第29話 空中都市国家カンガアラ

 エレベーターじみた筒状の巨大な建物に乗って、空に浮く都市に入っていく。

 カンガアラの巨大さは城家の三倍くらいだろうか。恐ろしく巨大で、この世界では珍しく科学よりの構造をしている。どうやって浮いているのかは分からないが、都市の中心にある広場の巨大な歯車が印象的だ。

 アイリスは存外落ち着いているようで、ハルカの様に目を輝かせはしていなかった。

 俺は正直言えばワクワクしていた。男の子なのだ。ワクワクしない方が無理だろう。

 小さいゴーレムのようなモノが、道路や歩道の掃除をしている。

 これだけでも心が躍るものだ。


「なにか楽しそうね、クラウス」


 不意にアイリスに声を掛けられる。ワクワク具合いを看破されており、アイリスは何処か不機嫌だった。


「あ、ああ。やっぱりそう見えるよね」

「私達の力は下の中なのよ?このままじゃ死喰にも会えないし、地獄街の外に出るなんて、夢のまた夢なの。分かってる?」

「ごめん、はしゃいじゃって、つい…」

「はぁ、まあいいわ。それでアレンにマリア、これからどうするの?」


 アイリスの問いにアレンは少しだけ考える素振りを見せて、アイリスの顔をまじまじと見て、簡潔に言った。


「修行する」

「簡単に言ってくれるわね。私達はザコなのよ?修行したくらいで強くなるわけが」

「なるさ。君たちは確かに雑魚だが、素質はある。そこを伸ばせば中の上くらいにはなる筈だ」

「時間がないわ」

「言ったろう。地獄街は時間の流れが違うんだ。とくにこの二層目はね。修行するにはもってこいだと思うんだが」

「修行して勝てるの?二層目のマスター、ベルテオに」

「そこは、お二人の頑張り次第ですよ。ま、僕は十分に勝てるとは思いますがね」

「アレン、あまり期待を持たせては…」

「マリア、僕たちに下された指令を忘れたのか?二人を強くさせて、五層目まで連れて行く。これだけだ。最初から全否定は出来ない」

「…貴方がそう言うならば」


 マリアは少しだけ憂いを持った顔になった。


「クラウス様、次からは駆動剣の使用を許可します。ベルテオは恐らく、全力での戦いを好みますからね。切り札を使っても法には触れないでしょう」

「分かった」


 広場から離れ、宿に入る。二部屋とって、ベッドの上に寝転んだ。ラキは既に俺の影の中で寝ている。部屋割りは、俺とラキとアレン、アイリスとマリア。妥当な判断だ。宿代はどこに仕舞っていたか分からない量の金貨をアレンが店主に渡しているのを見た。しばらくはここでの生活になる。


「寝ないんですか?明日から過酷な修行のはじまりだというのに」

「なんでアレンはメイド教会に?」

「僕は、死喰、いえお館様とは長い付き合いなんですよ。お館様は我々の家族であり、主ですからね。僕の場合はある契約からお館様と繋がっているのです」

「ある契約って?」

「またの機会に。もう今日はおやすみなさい、ですよ」


 アレンは微笑んで、寝っ転がった俺に布団を掛けた。



 朝早くに起きて、水を浴び、カンガアラから荒野へと降りて、修行が開始された。

 修行内容は二対二の疑似戦闘である。

 俺は鎧化して駆動剣を引っ張り出した。その後ろにはアイリスが強化魔法を唱えている。

 アレンは相変わらず鋼線と手甲。マリアは相変わらず素手だ。

 勝利条件はマリアに一撃入れること。敗北条件はこちらの戦闘不能だ。


「行きますよ!」


 アレンが鋼線を煌かせる。駆動剣を駆動させ、鋼線に斬りかかった。駆動剣の刃なら、鋼線を斬れると思っていたが、甘かった。やはりただの鋼線ではない。

 アレンの蹴りが、直撃しかける。防御しようとして、死の気配を感じ取り回避した。

 蹴りは岩石に当たり、岩石は粉々に砕け散った。喰らっていたらただじゃすまなかっただろう。

 アレンの攻撃は止まらない。煌めく鋼線は怒涛の勢いで繰り出される。

 アイリスが魔法を唱えた。『錬成』で生成された土の壁が、俺とアレンの間に壁を作る。しかし壁は脆く、一瞬で細切れになった。この数秒がいい。俺は、駆動剣を砲身に、魂を削った一撃を繰り出した。


「『模範術式稼働コピーオリンパス風神王の聖剣グラフィリード・シャリオン』!!」


 魔王デバルと戦った時より威力も負荷も抑えられているが、人を倒すには十分すぎる一撃だ。今回はアイリスの補助もある。勝機は十分にあると思った。


「兵装制限解除・偽王剣起動」


 そう呟いた瞬間、アレンの右腕が、光の奔流に変わる。

 全身に鳥肌が立つ。アレはヤバい代物だと体中が恐怖を訴えている。


「『偽王剣』!!」


 真っ直ぐ突き出したアレンの右腕から、強大な光が発射される。風神王の聖剣とかち合った瞬間、聖剣は一瞬で塵と化し、金色の光の渦が、容赦なく迫る。

 防ぎようがない。駆動剣でも吸収しきれるか分からない。

 そのとき後ろから、アイリスの声が聞こえた。


「『位階空位アニムス 金色太陽ヴォーパルサン』」


 俺の真横に、小さな太陽のような球体が出現した。


「合わせなさい!クラウス!!」


 その言葉にハッとする。まだ負けたわけではない。


「駆動剣、駆動…!『合技アサルト七星流転セブンシャリオ』!!」


 金色太陽を駆動剣に吸収させて、聖剣解放グランシャリオに似て非なる攻撃を繰り出した。七星流転は、太陽の輝きを持って、相手の攻撃を相殺せしめるだけの威力を誇る合技だ。これならやれるはずだ。

 七星流転の輝きが、偽王剣に衝突する。少しだけ拮抗したが、あの七星流転ですら、ほぼ一瞬で飲み込まれた。金色の光が迫り、俺は目をつぶってしまった。


「偽王剣、解除」


 パンという音と共に、金色の光は空間から消失した。


「今のは良かったですよ、クラウス様、アイリス様。この調子で次も…」


 アレンが腕を下げた瞬間、俺は『心技抜刀ソウルトリガー』を使っていた。

 アレンの真横を超速で通過し、マリアに迫る。

 あと一歩と言った時に、俺はアレンの鋼線に絡めとられていることにようやく気が付いた。

 このまま突っ込んでいたら、間違いなく細切れだった。だが、攻撃はこれだけじゃない。


技巧固着セット三重体ドッペルゲンガー


 既にマリアの後方に分身が起動していた。マリアは後ろを見ていない。振り下ろされた剣撃が、マリアに当たりかけた瞬間、マリアの姿はブレて、三重体はたったの二撃で打ち破られ、消え去った。


「良い攻撃でした。少しだけ足りませんでしたね」

「これでも、駄目なのか…?」

「あと数歩というところでしょうか。次も頑張ってくださいね」


 アレンは笑顔を俺に向けた。


「具体的に何が悪いんだ?」

「連携を疎かにしすぎですね。二人で協力すれば、一撃くらいは当たる筈です」

「…分かった。次はもっと意識する」

「その意気です」


 もう少しアイリスと話し合う必要がありそうだ。

 協力しなければ一撃も与えられない。

 俺は空に浮くカンガアラを見てそう思った。

 修行はまだ続いていく。この層で急ぐ必要は全くない。

 ゆっくりと進んでいくほかないのだから。


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