33.はじめてのハンバーガー店

「……食べないの」

「い、いえ」


 き、気まずい。

 リアナさんが目の前の席に座って俺をじっと見てる。

 テーブルに置かれた互いのハンバーガーは一口も食べられないまま、均衡は続く。

 ……なんでこんな展開になったんだっけ。



 ◇ ◇ ◇



「それじゃあ、翔太くん。どこに食べに行きたい?」

「え!? 選んでもいいんですか!?」

「もちろん、前回のレストランでもいいし」

「うーん……」


 顎に手を当てて俺は考える。

 飲食店でのドイツ語での接し方はリハビリの時にクリフさんに教えてもらった。

 もう一度レストランでもいいのかなーって思うけど、それじゃちょっと俺としては申し訳ない気がする。金を稼いでからお返しなんて気が遠くなる話だから素直にクリフさんの優しさに甘えるべき、とも思うけど……どうすればいいかな。


「うーん……どうしよう」


 でも、お腹空いてるしがっつりした物食べたい気もする……そうだ!! 俺はパッと顔を上げ、クリフさんに宣言する。


「クリフさん、ハンバーガー屋に行きたいです!」

「そっか、わかったよ。それじゃ――――」

「何をしているの、クリフ」


 ドキ、っと思わず心臓が鳴る。

 横からクリフさんと俺に近づく彼女に自然と視線が向く。

 

「ああ、シルバー。どうかしたのかい?」

「私は救護員クーラーティオに傷を見てもらいに来ただけよ」

「ああ、昨日のモネーレは討伐できたと連絡が入っていたね……応急処置は?」

「抜かりはないわ」

「ならいい、邪魔をさせたね……ん?」


 クリフさんは手首の時計のような物を確認すると、ああ、っと呟いた。


「そうだ、シルバー頼みがあるんだけどいいかな」

「新人の指導をするのは先輩じゃなく、主任である貴方がするべき行為でしょう? 私たちは基本的に一般社員という扱いなのだから」

「それは表の方ではだろう? 司令塔の指示を従ってはもらえないのかな」

「……断らせる気がないでしょう、それは」

「はは、そうとも言うね」


 クリフさんが笑うと、リアナさんは溜息を漏らした。

 ……クリフさんの今の笑い方、どこからどう見ても困ったように笑ってるようにしか見えないのに会話がどう聞いてもあくどいこと考えてるヴィランが部下に従わせてる、って感じのように思えた。

 クリフさんとシルバーさんのやりとりがよくわからない。

 主任って、秘密組織にそんなオフィスラブ系作品であるような役職なんてあるのか?


「翔太くん、シルバーと一緒にハンバーガー屋さんに行っておいでよ」

「え!?」


 シルバーさんと一緒に食事!?

 そ、それは……俺、どうすればいいんだ!?


「私が翔太くんにドイツのことを少し教えると今日も約束してたんだけど、今仕事が入ったからね。頼むよ、シルバー」

「そう……わかったわ。行きましょう青年」

「え!? は、はい!!」



 ◇ ◇ ◇



「…………」

 


 ……ああ、そういう流れだったよな。うん。

 静かなサウンドが響く店内は余計に俺とシルバーさんの会話を際立たせているように感じた。ハンバーガー店なんて一度も来たことがなかったから緊張してしまう。

 部活してた時なんて、絶対カロリーがオーバーするに決まってるからって食べていなかったし、ニートになってからも食べた覚えはない。

 俺が大型モネーレの時の俺を殺した責任を取る、とか言ったのに対しての奢りみたいだけど……やっぱりちょっと後悔している自分がいる。

 おしゃれな音楽が響く店内は余計に俺とシルバーさんのやりとりを際立たせているように感じた。ハンバーガー店にいる湧界者や一般人の視線も刺さってくるのを感じながら無言になってしまう。


「………………っ」


 なんだろう、この無言の時間が辛い。

 いや、初恋だからとかそれもゼロじゃないのは確かだけど、こういう場に入ったこと自体初めてだし。というか、友達なんていなかったからなおさらどういう話を切り出せばいいのか、話題のチョイスが定まらない。

 だって、ニートになってからは父さん以外ほとんど会話してないし、女性に対してのやり取りなんてそんな熟してきたことなんてあるわけもない。

 青鳥ビルの中の施設ではなく、彼女が勧めてくれた店に入るのは嬉しいことだけど、色々と相手の様子を窺ってしまう俺の悪い癖が出ていた。

 彼女の顔を伺いながら、いつ食べるか見計らう。

 リアナさんはハンバーガーに手を伸ばさない、頼んだドリンクにもだ。


「…………貴方、いつもそうしていたのね」

「え? えっと」


 シルバーさんは俺の心の本音をまた引きずり出そうとするように呟いた。


「自分を変えたいのなら小さなことから始めることも大切よ」

「……やっぱり、そうですよね。俺、馬鹿だから」

「自分を卑下しないで。無理に全部を変える必要はないわ、今はプライベートなのだから貴方なりの普段通りでいればいいだけよ」


 俺は俯いて膝の上で拳を握った。

 彼女の言葉は、やっぱり温かい。

 翔太は顔を上げて、リアナの顔を見つめると彼女は溜息をついた。


「……顔色をうかがうことは時に必要になるけれど、恩人にされるのは些か困るものね」

「あ、…………す、すみません」

「謝ってほしいという意味で言ったつもりはないわ」

「す、すみません! シルバーさん!! その…………!!」

「プライベートでは本名だとありがたいのだけど」

「あ、えっと……すみません、リアナ、さん」


 俺は息を詰まらせながら、なんとか口にしようと試みるがうまく言葉が見つからない……な、なんて言えばいいんだろう。

 本当に女の人と話したこと、そんな学生時代の時にも多いわけじゃないし。

 あったとしてもほとんど部活関連とか、相手のラブレター渡しに行くとか、その程度で……!! 異性の相手と一緒に食事したのが今日が初めて、なんて口に出していいものなのかもわからないし……っ、ああ、どうしよう。

