第30話 思い出の品

「どういうことか説明しろ」

低く冷え切った口調と険しい眼差しは覚悟していたものだが、いざそれが自分に向けられると恐ろしさに思わず身震いしそうになる。


(シャーロット嬢にはこれほどの怒りをぶつけたとは思いませんが、怯まなかった度胸だけは及第点をあげても良いかもしれませんね)

半ば現実逃避のように考えていると、カイルの眉間の皺が深くなる。これ以上説明が遅れれば本気でマズいと居住まいを正して弁解することにした。


「陛下の恋路を邪魔するつもりはございませんが、これ以上拗れてしまえば関係が発展するのにかなりの時間を要すると判断しました」

「言い訳はいい。ロティに何を言った?今にも泣きそうな顔をしていたことに気づかなかったとは言わせない」


責めるような口調のカイルだが、シャーロットが見せた表情に関して言えば、自分がきっかけだとは思えなかった。ネイサンの質問攻めに多少動揺を見せていたものの、シャーロットの表情は終始変わらないものだったのだ。それが崩れたのはカイルが現れてからだ。

安心して心が緩んでしまったのか、カイルが発する怒りに感情が揺れたのか分からなかったが、それを伝えたところで言い訳と捉えられるだろう。


「一つ朗報があるとすれば、シャーロット嬢は陛下のことを嫌ってはおられませんよ」

不審そうな表情を浮かべるカイルに最後まで話を聞くよう頼んでから、ネイサンはシャーロットとの会話を伝えた。

「最初はお止めしましたが、シャーロット嬢との出会いについてお伝えしたほうがよろしいかと」


少女時代の大半を費やした相手からの裏切りは、人間不信になっても仕方のないことだ。信じることに臆病になりカイルの気持ちを受け入れられないことで、罪悪感を募らせるシャーロットは優しい性格の持ち主なのだろう。

その結果カイルの望みとは正反対の方向を模索するという状況に陥っている。どれだけカイルがずっとシャーロットを想っていたか伝えることで、少なからずその状況を打破することが出来るはずだ。


「ただシャーロット嬢が頑なに信じようとしないのは、元婚約者の心変わりだけではなさそうです」

どういう意味だとカイルは視線だけで続きを促す。先ほどまでの怒りは少し収まったようで、ネイサンの勝手な行動にはまだ腹を立てているようだが威圧感がだいぶ和らいでいた。


「ブランシェ侯爵は愛情深い父親と聞いていましたが、シャーロット嬢はそれを否定するようなことを口にしかけていました」

カイルが声を掛ける直前、ブランシェ侯爵について言いかけた言葉が気にかかっていた。

「何かしらの掛け違いが生じている可能性はあるな。あるいはロティの言葉が真実でブランシェ侯爵は娘に愛情を傾けていなかったのか」


考え込むカイルにネイサンは一つの提案をした。カイルが嫌がるのは分かっていたが、当の本人すら気づいていないシャーロットの本心を引き出すために有効な手段として、算段を立てていたのだ。それがどんな種類のものにせよ、シャーロットがカイルに一定の好感を抱いているとお茶会を通してネイサンは確信していた。


「ロティを騙すような真似が出来るか。第一そんなことをおいそれと頼んだが最後、責任を取らされるのは目に見えている」

「適任者がおりますのでご心配なく。少々工夫と説得が必要ですが、私にお任せください」

渋面を浮かべるカイルが更なる反論の言葉を口にする前にネイサンは別の話題へとすり替えることにした。


「それからシャーロット嬢とお話される際にアレをお返しになったらいかがですか?ずっと気にされていたでしょう」

カイルの視線が本棚の片隅にある箱へと向けられる。それは過ぎし日のカイルの後悔とシャーロットとの繋がりを示すものだった。


(どうか陛下の想いが報われますように)

そんな願いを込めながらネイサンは恭順の意を示すように一礼してカイルの私室を後にした。



しばらく考え込んでいたカイルは大きく息を吐くと、本棚へ向かった。開いた箱の中から取り出したのは一体のテディベアだ。古いものだが丁寧に手入れをされており、つぶらな瞳の中には不愛想な自分の顔が映っている。


シャーロットが宮殿に来て以来、ずっと渡そうとして渡せなかったものだ。彼女が大切にしていたものだが、辛い記憶を思い出すのではないかという懸念がよぎり、何度か取り出しては箱にしまうという行動を繰り返していた。

柔らかな感触が過去の記憶と結びつく。



当時のカイルは思春期真っ盛りだった。物心ついた頃から次期皇帝としての期待を背負い、努力を重ねていたものだが、自分の立場と周囲との違い、皇太子としての責務などが窮屈なものに思えてやる気が失せた。

また公務の一環で大人と関わることが増えるのと同時に、一部の貴族たちの二面性を目の当たりにすることとなり、その醜悪さに苛立ちを覚えていた頃だ。


表向きは優秀さを褒め称えられ、裏では可愛げのない子供だと陰口を叩く。義務感から最低限の仕事は勿論こなしたが、相手の能力の低さやレベルの低いやりとりに、嫌悪感と腹立たしさが募った。

そんなある日皇帝である父ジョスランからカイルは外遊を命じられたのだ。見聞を深め視野を広めるよう告げられた。数カ国を3ヶ月かけて巡る短期留学のようなもので、正直面倒だと思いつつ皇帝からの命令なのだから断れるはずもない。


そうして訪れたリザレ王国でカイルは唯一の存在に出会ったのだ。

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