第42話 『遠雷の魔女は語らない〜猫との出会い〜』

「おい、システィーナ。キッチンからパン取ってこい」

「えっ? なんで?」

「なんでってお前、頭悪ぃな! お腹すいたからに決まってんだろ!」


 もうお腹すいたの?

 でも、お昼ご飯はさっき食べたからシスターはパンくれないと思うんだけど。

 そんな風にシスが思ったこととか言ったら、いつも叩かれちゃう。

 

「お前はバカだな」

「そんなこともわかんないのかよ」

「だから魔女は嫌いなんだよな」


 シスは頭が悪いんだって、だから何もわかってないって怒られる。

 神父様には賢いねって言われてたから喜んでたんだけど、あれはもしかしてシスがバカだって気付いてショックを受けないように、神父様が優しく言ってくれてただけなのかな。

 だって、もしシスの言ってることが正しかったら……シスターが味方してくれるはずだもん。

 でもシスターがシスの味方をしてくれたことは、ほとんどない。

 神父様がいなくなってからは、全然だった。

 嫌そうな目で、シスを見てくる。

 シス、お風呂にちゃんと入ってるのに……臭いのかな。

 それともちゃんと良い子にしてないから、シスターに嫌われちゃったのかな。


 孤児院にはシスと同じくらいの子とか、もっと上の子とかいるけど。

 誰もシスと遊んでくれなかった。

 話しかけても「魔女が感染る」って言って、走って逃げちゃう。

 なんだかすごく、寂しかった。


 ある時、孤児院の近くの草むらで動物の鳴き声が聞こえた。

 声のする方へ歩いていくと、そこには猫がいた。初めて見た。

 孤児院にある絵本では見たことあったけど、でもそれは絵だったから。

 本物の猫を見たのは初めてで、すっごく可愛くて、でも近寄ろうとしたら逃げちゃった。

 猫もシスのことが嫌いなのかなって、とても悲しくなった。


 次の日も広場で一人で遊んでいると、猫の声が聞こえた。

 今度は朝食に出たパンを残して、それを猫にあげてみようと思って持ってきてる。

 昨日と同じ場所に、同じ猫がいたから遠くから声をかけてみて、様子を見てみた。

 そしたら鼻をヒクヒクさせて、逃げる素振りはなかったからもう少し近付いてみる。猫がスッと構えたみたいに、体を動かしたから、シスわかったのかもしれない。

 猫はシスのことを警戒して、近くに来たら逃げる準備をしていたんだ。

 シスが下がると、猫もいつも通りに座り込む。パンをちぎって、猫の近くに放ってみた。最初、猫はびっくりしてすごいスピードで避けたけど、それが食べ物だって気付いて寄ってきた。

 クンクンとパンの匂いを嗅いで、それからパクって食べてくれて嬉しかった。

 それからは猫が食べ終わったタイミングで、また同じようにパンを放るってのを繰り返して、あっという間に持ってきたパンは無くなった。

 シスが近寄ろうとするけど、パンだけじゃ警戒を解いてくれないのかな。

 そのまま走って逃げて行っちゃった。


 また次の日は、パンと水を持ってきた。

 本に書いてあったけど、子猫にミルクをあげちゃダメみたいって。でもシスが見た猫は子供じゃなさそうだったけど、一応水にしといた。本当のこと言うと、ミルクをくすねるのはちょっと難しかったから出来なかっただけ。

 同じ場所で遊んでいるフリをしてると、小さく「にゃーん」って声が聞こえたから、シスは猫を探しに草むらに向かった。

 そしたらまた同じ猫がいて、なんだかシスのことを待ってたみたいに座ってる。

 シスは昨日と同じ感じで猫にパンを繰り返しあげて、それから小皿に入れてきた水を置いて離れてみた。猫は喉が乾いてたみたいで、ごくごく水を飲んだ。

 三日目で、もう失敗しないんだと学習したシスは離れた場所でじっと猫を眺める。可愛いなぁ、見てるだけでも可愛い。猫は警戒心の強い動物だから、野良猫は特に人間に懐かないってことも本に書いてあったから、シスは猫に近付かないようにするんだ。

 そしたら長い時間、猫を見つめることが出来るから。見てるだけで心がほんわかしてくる。寂しくって悲しかった気持ちが、全部なくなるみたいに。

 毛づくろいする仕草、顔を洗ったり、伸びをしたり、動きの全部がすっごく可愛い。

 

「君、可愛いね」


 あんまり可愛くって、思わず声を出しちゃった。

 猫はシスの声を聞いてピクンって反応して、耳をピンってする。じっとこっちを見てきた。

 やばい、どうしよう! また逃げてっちゃう。

 残念がってたら、猫の方がのこのこ歩いてきて、緊張して固まってるシスの足元にすりすりしてきた。

 う、うわああああ! すっごく、すっごく可愛いよおおおお!

 シスの足にすりすり顔をなすりつけながら、ぐるぐる回るみたいに歩いてる。

 しっぽはピンってまっすぐ上に立ってて、すりすりぐるぐるが終わったら、今度は足元近くの地面にゴロンって寝転んで、お腹丸出しの仰向けになっちゃった。

 ゴロゴロ言いながら前足で自分の顔をすりすりして、チラってシスの顔を見て、また体をひねってゴロンゴロンする。これはもしかして、シスに甘えてくれてるの?

 でもダメダメ、まだ触ろうとしたらダメかも。逃げちゃうかも。

 だけど、ちょっと……だけなら……。

 こんなに気を許してくれてるんだし、もういいよって意味……だよね?

 シスがそっと屈んで手を伸ばしたら猫と目が合った。

 素早い動きで起き上がって、そのまま全速力で走って逃げて行く猫。

 シスは手を伸ばしたまま動けなくなって、「あぁ〜……」って情けない声が出ちゃってた。

 でも、不思議とショックな気持ちにはならなかった。

 猫に触れなくても、心を許してくれなくても、ただ遠くで眺めているだけで幸せな気持ちになれる。

 

 本物の生きてる猫に会ってから、ヨキと一緒に外に出てない。

 ヨキのことが嫌いになったんじゃないよ。

 猫の方が好きになったからとかでもないよ。

 なんて説明したらいいのか、シスには難しくて上手く言えないけど。


 シスがすっごく、猫というものが大好きなんだってことに気付いたんだ。

 

 それはぬいぐるみの猫も、生きてる本物の猫も一緒。

 猫はみ〜んな大好きだってこと。

 本物の猫に会ってわかったんだ。

 だから、猫のヨキのことだってシスの大事な宝物だからね。


 孤児院でどんなに寂しくて、辛くて、悲しい気持ちになっても、猫を見れば元気になれるんだ。

 猫はシスの全て。

 

 だから猫に酷いことするのがいたら、誰だろうと絶対にシスが許さない。

 それがシスのーー、猫への「愛してる」なんだ。

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