モブ顔勇者は世界を救わない

第1話 プロローグ

「はぁ、今日も疲れた…」


 俺はニートじゃない。良いように言えばフリーターだ。

 中身の薄い人生だったと今でも思う。昔から人の顔色ばかり気にして、信じて裏切られてを繰り返した来た。フリーターなのもそのせいだと思っている。それでも、あの時はまだ、頑張ればどうにでもなると思っていたし、まだ希望もあった。

 

 あの日はアルバイト先から帰っている途中だった。

 いつものように路地を歩いていた時、悲鳴が聞こえた。悲鳴の先を目で追った結果、最悪な現場に遭遇することになる。そこには刃物を持った女が狂喜乱舞していた。正確には包丁のようなモノを持って、ソレを天にかざし笑っていたのだ。まだ朝だというのにこんな犯罪者が居るのかと、俺は少し遠巻きにその様子を見ていた。警察はまだ来ていなかった。普通ならすぐ逃げる所だが、その時はなぜか冷静だった。

 女の近くに小学生の一団が居た。逃げられなかったんだろう固まっている。

 女は謎の言語を喋り小学生の一団をギロリと睨んだ。俺には関係なかったのに足は勝手に動いていた。包丁を小学生の女の子一人に突き刺すような動作をした女の前に、俺は奇声を上げ立ちはだかった。精一杯の威嚇のつもりだった。女は俺に突っ込んできた。


 ドズ


 嫌な感覚がして腹が熱くなる。痛みは無かった。麻痺してたのかもしれない。視線を下に落とすと、腹に柄の部分までがっつり刺さった包丁が見えた。痛みは無い。

 俺は精一杯の力で女の手首を掴んだ。女は何か訳の分からない言語を喋り包丁を抜こうとする。俺はソレをどうにかして抑えていた。遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。俺は関わるつもり何て無かった。だけど放っておけるほど冷徹でもなかった。目の前にいる女から小学生を守ろうと俺は選択したようだ。血がぼたぼたとこぼれる。強烈な吐き気がして、俺の口から血が噴き出した。それでも手だけは離してはいけないと強烈な感覚が俺を支配していた。サイレンの音が近くなり、目の先に警官が走ってきて…。俺は振り返る。女の子は縮こまってはいたが無傷だ。それを見て俺は安堵し意識を手放した。



 


 次に目が覚めた時そこは白い病室のような場所だった。

 俺は生き残ったのか。そう思って少し安心して、腹に手をやる。傷はない、それどころか、服も来ていない。俺は裸だった。

 瞬きをした次の時には人型の靄のようなモノが目の前にいた。


「はじめまして、〇〇くん。ようこそ、アルステラに」


 その靄は流暢に日本語を喋った。それに意味不明な単語もだ。アルステラ?じゃあここは天国でも地獄でもないってことか?体がどんどん縮んでいっている感覚がある。

 しかも名前の部分が聞き取れなかった上に俺自身も自分の名前を忘れていた。


「君はこの世界で生きてもらう」

「はぁ……」


 意味が分からないし突然すぎる。この靄は何を言っているんだ?ため息に近い相槌をした俺は自分の手を何気なく見た。赤ん坊の手になっていた。


「では良い転生ライフを」

「あー!」


 言葉が出ない。喋れなくなっている。赤ん坊になったんだから仕方ないかもしれないが。靄はそれだけ言って搔き消えた。

 次には白い空間は徐々に中心に収束していき、俺は光の渦に飲み込まれた。

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