第30話 わくわくでござる

「わくわく、わくわくでござる、わくわくでござ」

「わくわくは分かったから静かにしろ。戦闘が開始されたら出してやるから」


 俺のひのきのぼうを充分に試してからだけどな。


 そして闘技場に入ると、相手はもう準備万端で待っていた。剣を構えているところを見ると剣士のようである。


「ちょ、ちょっと待てコラ。なんであいつ真剣を持ってんだよ」

「コラとはなんですか、審判に向かって。失格にしますよ」

「あ、すいません。つい勢いで」


「コウイチ殿は属性も職業も分からないそうなので、とりあえずひのきのぼうに合わせて剣士をチョイスしました。どちらかが戦闘不能になるかまいったと言ったら負けです。ボックス!」


「ボクシングかよ。待てってば、こんなひのきのぼうなんか、あの剣でまっぷたつにされるんじゃないか」

「そりゃなるだろな」

「オツも分かってたのなら止めろよ」

「楽しそうだから良いのかなって」


「楽しそうで済めば警察はいらない」

「警察がお主の都合で動くと思うな」


「あの、もう試合始まってますけど?」

「わぁぁおぉお。おぉお、おう」


「はっはっは。遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも」

「ケツ!」

「見よ。我こそはヤマシタタクゾウ……最後まで言わせんか!!!」

「いや、なんかお前ウザい」


「ウザ……たかが10級の分際でこのやろう。ぶっ壊してやる!」

「どこかの政党党首かよ」

「そこで待って……ぼよんぼよんばふん、あれ? なんだこれ、ぼほん」


 どうやらこいつにもこの結界は有効のようである。しかし、これでは俺のひのきのぼうが試せないではないか。このアホタレ剣士めが。


「ものすごく不条理な罵倒をされた気がするのだが、それどころじゃない。ぼよんばよん。なんだこれ。押しても叩いても少し凹むだけで出られないぞ」

「まいった、と言ったら出してやるぞ」

「な、なにを偉そうに! ここにいれば、お主だって攻撃できないであろうが!!」


 確かにそうだ。これでは時間だけが過ぎて……ん? なんだ、ネコウサ。


「あれ、ボクらに任せるモン」

「ござるござる、ござるでござる」


 任せるとどうなるのか分からんが、任せるとしよう。それ。


 俺は2匹を野に放った。ものすごいスピードで相手……誰だっけ? にぶちかましたのはワンコロだった。


「どっかーーん」

「我の名前は音にもぎゃぁぁぁぁ」


 結界ごとふっとんだ。そして、ごろんごわんと転がった。あのサイズの立方体を転がすとはたいしたやつだ。


 俺の作る結界は一度止まると動かすことができない。それが空中であっても水中であっても、である。世にいうところの「指定座標保存の法則」である。


(そんな法則聞いたことがないモん)


 ただし、俺もしくは俺の眷属だけは例外で、アレを動かすことができるのだ。その場合、結界は与えられた衝撃に比例した分だけ移動する。これが結界慣性の法則である。


(その法則も多分でっちあげでござろう?)

(都合の良いように名前をつけただけと思うモん)

(ごちゃごちゃ抜かすとお前らもまた結界に閉じ込めるぞ)

((分かった分かった分かったモんでござる!))


