第23話 一層目

 初戦が終わった後、アイリスと一緒に地表の部屋を出て、第一層に移り住んだ。

 巨大な螺旋の建物の内部は空間がねじ曲がっているらしく、見た目よりとてつもなく広かった。歪曲空間によって、何層もの世界が重なっているらしい。

 しかも太陽に似た光と塔内部であるにもかかわらず肥沃な大地のおかげで、外の世界よりも作物は良く育ち、実りのある世界だった。塔の中の筈なのに空があって、変わらずいつも晴れている。

 そして広い大地には街がある。遠目から見ただけでも三つ。巨大な城も見えた。


 俺達に与えられた家はその巨大な城のある街だった。名前はないらしいが、住む者からは『城家』と呼ばれているらしい。

 この巨大な街、城家にはこの一層目のマスターが住んでいる。城ではなく、普通の家、しかも城壁の外側だ。

 俺達はさっそく会いに行ってみることにした。事前に収集した情報によると、割と話を聞いてくれるらしいからだ。

 城壁の外側は思った以上に平和そうだ。貧民街のような想像をしていたがそんなこともないらしい。黄金色の稲穂に囲まれる城家はさながら黄金の海の中に佇む黄金郷のようだ。

 情報通りに進み、ある小さな家の前に着いた。木造で城壁に沿って建てられている。

 こほんと、少し咳払いして、扉をノックしようとしたとき後ろから、おーい、とこちらに声をかけて来た者がいた。


「俺にお客さんとは、まだ店は開いていないんだが…。その身なりを見るに地表から来たのかい?」


 赤茶色の髪の毛に細身の体。どう見たって一般人Aだ。本当にマスターかと疑うほど、覇気もない。年齢は不明だが、四十相当に見えた。


「貴方に用があって」

「だろうね。決闘かい?悪いが明日以降にしてくれないか?明日は娘の誕生日だからね」

「結婚、されてるんですか?」

「ああ。この地獄街に堕ちてもう数十年たつからね。結婚もするさ。せっかくだ君達も手伝ってくれ。娘のためにケーキを焼こうと思ったんだが…何分不器用でね。そちらのお嬢さんなら出来るんじゃないかと。勝手な想像だがね」

「ま、私なら出来なくもないわ。お願いを聞いたら決闘してくれるのかしら」

「もちろんさ!材料はさっき買ってきたばっかりなんだ。早速家に入って手伝ってくれないか」

「分かりました。約束忘れないでくださいね」

「約束は守るさ。それが俺の唯一の良い所だ」


 正体され中に招かれる。上手く言えないが暖かみのある家だ。小さな暖炉があって、小さなテーブルと椅子が三つあった。

 だが人の気配はない。


「ただいま、レキャスタ。レイーナのケーキの材料を買ってきて、運よくケーキを作れる旅人も見つけたよ!」


 声だけが響いた。


「名前の紹介がまだだったね。俺はグランツ。元魔族付きの元既婚者」

「えっ…娘さんと奥さんは」

「死んだよ。殺されたんだ。ここより下の階層のマスターにね」

「どうして…?」

「レキャスタは魔族の女性だった。俺の奥さんで気前が良くて…。レイーナはまだ二歳だった。とてもかわいい俺の娘だ」


 グランツの顔に影が差し曇る。


「何もない日だった。その日も決闘者が居て、俺はいつものように闘った。決闘者…現四層目のマスター『罅切のアノン』は決闘の際に使っていた結界装置を壊し、当時の城家を暴れまわり人々を虐殺した。たった数分の出来事だ。死喰が異変を察知してこの一層目に上がってくる前に、奴は城壁の中にいた俺の奥さんと娘を殺していた。死喰はアノンを四層目に封印し、城家は城壁にある魔法と法術を掛けた。そう言うことが、昔あったんだ」

「…」

「暗い話をしてすまないね。ケーキを食べさせてやりたかったんだ。ただ、それだけなんだ」


 アイリスはテーブルの上に置かれた材料をひっつかむと、綺麗に片付けられているキッチンに立った。


「じゃあ、天国にも届くような美味しいケーキを焼いてあげなきゃね」

「いいのかい?」

「約束したんだもの。当然でしょう」

「ありがとう。君は優しいんだな」

「それが私の取り柄なの。クラウス、ラキ、手伝ってちょうだい!」

「分かった、今行くよ」


 俺は久しぶりに人間体になったラキと一緒にキッチンに立った。



 アイリスは手際よく俺たちに指示を出し、ケーキを焼いた。

 グランツは、そのケーキを小さなペンダントと人形が置かれている小さな机に置いて、静かに泣いていた。


「ありがとう、これでいいんだ。やっと夢がかなった。申請書を出しておいてくれ。約束通り、君達と闘うよ」

「いいの?明日になっちゃうわよ?」

「二人にケーキを焼いてやれただけで、救われた。それでいいんだ」

「分かったわ。じゃあ、明日…」


 俺達はグランツの家を後にして、帰りがけに申請書を出し、家に帰った。

 アイリスは少し悲しそうな顔をしていたと思う。

 食事をとり、布団に入った時、横で寝ていたアイリスが話しかけてきた。


「ねぇ、クラウス…アノンの話聞いたわよね」

「『罅切の』だろ。聞いてたよ」

「数十年前に王国から失踪したっていう最強の騎士がそんな名前だった気がするの」

「嘘だろ、じゃあ、そいつも何かやらかしてここに堕とされたのか?」

「でも突然失踪したらしいから分からないわ。でもどこかで聞いた記憶があるのよ」

「そんな昔からこの地獄街はあったのか?」

「少なくても、セロハが若いころには出来ていないとおかしい計算よね」

「それだと計算が合わないのか…グランツの数十年前ってのもおかしいな」

「まさかとは思うが、この地獄街は時間がズレているんじゃないか?」

「最下層にいるっている死喰って奴が何者かは分からないけど、その可能性が一番高いかもね」

「この話はまたあとでしよう。今は考えを増やしたくない」

「悪かったわね…明日に備えて今日はもう寝ましょうか」


 謎はいくらでも湧いてきて、尽きることを知らない。

 それでも、マスターを倒し続ければ、いつかそれが解決できる気がしてならなかった。


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