「推し」のいない世界~異世界にお嬢様騎士の守護者として強制召喚されてしまいました~

のーが

プロローグ1

 地面に描かれた巨大な魔方陣を前にして、セレスタは胸の高鳴りを抑えられずにいた。

 

「生まれてから16年! ついに“この瞬間”が来ましたわ!」

「セレスタ=レトデメテル、生涯に一度のみ許されし異界召喚の儀、これより執り行うが、心の準備はよろしいか?」

「幼き頃よりの夢! ああっ! ようやくわたくしにも守護者ガーディアンが与えられるのですね! この日をどれほど待ちわびたことか! ――愚問ですわ! むろん万全でしてよ!」


 石の壁で囲われた円柱状の部屋。床の中央に刻まれた大魔方陣が、微かに赤く発光している。

 魔方陣の両脇には、濃紺のローブを目深にかぶった女性がひとりずつ立っていた。

 

「再三の確認となるが、異界より導かれし者は御身にとって生涯の従者となろう。冥府に還る運命が訪れたとて、双方の繋がりが断たれることはない。ゆえに異界召喚は一度きり。どのような者が現れるか保証はできぬが、それでも御身は召喚を願い、騎士としての忠義に殉ずると望むか」

「くどいですわね。同じ質問を何度されても、答えは変わりませんわ」

「御身の覚悟、しかと受け取った。これより異界の門を開く」


 魔方陣の両端に立つ女性がそれぞれの両手を向かい合わせる。

 魔方陣を描く光が天井まで浮き上がり、中央から暗黒の霧が噴出した。

 霧は嵐のごとく吹き荒れて、セレスタの金色の巻き髪が風に身を任せて舞い踊る。

 引き起こされた怪異な現象に対してセレスタは動じず、それどころか口元に微笑を浮かべていた。

 セレスタは心底愉快そうな表情のまま大魔方陣の内側に足を踏み入れて、噴霧している地点に悠然と歩み寄っていく。

 

「この霧! この強烈な気配! この同調する気高き意志! 感じますわ! このわたくしに仕えるにふさわしい者の存在を! 当然ですわよね。なんといっても、このわたくしによって召喚されるんですもの! いよいよ、英雄譚の幕開けですわ!」


 セレスタの白い手が霧に触れると、手元から肘までが暗黒に飲み込まれた。

 眼前の闇を見つめるセレスタは、これから自分のもとに姿を現すであろう存在に妄想を馳せる。

 

「容姿端麗な異世界の騎士か! はたまた老獪で頭の切れる天才軍師か! いいえ、そもそも人でない可能性もありますわ。――そう、幾多の魔法を自在に使いこなすフェアリー! ――もしかすると、最強と称される伝説の生物・ドラゴンかもしれませんわ!」


 召喚される守護者は、主の魂に近しい存在が選ばれると古来より伝承されている。

 つまり、魂の質が高ければ高いほど、優秀な守護者の出現率も高くなるらしい。

 

「いずれにせよ、わたくしほどの高貴な魂であれば、このうちのいずれか、あるいはそれ以上の“何か”になるのは確実ですわね!」


 生涯をともにする守護者との邂逅を目前に控えても、セレスタはいささかの不安すら抱いていなかった。

 自身の魂が誰よりも高潔であると自負するセレスタは、自分のもとに最高峰の守護者が現れることを欠片も疑っていない。

 凛とした声を張って、セレスタは暗黒の渦中を捉えて高々と宣言した。

 

「異界より誘われしもの! この身に忠誠を誓うならば我が手を取り、我が前にその姿を顕現なさいっ!」


 霧の勢いが激しくなり、暗黒が天井に到達して四方に分散する。

 室内がただならぬ気配に満たされつつあったが、セレスタは驚いたそぶりをみせず、霧の深淵と隠れている手の指先にただただ意識を集中する。

 

 そして――16年間待ち続けた“その瞬間”が訪れた。

 

「――きましたわっ!」


 霧に包まれて視認できないが、差し出している手が誰かに握られたのを感じる。

 さらさらとやわらかな手触りだが、自分のものより大きく、おそらく同姓のそれとは違う。みずみずしい肌には張りがあり、老齢の軍師とも思えない。

 となれば、この手の持ち主は決まったようなものだ。

 

 ――異世界の騎士! それも、若くして英雄と呼ばれているであろう、わたくしにふさわしいお方っ! ああ、どうしましょう! こんなことなら、もっと身なりを入念に整えておくべきでしたわ! ああ、どうしましょう!

 

 敢然とした態度を崩して急にあたふたとするセレスタ。

 そんなセレスタの様子を見て、ローブの立会人たちは驚愕していた。

 彼女らが記憶している限り、厳格なる儀式の場でセレスタのような奇怪な反応を見せたものは過去に一人としていない。

 彼女たちの脳裏に、あるひとつの可能性が浮かぶ。


 まさか、本当に望みどおりの守護者を召喚できたのか。


 それが真実ならば大事件だ。

 宣言どおりの守護者を召喚した者もまた、彼女たちは伝聞ですら耳にしたことがない。

 ローブの立会人のふたりが、セレスタに動揺を悟られぬようフードの陰に隠れて息を呑んだ。

 

 ――はっ! わたくしとしたことが、はしたない真似を。これではせっかく現れた騎士様も失望してしまわれますわ。

 

 唐突にセレスタが表情を整える。

 できうる限りの尊大な立ち姿をしてみせようとしていたが、口元には抑えられぬ微笑が残っていた。

 気を取り直して、瞳をカッと見開く。

 

「さぁ、勇猛なる異世界の騎士よっ! 暗黒の霧を払い、その高貴なる姿をわたくしの前にお見せなさい!」


 呼びかけに応じて、霧が徐々に弱まり薄くなっていく。

 濃度が低下したことによって、召喚された守護者の輪郭が浮き彫りになった。

 英雄の獲得を確信して、幼き頃より憧れてやまない一人の女性の姿を、セレスタは思い浮かべた。

 

 ――ああ、尊きルナフランソ様。これでまたひとつ、わたくしはあなた様に近づけます。この守護者とともに輝かしい戦果を挙げて、そして……そして、いつの日かあなた様のおそばに……。

 

 この日一番の高揚感をセレスタが迎えると同時に、霧もまた完全に消滅する。

 暗黒が晴れると、儀式によって召喚されたものの全貌が明らかとなった。

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