第5話 指名は進む

「第1回希望選択選手」


 会場に、高らかに声が響き渡る。パンチョさん、そんなとこでなにしてはりますのん。と、俺は大阪弁混じりにつぶやく。


「あの声が気に入られて転生会議のオーナーに特別スカウトされたらしいモん」

「おまえがパンチョさんを知ってることに驚きだよ」

「この会議は毎年あるからの。あの人はもう20年近くMCをやっておるぞよ」


 一芸に秀でた人は、死んでからも仕事に困らないという事案である。いや、そんなことはどうでもいい。問題は俺だ。


「ダイオウイカ座宮第7惑星 フジワラマユミ 剣士 アメノミナカヌシノミコト所属」


「なんか聞き覚えがあるようなないような。どういう意味だっけ?」

「最初のが転生者を欲している星または地域。次が転生対象者とその推定属性。最後が現在の所属じゃよ」

「アメノミナカヌシノミコトって言ったぞ?」

「そう、ワシが育てたのじゃ」


「どこかの監督みたいなこと言ってんじゃねぇよ」

「ドラフトだけにモん」

「ワシが見いだしたことは確かじゃ。お主と同郷ということになるな。ただ」

「ただ?」

「レベルがまるで違うモん」


「なんだよ、レベルって?」

「あの子は頑張り屋でな。家庭の事情で中卒で就職したのじゃが、働きながら夜間高校に通って資格を取り、大学まで独力で卒業した。結婚して3人の子を産んだのじゃが旦那と死に別れ、それでも子は立派に育て上げ最後は東証1部上場会社の」


「分かった分かった、俺よりすごい人だってのは分かった。しかし、それと1位指名とどう関係があるんだ?」

「それは当然じゃとも。どの世界だって優秀な人材が欲しいからの」


「そういえば『転生対象者のプロフィールなどを精査して』と指名するって言ってたな。あれはこのことか」

「その通り」

「チート能力は?」

「あの子は特別扱いはいらない、と言ったモん。エライ子だモん」


「肝の据わった子じゃ。だがワシは剣士の才能があると見て、属性に剣士を推奨しておいた。転生先で魔剣なり神剣なりが与えられることであろう。1位指名なら他にもいろいろとニート能力を付けてもらえるじゃろう」

「ニートじゃなくてチートな。能力って要求しなくてももらえることもあるんだ……」


「それに引き換え、お主ときたらあれもこれも欲張ってモん」

「いや、あれは希望を聞いてもらえると思ってだな」

「希望はそのまま書いて提出しておいたぞ」

「だぁぁぁ。そこは加減ってものが……あれ、じゃ、じゃあ、俺、の、プロフィールにはなんて書いてあるんだ?」


「それは本人に教えてはならんことになっておる。だが、その、な?」

「なんだ、な? って」

「アメノミナカヌシノミコト様は毎年、3人の対象者を推薦しているモん。だけど、今年は」

「そうなのじゃ、今年は、ちょっと、な」


 な、が多いぞ。いったいそれはどういう……と言いかけて止めた。地雷を踏みそうな気がしたからだ。ものすごい気になるが、なんとなく俺は知らないままでいたほうが良いような気がした。


