第22話
アールとは席を離してもらった方がいいかなぁ、とウカノは考えていた。
これは、兄弟が多いからこその考えだった。
近くにいると、どちらかがちょっかいをかけ始めて喧嘩する、というのは兄弟あるあるだからだ。
しかし、アールは弟に似ていると言っても、ウカノの本当の弟ではない。
それに、そういうことが認められるのかもわからない。
なにより、
(皆、この子を怖がってる)
あれだけの騒動を起こした。
ましてや、一週間前の出来事は、アールがウカノを本気で魔法で殺そうとしたのだと思っているに違いなかった。
たしかに、他の子ならば死んでいたのだろう。
そのことに関しては、ウカノもアールに対して思うところがあった。
だから、こちらから接触することにしたのだ。
授業中にこっそりと、アールにこう伝えた。
「話がしたい。放課後、校舎裏に来てくれ」
それを、アールは喧嘩の申し込みだと考えた。
そう取られても仕方がない言い方だった。
アールの答えは、
「首あらって待ってろ」
そんなある意味では、当然のものだった。
今度こそボコボコにしてやる。
今までの大人たちのように、倒してやる。
そして、その頭を踏みつけてやる、とアールは決めた。
昼休み、クラスメイト達が、チロチロとアールを見ていた。
やがて、彼が食堂に向かうのを確認してから、わらわらとクラスメイト達はウカノの机に集まった。
弁当を広げて、さぁ食べようかとしていたウカノはその手を止めた。
何事かと、問う前にクラスメイト立ちから雨あられの様に質問が降ってきたのだった。
「ねぇねぇ!!
盗賊退治したって本当?!」
「Dランクだけど一気にAランク冒険者になったんでしょ!!」
「すげぇな!
冒険の話、聞かせてくれよ」
ウカノは、そんなクラスメイト達の様子に圧倒されながらも、丁寧に答えていく。
そして、
「そんなことより、ご飯、食べなくていいの?」
純粋な疑問を口にした。
クラスメイトの一人が答える。
「いいのいいの」
また別の一人も口を開いた。
「どうせ、まだ、混んでるし。
あと五分くらいしたら、私達も食べに行くよ。
ウカノ君は、お弁当なんだ?」
「あー、うん」
肉野菜炒めを白米に乗っけただけの弁当だ。
ちなみに肉は、ドラゴンの尻尾肉である。
実家だとよく出ていた料理だ。
それをつつきながら、質問に答える。
やがて、空く時間になったのかクラスメイト達は教室を出ていった。
弁当を食べながら、今朝の定時連絡時のことを思い出す。
『明日です』
再び今後のことを視るために、駆り出されたトオルはそう断言した。
『何かが起こるとしたら、今日ではなく明日です』
もう少し詳しく見てもらった。
それによると、ウカノとアールは森の中にいて敵と遭遇するらしいとわかった。
けれど、やはりその顔はぼんやりしていて見えなかったとのことだ。
(明日、か)
ウカノは教室の隅に貼られた時間割を、確認する。
とくに森に行くような授業は無かった。
それらしい授業といえば、魔法の実技授業くらいだ。
しかし、実技授業は明後日だ。
「…………」
ウカノは、肉野菜炒め弁当をかきこんだ。
そして、放課後。
ウカノは校舎裏でアールと対峙していた。
「そんじゃ、決着つけようか」
なんて言ったのは、アールだった。
(あー、そう取るとは思ってたけど、やっぱりかぁ)
ウカノは内心で呟くと、口を開いた。
「決着?
一週間前の??
あれは、喧嘩両成敗ってことで話がついたはずだけど。
まぁ、俺の話もそれ関連なんだけど」
言葉の途中で、アールが殴りかかってきた。
魔法を使って加速している。
けれど、ウカノはそれをヒラリとよける。
なんなら、足を引っ掛けて転ばせる。
「だいたいさぁ、人死にが出るかもしれない魔法使うなよ。
俺だったから良かったものの、他の人だったら死んでたぞ。
君さ、その辺ちゃんと理解してる?」
アールが立ち上がって、また向かってきた。
それを蹴り飛ばす。
「くそっ!」
ウカノの言葉を聞いているのかいないのか、アールはさらに向かってくる。
魔法を使わないのは、この前のことを警戒しているのかもしれない。
魔法を使おうとして、捨て身のキャンセルをまたされたのでは溜まったものではない。
なら、純粋に殴り合いに持ち込めばいけるとおもったのだ。
だって、体術でもアールは大人に勝ち続けてきたのだから。
ウカノが相手でなかったなら、きっと勝てていただろう。
でも、残念ながらウカノはアールより強いのだ。
さらに殴りつけようと、アールの繰り出された拳。
その腕を、ウカノは掴んで後ろ手に締め上げる。
ついでに足払いをして、そのまま倒した。
ギリギリと腕を締め上げながら、ウカノはさらに言った。
「人はさ、死んだら生き返らないんだ。
その辺、ちゃんと理解してるのか?」
「こんの、」
その時見た、ウカノの表情にアールは言葉を失う。
まるで、今にも泣きそうな迷子の子供のような顔をしていたのだ。
「どうなんだ??」
徐々に、ウカノの方も語気を強める。
「離せっ!!」
じたばたと、アールが暴れる。
「どうなんだって、きいてんだろうが!!
お前は人を殺そうとした!!
たまたま死者がでなかった。
運が良かった!!
その意味をちゃんと理解してんのか!!??」
ウカノが怒鳴りつけた。
教室にいる時の印象と、まるで様子の違うウカノにさすがにアールが固まった。
初めて怖いと感じた。
その時だ、パッと、ウカノがアールの腕を離す。
アールの体をこちらに向かせ、胸ぐらを掴む。
ウカノは凄味をきかせて、さらに続けた。
「もう一度言うぞ?
人は死んだら、普通は生き返らない。
お前、あの時自分が何をやろうとしたのか、ちゃんと理解してるか??」
仕事で盗賊退治を、人を殺し続けてきたたウカノが、説教できることではなかった。
けれど、言わねばならないとおもったのだ。
これだけは、言わねばならないとそうおもったのだ。
「…………」
真正面から見たウカノの顔は、やっぱり小さな迷子の子供のようで、今にも泣きそうなものだった。
でも、同時に何故か母親の顔が重なった。
いつも、悲しそうにアールを叱っていた母親。
入院した時は、手紙すらなかった母親。
その顔が重なってしまった。
「おい、なにか言え!!
アール・ディギンス!!」
「うるせぇな、偉そうに、俺に、説教すんな!!」
アールは叫んで、魔法を発動しようとする。
それを、ウカノは手をヒラつかせて干渉し、阻止する。
その光景に、アールは絶句する。
「叱ってんだ、この馬鹿!!」
しかし、この一言にアールは元々の気性もあって言い返した。
「魔法陣に手を突っ込むような馬鹿に馬鹿って言われたくねー!!」
「人を殺す魔法撃つような考え無しな馬鹿は馬鹿で十分だ!!」
「馬鹿っていうほうが馬鹿なんだろ!!」
そこで、アールはまたウカノを殴ろうとする。
けれど、空いている方の手で防がれる。
そこで、頭突きを入れようとしたが、ウカノがそれを察してアールから飛び退いた。
「……アホらし」
アールは立ち上がると、制服についた汚れをはらう。
「もう一度きく、お前、自分がなにをしようとしたのか。
ちゃんと理解してるか?」
静かに、もう一度ウカノは聞いた。
アールは、ウカノを睨んだ。
そして、背を向けると立ち去る。
その際に、こう言った。
「知るか、馬鹿」
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