボクが未来を見れたなら。きっと、彩芽のために出来ることがあったんだ。……それでも、ボクを友達だと思ってくれるなら」


 私を見る優しい目。

 ひび割れて消えていく。


「いつかの未来……また、会えるよね。彩芽」


 カナタに触れた。

 少しだけの、カケラになった姿に。


 私の手を濡らした血。

 それはどす黒く染まっていく。



 ゴボ……

 ゴボリ……



 不気味な音が響きだした。

 私のすぐ近くで。


「小娘っ‼︎ この化け物が」


 男の声に続いた叫び声。



 ゴボ……

 ゴクリ……



 何かが、何かを飲み込んでいる?


 音を追い見えたのは、地面を這いずるどす黒いもの。

 ゴボゴボと泡を吹きながら男達を飲み込んでいく。

 を生みだすのは……私の血。


 黒く染まり、生き物のように動き回る。


「カナタ……私は」


 ……私は。


 妬み、憎しみ、嫉妬、人が時に抱くもの。それが私の命になった。


 これは生きていたの? 

 私の中で、闇を隠しながら。


「人ヲ……人ヲ喰イタイ」


 どす黒いものが声を上げた。

 私を包む怒号と叫び声。

 空を覆いだした闇。血の匂いが人々を包み込む。


「人ヲ……人ヲ」

「やめて……殺さないで‼︎」


 私は誰も憎んでない。

 だから……誰も憎まないで。


「カナタ……カナタッ‼︎」


 握りしめたカナタのカケラ。



 トクン


 トクン



 響く鼓動の音。


 カナタ……よかった、生きてる。

 いつかの未来。

 また会えるよ。いっぱいの思い出を一緒に作っていくの。


 約束だよ。

 絶対に叶えるから。



 ズズ……

 ズブリ……



 黒いものが、私とカナタを飲み込んだ。

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