 知らなければどうということもなかったのに、知ってしまったがために信用買いなんていう投機手法に手を出して俺は全てを失ったのだ。ここはじっと我慢して。


「あの子以外、ろくなのが見つからなかったのじゃよ」

「聞いてないんだから言うんじゃねぇよ! だいたい察しは付いてたよ!!」

「ラノベあるあるモん」

「聞くまいとした俺の努力を返しやがれ」


「そ、それで? 俺は何位ぐらいで指名されそうなんだ?」

「分からんケロッ」

「ケロッとか言うな。なんかあるだろ。この選手は守りのスペシャリストでそれだけでも5位指名は堅いとか、長打力なら並外れているから3位までには指名されそうとか」


「お主の体力はそこそこあったほうじゃの」

「あ、ああ。まあな。高校でバドミントンをやってたからな。あれは猛烈に体力のいるスポーツだ」

「でも大学では怠けてずるずるモん」

「うるさいっての」


「中学の成績からすると、良く受かったなと思えるような高校に入り」

「それは、まあ。そうだが」

「高校の成績からすると、良く受かったなと思えるような大学に入った」

「それも、まあ、そうだが」

「なんかコピペしてるモん?」


「会社も良く受かったなと思えるような成績」

「ああ、もう、それはもういいだろ!」

「平凡も平凡。学力も体力も平凡。普通なら誰にも見向きもされないスペックじゃ。じゃが、ワシが見込んだのはそこじゃよ」

「そこって、どこよ」


「おそらくお主には貴神が付いておる」

「鬼神? 強いのか、それ」

「鬼神ではない、貴神じゃ。お主に幸運をもたらす星じゃよ」

「それにして破産してこんなところにいるわけだが」

「こんなところとはなんじゃ。年に3人しか選ばれないうちのひとりじゃよ」


「それはそうなんだろうけど。待て、さっきあの人以外はろくなのがいないって」

「ワシの見る限り、その貴神はなんらかの理由で力が削がれておる」

「スルーしやがった? 力が削がれている貴神か。それは貴重なのか無駄なのかどっちだよ」


「力のない貴神なんか、むだ飯ぐらいモん」

「飯は食わないが、当たらずとも遠からずじゃな」

「そんなのがいるとは知らなかった。どこにいるんだ。俺は一度も見たことないぞ」


「星……というか運命のようなものじゃ。ワシらにだって目には見えぬ。ただ、彼らが付いているというだけでその者に福音を与える、そういう存在じゃ」


「うぅむ。良く分からんということが良く分かった。それならどうして俺は破産なんか」

「それはお主が悪いモん」

「ぐっ」


 おまえが悪いと言われると返す言葉がない。それは自分でも理解している。しかし腑に落ちないのは。


「そんな貴神に守られていて、なんで俺は1位指名じゃないんだ?」

「そっちかモん!」

「星がいつ発動するのか、それが分からんからの。まぐれでホームランが打ててもレギュラーにはなれんじゃろ」


「どうしてもたとえが野球になるんだな」

「お主の星は、普段はむだ飯ぐらいじゃがときに力を発揮することがある。いままでお主の人生で重要な岐路をにさしかかったときには、ちゃんと導いていたであろう。覚えはないか?」


 あ、そうだ、そう言われると思い当たる節がある。


 高校入試直前に、たまたま寄った古本屋で見つけた小さな問題集を買ったら、入学試験にまるっと同じ問題が出題されていたとか。大学入試の前にも、たまたま目に入った問題を復習してみたら、それがそのまま出題されたとかな。


「どんだけ幸運だけで生きていたモん!」

「就職の面接でも、都合の良い質問しかされなかったであろう?」

「そうだったろうか……そうかも知れない」

「ワシが見込んだのはそこじゃよ。だが」

「だが?」

「それをプロフィールにどう書けば良いのか難しかったのじゃ」


「入学試験に強いとか?」

「それは異世界で役に立つ技能かのう? ただの偶然と思われたら終わりじゃし」

「それもそうか。じゃあどう書いたんだ?」

「それは秘密じゃよ」


 うぅむ。いずれにしても俺の上位指名はなさそうだ、ということだけは理解した。


 いやいやいや。理解している場合じゃない。指名されなかったら俺は地獄行きなんだよな? 6位でも8位でもいいから誰か指名してくれぇぇぇぇぇ!!


「やっと自分の立場が分かってきたモん」


 記者会見場とかそんな立派なものは俺には与えられていない。売れない芸人の控え室レベルのこぢんまりした部屋に長机が置かれ、今にも壊れそうなパイプイス。それだけでも俺の置かれた立場が分かろうかというものだ。


 マスコミの取材陣もいなけりゃカメラもない。隣に座るアメノミナカヌシノミコトと俺の肩に乗っかるネコウサ。

 ところで、なんでこいつらはここにいるんだろう? フジワラマユミって人を除いても少なくとも俺の他にもうひとりいるんだよな。そっちはほったらかしでいいのか。どうでもいいか、そんなこと。