 ああ、頭が真っ白になって来た。

 俺、どうすれば……っ。


「…………口を開けて、青年」

「え? 何です、――――――ムグッ」


 俺は顔を上げると、リアナさんは唐突に俺の口に何か突っ込んできた。

 これは……フライドポテトだ。

 塩分もちょうどいいし、口の中に突っ込まれたせいか余計お腹が空いてくる。

 

「食べたわね?」

「ふぇ? ……ん、っん。はい? た、食べました、けど」


 俺は慌てて口に突っ込まれたポテトを食べ終えてから返事を返す。

 リアナさんの声色が、さっきまでのよりからかいが混じっている気がした。けど、表情は相変わらず微動だに口角が動かない。

 リアナさんが他の人から鉄仮面と評されると言われるだけはある気がする。


「こういう時、誰かが先に食べたら食べやすい、というパターンがあるの。覚えておきなさい」

「……それって、リアナさんが食べづらかったってだけなんじゃ」

「なんのこと?」

「す、すみません」


 ジトっと自分を見るリアナさんに、俺は慌てて謝る。

 ふぅと彼女は息を吐くと、落ち着いた口調で言った。


「それと、今、この状況で謝罪を何度もする必要性は感じないわ」

「い、いや……その、………………だから、と言いますか」

「何?」


 やっぱり、ここは正直に言おう。

 だって、リアナさんがこうやって俺に気を使ってくれたんだから、お礼……には、ならないかもしれないけど、彼女の誠実さには俺も誠実に対応するべきだ。

 頭の後ろにやりながら、俺は勇気を出して口にした。


「……い、異性の相手と、食事するのは、その……今まで一度もなくて、初めてで。ハンバーガー屋に食べに来たことも一度もなくて」


 ――あああああああああああ!! 俺の馬鹿!! 結局言っちゃったよ!!

 

 顔に熱が込み上がてくるのを感じて、顔を俯く。

 リアナは面食らった顔を一度浮かべ、右手を口元に当てる。 


「…………つまり、女性と一緒に食事した最初の相手が私ということ?」

「うわぁあああああ! す、すみませんリアナさん!! こ、こういうの気持ち悪いですよね!! 本当にすみません!!」

「……声が大きいわ」

「す、すみません!」


 俺は慌てて拒否したくないのに拒否してしまう形になってしまう言葉を彼女に向かって立ち上がって叫んだ。すると、周囲からの視線が一気に襲ってくるの感じて、気まずさがより増した。


「と、とにかく!! 食べちゃいましょうリアナさん!!」

「そうね」


 そう言って俺は思いっきりチーズハンバーガーを一口噛り付く。

 うん、チーズの濃厚な味わいとお肉の相性が絶妙にいい……初めて食べたハンバーガーってこういう味なんだと噛み占めた。

 ……あれ、でもなんだろう。

 俺が今まで食べてきた物の中でも、おいしいって実感する。学生の頃とか、小さい時に作った自分の料理を食べてもこんなに美味しいって感じなかったのに。

 もぐもぐとハンバーガーを口に含みながら、俺はリアナさんの方を見た。

 俺が食べ始めたのを確認すると彼女もハンバーガーを口にした。

 ……ん? あれ。

 なんだかんだで結果的にこうなったわけだけど……もしかしてリアナさん、俺の緊張を解すためにわざと? ……もし、そうだったなら。

 俺は聞こえたらいいなと、小声で呟く。


「……リアナさん、ありがとうございます」

「はやく食べないと冷えてしまっても知らないわよ」

「はいっ」


 リアナさんはそう言うと、片手でもう一口ハンバーガーを食べる。

 …………カッコいいなぁ。優しいなぁ。

 リアナさんの言葉って、冷たくも聞こえるはずなのに温かいって思える。

 学生の頃に、彼女みたいな人がいたら絶対違った人生を送れていたんだろうな。

 でも、それじゃ俺はリアナさんに出会えなかったわけだから、それも嫌だけど。

 もし俺が女子で、リアナさんが男なら絶対惚れちゃいそうだ。

 俺とリアナさんはゆったりとした時間をハンバーガー店で過ごした。

 カランとガラス張りの扉を開けて、ハンバーガー店を出た。


「あの……リアナさん」

「何?」

「ありがとうございました。ハンバーガー、美味しかったです」

「恩人のお礼がこんな物で足りるなら安いものよ」

「あはは、そう言ってもらえると気持ちが軽いです」


 頭の後ろを掻きながら、気が抜けて破顔する。


「確か、今日の午後から歓迎会でしたよね?」

「ええ、そうよ」

「……うまく、できるでしょうか」

「歓迎会なのだから、変に気張らなくても問題はないと思うわ」

「でも……」


 俺以外の新人も集まるはずだろうから、どうしても緊張をしてしまうのが実情で。

 リアナさんは俺の頬に軽く手で触れる。


「青年は、貴方なりの普段通りでいればいいわ。変に着飾ろうとすればするほど、ぼろがでるというものよ」

「……わ、わかりました」

「それじゃ、青鳥ビルに戻りましょう」

「……はい」


 嫌味のない空気に浸りながら、青空が照らす可能性に満ちた今日という日に俺たちは前を見据えて歩いていく。ハンバーガー店に来ていた一つ目頭の湧界者と赤いパーカーを着た大男の男性が、にやにやとした視線を感じつつ気にしないふりをして翔太とリアナはハンバーガー店から出る。

 翔太とリアナは青鳥ビルへと向かい、歓迎会に向かうための準備に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る