 そしてふたたび音がする。


「ごぉぉぉん」

「天と地が入れ替わぎゃぁぁぁぁぁぁ」


 転がった結界が止まるか止まらないのうちに、今度はネコウサがぶちかましたのである。箱が転がると中に入っているものがどうなるか。まあ、その通りである。


「ま、ま、待って待って。上と下とが分からなぎゃぁぁぁ」

「どっかーーん」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「どっかーーん」


 うん、ワンコロのほうが速度が速い分だけ回数も多いな。


「ま、ま、待って待っててば。右も左も分からなぎゃぁぁぁ」

「どっかーーん」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」


 おっ、ネコウサの回数がちょっと増えたか。


「ま、まぁぁぁぁひぃぃぃぃぃ」

「どっかーーん」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」


 もはや悲鳴しか聞こえない。しかしまいったとはまだ言ってないようだからもうしばらく様子見をしよう。


「ま、まいっひぃぃぃぁぁぁぁぃぃぃぃぃ」

「どっかーーん」


 うん、いまのは惜しかったな。様子見。


「ま、まいっひぃぃぃぁぁぁぁぃぃぃぃぃ」

「ごぉぉぉん」


 進歩なしかよ。様子見。


「ま、まいまいまいまいまいぃぃぃぃ」


 真衣ちゃんとかいう恋人でもいるんか。けしからん、様子見。


「た、たす、たすけぎゃぁぁぁけぁぁぁぁ」


 助けて? かな。まいったじゃなければ様子見。なんかあいつ、顔中が血だらけになっているようだ、ちょっと気の毒になってきた。


「おい、お前、回転するときにしゃべろうとするから舌をかんで血が出てるぞ。気をつけろ!」

「そ、それどこ、それぎゃぁぁぁぁぁ」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」


 人の助言を聞かないやつだなぁ。まあいいや、様子見。


「ま、ま、待ってまいっひゃぁ。ま、真っ正面が斜め上で右の舌かんだぁぁぁぁぁ」

「どっかーーん」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「どっかーーん」


 だから口を閉じていろと言ってるだろうが。


「すとーーーーぷ!!」


 という神官の声に一瞬止まるネコウサとワンコロ。神官には試合を途中で止める権限ってあるのだろうか? 聞いてないからいいや、様子見。


「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」


「と、と、止まってください!! 試合終了です。もう彼は戦闘不能です!!」


 最初にそう言えよなぁ。おいお前ら、撤収だ。


「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「……………………」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「……………………」

「どっかーーん」

「ごぉぉぉん」

「……………………」


 俺が指示してから3回余分に突撃したあと、ようやく戻ってきた。


「はっはっはっ、楽しいでござる、楽しいでござる、楽しい」

「分かったから。俺が止めろと命令したら今度からは2回までにしとけな」

「いや、審判が止めたらすぐに止めてくださいよ!!」


「こっちに来て初めて楽しかったモん」

「そうかそうか。ここへ来てから満足な運動させてなかったからな、良い運動になったな」


 激しく首を縦にする眷属どもであった。


「良い運動のために、尊い犠牲があったことを忘れないであげてくださいよ。それと、コウイチ殿!」

「なんだ?」

「なんだ? じゃないでしょ。これでは治療も運搬もできません。結界を解いてください」


 あ、そうだった。血染めの結界(の中身)か。なんかキモチワルイが、俺が触るわけじゃないから別にいいか、カイっ!


「し、しょ、勝者、コウイチ!!」

「おーー」


 って、俺なにもしてないのだが、一応ひのきのぼうで勝ちどきを上げてみた。ちょっと格好いいな。


「ずるいとしか思えないモン」

「まあ、結界を張ってくれたでござるから」


 勝って終わりだと思い、戻ろうとしたら神官に引き留められた。


「あ、あの。コウイチ殿。もう1試合お願いしたいのですが」

「ふぁぁ!?」


 せっかく無傷で乗り切ったのに、どういうことだよ。


「いや、いまの試合ではコウイチ殿の能力が良く分かりませんでした。審判団がもう1試合見たいとのことで」

「なんだよ面倒くさいなぁ。試合は俺の圧勝で終わった。それでもういいじゃないか」


(あれだけ強い結界が作れるのだから、普通はもっと戦えることに喜びを感じて良さそうなものだが。この子はどうにも私たちの常識で計りきれないものがあるなあ)


「この試験は勝ち負けではなくて……、それと連戦であることは重々承知していますので、休憩時間は充分とっていただいて」

「すぐにやろう」

「かまいま……あれ、そうですか。では次はもう少しレベルの高い剣士に依頼しましたので、よろしくお願いします」


「面倒くさいことは早く終わらせたい主義なんだ。全然疲れてなんかいないし。って相手はまた剣士かよ。レベルって?」

「先ほどの子は9級でしたが、次は6級です。最初にマユミさんと対戦された子です」


「ほほぉ、マユ姉のリベンジマッチか。やってやろうじゃないか」

(やるのはボクらだと思うモん)

(もちろんでござる、わくわくでござる)

(まだやり足りないのかよ)


「そうですか、それではしばらくお待ちください」


 そう言って神官は慌ただしくどこかへ駆けて行った。


「さっきのは良い作戦だったな。これからもこの調子で行こう」

「それについて、ひとつ提案があるモん」


 このネコウサの提案を試すのは、また次回である。


(なんか引きがうまくなってるモん?)

(わくわくでござる、わくわく)

(今回のワンコロ、そればっかりだモん)

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