 会場の様子は壁にはめ込まれたモニターで見ることができる。


「1位指名が終わったモん」

「かなりダブっているようだな」

「フジワラマユミ。さすがワシが見込んだ女性じゃ」


「ああ、さっきの立派な人か」

「そうじゃ。7球団競合とはたいしたものじゃ」

「野茂じゃないんだからもう」

「野茂は8球団だモん」

「良く覚えてんな、お前」


 1巡目は指名がダブっていたためくじ引きで抽選になっていた。そこまでドラフトと同じにせんでも良いだろうに。


「この方式を決めたのはあのMCじゃよ」


 なるほどね。


 くじ引きが終わり悲喜こもごものドラマが多分あり(知らんけど)、指名は2巡目に入った。


 次は俺か、次は俺か。次こそ俺か。意識せずに握りしめた手に汗が溜まる。上位指名はないとは思うが、まさかの指名だってないわけじゃない。知らんけど。


「おい、まだ俺の名前、呼ばれてないよな?」

「各国が欲しい人材の順番に指名するのじゃから」

「お主なんかきっと最後のほうに……あるかどうかモん」

「おまえ、さっきからきっついな! 無事に転生できたら思い切りこき使ってやるからな」


「ところで2巡目からの指名はどういう順番になるんだ?」

「最初だけはくじじゃが、2巡目から魔力の少ない小さな国から指名権が与えられるのじゃ」


 ウエーバー方式か。ここでもドラフト精神が生きているようだな。って魔力?


「転生させるには膨大な魔力が必要じゃ。それがふんだんにある国とそうでない国をなるべく平等に扱おうというシステムじゃな」

「ということは、魔力のない国の指名は」

「当然、少なくなる。年によっては3人ぐらいでやめてしまった国もあったな」


「たった3人か!? それ3巡目で終わるってことだよな。もし指名されなかったら、俺はどうなるんだっけ?」

「その場合は地獄行きだと何度も言ってるモん」

「じゃな」


「じゃな、じゃねぇよ。じゃな、じゃ。そんなもん、俺が困るだろうが」

「ボクは別に困らなぁぁぁぁぁ」

「そのときはおまえも一緒だからな」

「ぐぇぇ。いや、ボクは神獣。地獄は受け容れてくれないぐるちぃぃぃ」


「まじでか?」

「その通りじゃ。ネコウサが眷属になるのは、お主がめでたく指名を受けた後の話じゃよ」


 ということは、なにがなんでも俺は指名されないと地獄……。それにはアレは引っ込めるべきか? もう条件云々言ってる場合じゃない。ともかくドラフトにかからないことには……。しかし、どうやって? いまさらあの要求事項はなしにします、なんてことできるのだろうか?


「もう3巡目に突入したが、まだ呼ばれない」

「ふむ、やはりの」

「例年だと、何位ぐらいまで指名があるんだ?」

「大きな世界なら8人ぐらい指名することもあるモん」


 そうか。まだ3巡目。慌てる時間じゃないか。


「そうこうしている間に6巡目まで終わってしまったわけじゃが」

「わぁぁわぁぁわぁぁ。どうすんだどうすんだ、俺はどうすりゃいいんだ。な、なあ。地獄行きとかブラフだよな? 脅しただけだよな。ほんとは普通にまた日本に転生できたりするんだろ?」


「「それはない!」」

「ぐわぁぁぁぁぁぁ」


 そして、最後の球団が7位指名したところでドラフト会議は終わった。途中で指名を止めたところもあり、計70名が指名されたことになる。


「ウソだろ?!」

「終わったモん」

「今年は全体に指名が少なかったようじゃの」

「全体はどうでもいいが、俺の指名なしかよ!」

「自業自得だモん」


 ウソだと言ってくれぇぇぇぇぇわぁぁぁぁぎゃぁぁぁずぎゃぁぁぁ。


「やかましいわ!」

「うっせぇモん」

「あなたが思うより健康です、じゃねぇよ! どうしてくれるんだ、この始末」


「まあ、お主も頑張った」

「いや、頑張ってはいないが」

「こういうこともあるモん。再起を期せモん」

「そんな受験に落ちた人への電報の文面みたいなこと言うな」


 しかし、終わったのだ。俺の酒池肉林の桃源郷で美女に囲まれてうはうはな異世界人生は……。


「スペックの割にどんだけ欲深いんだモん」

「さあ、片づけて帰ろうかの」

「だぁぁぁぁ。おまえら、他人ごとだと思いやがってぇぇ」


「そりゃ、他人ごとモん」

「その通り。こんなこと良くあること……ん?」


 アメノミナカヌシノミコトがつぶやいた「ん?」が、この後、俺に奇跡を呼ぶことになる。

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