第37話話 ほげほげどうー

「さぁ、今日はまたAランク魔獣を狩るぞぉぉ!!!」

「マユ姉、朝っぱらから元気だな」

「あと3匹で段位がもらえるんだって。そりゃ張り切るわよ」


 この学校では1級が最上級だが、1級を取ってから「Aランク以上の魔物」を10体以上退治すること。それが卒業要件となっている。


 達成した者は有段者扱いとなり、ようやく冒険者の入り口である初段と認定される。いわば魔獣狩りのプロである。


 段位を取れば、どの国に行っても入国料も入国審査も不要。国から年俸も支給され国民の敬意と尊敬を集める、そんな冒険者として認められるのだ。


 さらにA級以上の魔物退治をすることで、段位は上がって行く。この国での最高位は9段だが、それとは別に年間のタイトルというものが存在する。それぞれ多額の報酬と様々な利権が得られる。


 それは毎年更新される資格であり、怠けていたり力が落ちれば否応なしに剥奪される。だからタイトル保持者といえども(というよりだからこそ)必死になるのである。タイトルには例えばこんなものがある。


・名人(その年にA級以上の魔物を最も多く退治した者)

・ドラゴンキング(ドラゴン族を退治した数が最も多い者)

・王位(国王が特別に1名のみ指定できる)

・叡位(とあるケーキ会社の社長が1名のみ指定できる)


「待て待て待って待って。それ、どこかで聞いたことがある称号ばかりなんだけど」

「藤井君は8冠制覇できますかね?」

「知らないわよ!!」


 ちなみに、女性での段位持ちはいままでひとりもいない。マユ姉はその最初のひとりになると目されている。入学からたった11ヶ月で段位目前となったことで、本人はもちろんグリーンランド市を上げての期待の星なのである。


 ところでいまだに3級の俺はといえば。


「ぼけー」


 と日々を過ごしているのである。3級では魔物狩りに行くことはできない(危険なので運営側が許可しない)。しかし、食べるものには困らず、バイトで小銭は貯まり(現在約200万ドルが口座に入っている)、かったるい座学は終了しており(マスターしたとは言ってない)、日々のトレーニングと週1の魔物狩り練習(教師が捕まえた弱い魔物を狩る訓練)だけやっていれば良いのだ。


 そして仕事といえば、ちょちょっと結界魔法をかけてそれを眷属どもに運ばせるだけというぬるい作業である。それで1日が終わる。


 これぞ俺の望んだスローなライフというものであろう。あのお団子頭には感謝であるほげほげどうー。


「まったく。ほげほげじゃないモん」

「まさかほんとに『スローなライフにしてくれ』るとは思わなかったなわっはっは」

「またタイトルの宣伝をしているでござる」


「ほとんどなにもしないで、月収18万ドルはずるい」

「ふぁぁ!? ムックしゃん、あいつそんなに稼いでるのか?!」

「うちが払ってるんだから間違いないわよ、マユ姉」

「ほげほげどぅー」

「いつも以上にむかつくわね」


「私なんか一生懸命運んで建てて交渉して営業して、それでどうにか生計立てている状態なのに」

「お、オツでござる」

「コイチブロックで結構儲けたのでは?」

「マユ姉、そこは内緒で」

「ほげほげどぅー」

「もうあんたは黙ってなさい!」


「安穏な生活ができて幸せだ、というのを表現しているんだよ」

「でも1年で卒業できないと、奴隷職だけどな」

「ほげほ……ほがっ!?」


「ちょっと文字が変わったわね?」

「ちょちょちょ、ちょっと待て。そんなこと聞いてないぞ?!」

「授業で何度も聞いたはずでしょうが!」

「大事なことは俺が起きているときに言えよ定期」


 たった1年であれを卒業……って、そうだ73ヶ月あるんだった。じゃあ、まだまだ大丈夫か、ほげほげどぅーー。


「まだまだ先だと思っているうちに来ちゃうのが〆切りってやつだけどな」

「なんの話?」

「と、ともかくだ。お前といるとなんか調子が狂う。私はさっさと初段を取ってここから卒業するからな」

「元気でなー。ほげほげどぅーー」


 その月の魔獣狩りで、ちょっとした異変が起こった。


 参加者が足りないのである。校長(むさいドワーフの男)が言った。


「みなさん。今月の魔獣狩りイベントの件ですが、生徒の都合で4名もの欠席者が出ております」

「ってことは参加者は3名しかいないのか」

「家庭の事情が1名、病欠が2名、持病のシャクが1名か。欠席者がこれだけ重なるのは珍しい」

「ひとりどうでもいいのがいるような気もしますが、困ったことになりましたな校長。これでは最小興業人数を満たしません」


 この月1のイベントには、冒険者養成のためという名目で、チュウノウ国から補助金が出ている。それが学校の運営資金にもなり、教師たちの給与にもなっているのである。だが、生徒は最低でも5名と定められている。


「興業とか言わないように。これは訓練です。しかし、これがなくなったら今月の収入ががた落ちになるので、皆の給料は3割引きでぇぇぇぇぇ」

「興業やないかい」

「校長!! そ、そ、そ、それだけはそれだけはそれだけは校長それだけは」

「ぐぅわぁぁくるくるち……くてっ」


「こ、こら!! スギタ先生!! 校長先生を落としちゃいけまんせんって!!」


(スギタ先生:国語の先生である。知的美人で生徒にも教師仲間にも人気があるのだが ときどきやり過ぎて回りに被害を与えるのでスギタ先生と呼ばれている。本名・年齢は不明。オールドミスとか言ったやつはぶっ飛ばす)


「あら、またやってしまったわ」

「スギタ先生、やってしまったわ、ではありませんよ。重大事件になりかねません、呆れてないで介抱してください!」

「私の給料が減ることより大事なことなんてありませんわ」

「校長の命のほうが大事です!! しっかり!!」


「アサノ先生にお任せしますわ。私より介抱は上手ですよね」

「いつもそう言って他人任せにするんだからもう……あ、目が覚めましたか」

「あ? ああ、また私は気を失ってたのか。それで、興業はどうしましょう」


「興業と言うなと言ったのはあんたでしょうが」

「偽善なら最後まで貫きましょう」

「もう1級の生徒はいませんから、2級のカズ君を特別に参加させましょうか」

「ああ、魔法使いのカズか。それは良いと思う。彼はもうじき1級になるだろうし、魔法の腕はもう一流と言っていい」


「それでもあとひとり足りませんわね」

「しかし未熟な者を出して重症にでもなったら」

「興業……イベントが中止にされかねません」

「せめて自分で自分を守れるぐらいのことができる必要がありますね」

「そう、戦力にならなくてもいいから自分で自分を守れ……」


 ここで皆の脳裏に浮かんだひとりの生徒の名前があった。


 校長、スギタ、アサノ。3名は同時にその名前を思い出して顔を見合わせる。全員が暗澹たる気分になっていた。

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