6・記憶のない時間

 悠は、ベッドでクッションを背もたれ代わりに座る蓮の上に乗り上げると彼の首に腕を絡めた。

 わき腹から背中へ向かう彼の両手が熱を持っている。

 愛の行為は映画のようには美しくはない。それでもムードを大事にしてくれる彼が大好きだった。

 灯りを落とした間接照明。

 衣擦れの音。

 静かに流れる音楽。


 身体の線をなぞるように蓮の手が上下した。

 悠はそんな彼に唇を寄せる。

 会社の様子では想像できないほど、彼の愛撫は丁寧。

 初めての日のことを何度も思い出してしまうのは、この身体に刻むようにゆっくりと植え付けられたから。

「蓮……」

 切ない声を漏らし、悠は何度も彼に口づけた。

 こんな姿を元彼女にも見せていたのかと思うと、いささか悔しい。自分は彼が初めてだったのに。


「蓮の初めて、欲しかったな……」

と耳元で囁くと、彼は顔を赤らめ悠を見つめた。

「俺の初めて?」

 ”そういう意味の?”というように尋ねる彼が可愛い。

「うん。そっちの初めて」

 蓮はちゅっと悠に口づけると、

「女性はそういうの、嫌がるんじゃないの?」

と問う。

「あれは、そういう人たちの言動が気持ち悪いのであって、人によるでしょう?」

と彼の髪を撫でた。

 蓮は回した腕にぎゅっうっと力を入れると、悠の胸に顔を埋める。


「なあに? 急に可愛いことして」

と悠。

 よしよしと後頭部を撫でれば、甘えたように胸にすりすりしている。

「おねむでも、寝かせてあげないよ?」

「そんなんじゃない」

 くぐもった声と熱い息。

 自分にだけ見せてくれる彼の全てが好きだ。


──甘えん坊の蓮も可愛いんだけれどね。

 本人眠たい時の自分、覚えてないのよねえ。


 蓮の髪を撫でながら、悠はふとおねむの彼のことを思い出す。

『悠たん。ぎゅってしよ』

 ベッドに座る悠の腰に腕を回したと思ったら、そのまま寝てしまうのだ。

 非常に困る。


 だが、眠い時は本音を聞かせてくれる時でもある。

 聞けば素直に答えてくれるのだ。

 そう、初デート前のあの時も。

『蓮っていつも社長のことパイパンって言うけど、好きなの?』

『んー? 社長が?』


──いや、待て。

 何故、社長の好悪なんか聞くのよ。

 そっちじゃないわよ!


『パイパンが』

『うん、好き』

 蓮の返事で悠の決意が固まったことは言うまでもない。


 そして初めてのあの日、

『えっと……』

と目を泳がせる彼に、

『蓮が好きって言ったから』

とカミングアウトすれば、

『は?! 俺、そんなこと言ったの⁈』

と卒倒しそうな勢いで彼はベッドに額を打ち付けた。

 ケガがなくて何より。


 それ以来、時々蓮は、

『俺、昨日なにか変なこと言ってなかった?』

と確認してくるが、

『大丈夫、いつも変なこと言ってるから』

と返すと、彼は両手で顔を覆うのだった。

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