呼び出し

 ボクは鴛淵肇。皇宮警察に勤め侍衛官を拝命し甘橿宮家の警衛を担当しています。そんなボクに赤坂護衛署長から呼び出しがあり、


「皇宮本部長のところに行ってくれ」


 なにか失態でもあったのかと思いましたが、


「こんな事は異例なのだが、呼び出し理由は不明なのだ。署長である私も一切聞かされていない。なにか心当たりはあるか」


 心当たりなんてありませんが本部長からの命令ですから、赤坂から皇居にある皇宮警察本部に赴きました。ここは戦前には枢密院が置かれた歴史ある立派な建物です。それにしても本部長室なんかに行くのは初めてですから嫌でも緊張します。ドアをノックして入り、


「赤坂護衛署の鴛淵警部補であります。お呼びにより参りました」


 部屋の中には皇宮本部長ともう一人女性がソファに座っていますが、えっと、えっと、


「綾乃妃殿下、御挨拶が遅れて申し訳ありません」


 ど、どうしてこんなところに綾乃妃殿下がおられるのだ。本部長は、


「鴛淵君だったね。よく来てくれた。立ったままでは話もしにくい。まずは腰掛けたまえ」


 そんなことを言われても座っておられるのは綾乃妃殿下だぞ、同席など出来るはずがないではありませんか。すると綾乃妃殿下は、


「鴛淵警部補、同席をお願いします」


 ここまで言われて座らないと逆に失礼に当たります。テーブルを囲んで着席すると紅茶まで振舞われます。この様子ならなんらかの失態への問責だけではなさそうですが、なにが起こるのかまったく見当が付きません。綾乃妃殿下は、


「鴛淵警部補の経歴を拝見させて頂きました。本部長の意見と合わせて非常に優秀なものと判断させて頂きます」


 すると綾乃妃殿下さっと立ち上がられ、


「ここでの話はすべて内密にお願いします。宜しいですね」


 ふと本部長の顔を見ると脂汗が滲んでいます。ボクだって他人の事を言えませんけどね。


「まず鴛淵警部補が甘橿宮家の警衛、とくに喬子女王の警衛に心を砕いて頂いたことに感謝しております」


 いや、それは職務と言おうとしたのですが、


「ですが侍衛官の範囲を超える事は許しません。わかりましたね」


 綾乃妃殿下は何をボクに。まさか喬子様との距離が近すぎる事への譴責とか。


「それは職務の範囲内であると理解しております。私が求めているのは皇宮護衛官が法を犯し罪を蒙る事です。これはたとえ真心から出たものであっても許しません」


 ど、どうしてそれを。


「ところで鴛淵警部補はなぜに皇宮警察を目指されたのですか」


 通り一遍の志望動機を話したのですが、


「ここは内密の場、本当の志望動機を聞かせなさい」


 鴛淵の苗字は長崎県に多いそうですが、同じ鴛淵の苗字を持つ者に鴛淵大尉がおられます。鴛淵大尉は大戦末期に海軍三四三航空隊に属し、押し寄せる米軍機を相手に獅子奮迅の活躍をされています。


 鴛淵大尉が戦ったのは日本のため、さらには陛下のためだったはずです。同じ名字だけの縁ですが、及ばずながらも皇宮警察護衛官として皇室の安寧に少しでも貢献したかったからです。


「鴛淵大尉・・・ああ剣部隊、維新組の飛行隊長ですね。鴛淵大尉の活躍には昭和陛下も嘉賞を授けられ戦死により少佐に昇進しています」


 さすがに良く知ってるな。でもそれが何か問題でも。


「鴛淵大尉は敗戦の色が濃くなっている中で命を懸けて日本を守りましたが、決して命を無駄にした訳ではありません。鴛淵警部補も鴛淵大尉に敬意をもたれるなら同様にされないとなりません」


 綾乃妃殿下はボクに何を言いたいのだろう。するとニコッと微笑まれ、


「男が守りたいものに命を懸ける姿は崇高なものです。ですが、守りたいものを悲しませるのは宜しくありません。鴛淵大尉の時代は命を投げ出さざるを得なくはなりましたが、今は違います。鴛淵警部補の軽挙は大いなる悲しみしかもたらしません」


 さっと厳しい顔になった綾乃妃殿下は、


「鴛淵警部補は愛する者を守るために命を懸けられますか」


 こ、これって、


「鴛淵警部補にお願いする事は、容易なものではございません。これは命をかける程の覚悟が必要になります。その覚悟があなたにあるかどうかを聞きたいのです」


 ある、あるに決まっている。それは初めてお会いした時に心に決めたものです。


「殿方にそこまで思われるのは幸せ者です。その覚悟しっかりと受け取ったとして宜しいですか」


 ですがボクだけが覚悟を決めても、


「鴛淵警部補の覚悟は間違いなく伝わり、しっかりと受け止められています。この問題はまさに皇室の危急存亡に関わるもの。鴛淵警部補の覚悟だけが皇室を救えます」


 思わぬ話の展開に茫然としそうですが、綾乃妃殿下は、


「本部長、このことしかとお聞きになられまたね。聞かれたからにはあなたも皇室の存亡に関わられた事になります。宜しいですね」


 ようやく腰を下ろされた綾乃妃殿下は呟くように、


「あの女狐どもめ。この私が掌で踊らされるとはな。だが考えようじゃ。他の適当な解決策は封じられてしまっておる。安易に利用しようと思ったのが愚かだったのかもしれん」


 冷めた紅茶を一口飲むと。


「もう一度言う、今回の件では半端な覚悟では務まらないと思え。言うまでもないが目的を達成した暁には、そちの望む者は誰にも恥じることなく堂々と手にすることが出来る。それが皇室からそなたに与えられる礼じゃ」


 それだけ言うと綾乃妃殿下は本部長室から出て行かれました。残されたボクと本部長でしたが、


「本部長、具体的にはこれからどうさせてもらえれば良いのでしょうか」

「そのことだが・・・」


 数日してボクは赤坂護衛署から本部に転属になり、宮内省からビッシリとレクチャーを受ける特別任務に就かされました。もう悲鳴を上げるしかないような任務内容でしたが、顔を出された綾乃妃殿下は、


「とにかく急いでくれ。この問題のキーストーンは女狐に握られておる。すべては女狐の胸先三寸で決められてしまう状態なのだ」


 綾乃妃殿下が言う女狐とは、


「そちも知っておろう女神どもだ。あやつらと来た日には問題の本質の順序など無視しておる。あのような者どもと関わると命がいくつあっても足りぬわ」

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