第12話 蔦
彼の凄惨な口調は茨道の棘のように言葉尻を捕らえていた。
「傷口だけは舐めてあげるから。だから、歪んだ身体にはさせないで」
何とか歩調を揃えるように言えた助言も口調から鑑みて、一切合切、自分の声じゃないように感じられた。
「君は僕と繋がりたいから長時間、わざわざバスに揺られて訪れたんだろう。準備はしてあるよ」
窮地に立たされた私は仕切りなしに頬が弛むように震えた。
怖い、と本能的に両手が動いたものの、助けて、と声が出ない。
「大丈夫、怖がらないで」
真君、やめてよ……、と呟けても彼の目論見は脱線した列車が急降下では止まらないように事態は好転しなかった。
こんな淫らな行為は私たちの年齢では、まだ許容範囲なわけじゃない。
「君と初めて会ったときからひっそりと抱いてみたいと思っていた」
その彼が罵るように壺口を動かした哀憐の言の葉で、私はこの身を置かされた状況がいかに引導されたものか、知った。
痛い、すごく痛い、と形振り構わず、私は抵抗しようと手は詩心を孕んだままだった。
ブラジャーの紐が片方の肩に食い込むようにざわざわと揺れ動く。
スカートの裾のほうから滑稽なくらい、この先の期待感を秘めた体温を感じる。
シャツの裾が若々しい蔦が入り乱れながら支柱に上るように絡まり、息切れが程なくむさ苦しい。
熱い血脈が流れている手のひらが私の胸に触れようと、シャツの水面下からでも伝わってくる。
彼から求められ、私は茫然自失になりながら自分がこの秘密を分かち合いたい、と冀っているのか、どうでも良くなってしまった。
怖い。
怖いんだ。
とにかくこの先の赤い展開に怖気づいてしまうんだ。
通常ならば、青い焔を消火できる筈の果てしない未来が怖いんだ。
「前からするとシャツの上から目立つくらい、綺麗に膨らんでいる。……うん。君は芋虫が蛹になって揚羽蝶へ脱皮するように女になっている」
どうして、そんな怖い台詞をあなたは朗読してしまうの?
私はまだ女じゃないのに、怖い、と思いながらもっと先の夜半の物語を望んでいる私がいた。
このなだらか筈だった胸も今でも一刻も早く成長しようと、丸みを描きながら膨らみ続けているし、身に着けなくなかったブラジャーも去年から三回もサイズが変わったのは、当の私だって認めていた。
身体は自分の指令とは無反応にいやでも女になってしまうんだね。
足の合間がぬるま湯のように湿る。秘境の湿地に咲く、淡江色の鷺草のように揺れる。
太腿がじりじりと熱くなり、野焼きによって燃え盛った荒れ地に生えていた薄の太い茎のように両足はゆっくりと微熱を帯びてきた。
「君と繋がれば歪んだ身体も透明になれると思った。こんな自堕落を聞いてもらえるだけでいいんだ。……僕は今年の晩春に交わったんだよ。顔も知らない男の人と。あまり覚えていなんだ。あのときは深い夢の中だったから」
私はその懺悔を聞いて意固地になってでもいいから絶対に信じたくなかった。
違う、と私はその二文字の断定を不貞腐れた魔法使いが厭々ながら、粗暴に唱える呪文のように繰り返し、唱えた。
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