ゼン・ジン・ソッ・コー! 卓球ダブルス青春殺伐高校男児裏腹業腹仮面舞踏会

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

第1話 世界で一番大嫌い

 ずっと、言いたくてたまらなかった。

 いつか、本当に言ってしまうのではないだろうか。


――本当は、キミのことが、世界で一番大嫌いだった。


 言ってしまったら、どうなるのだろう。

 周りの期待は、これまでの関係は、どうなってしまうのだろう。

 核融合炉かくゆうごうろのような高熱をくすぶらせたまま、二人はまた、並び立って戦いに挑む。


 卓球ダブルスの魔境へと。




   ◆




 青空に反響させるかのような大声量で、日下部くさかべゼンは激励した。


「さぁさぁ諸君! 見よこの青空! 実にすがすがしい卓球日和のいい天気じゃあないか!

 これぞまさに天よりの采配! 僕たち星賀せいが高校卓球部に気持ちよく試合をさせようと、空が後押ししてくれているのだなぁ!」


「天気は対戦相手もおんなじ条件じゃあ……あと卓球は屋内競技だし……」


 ゼンはにぃっこりと隣に顔を向けた。いつも笑顔を崩さない、快活で人当たりのいい顔を。

 その顔を向けた先、ゼンの隣にいる人間。今しがた指摘してきた男は、月見里やまなしジン

 ぞろりと長い前髪で、目が半分隠れている。

 ジンは目の前の市営スポーツセンター、それが背負う快晴の空をわずらわしそうに見上げて、そのまま視線をゼンに向けた。


「俺はちょっと曇ってるくらいの方が、暑くなくていい……

 というかさ、ゼン、そういう激励はさ、俺たち一年の役目じゃなくて、先輩にやっていただいた方が……」


「なぁにを言うんだジン! 先輩も言う、僕たちも言う、みんなで言ってみんなで激励すれば、心強さは百人力だろう!

 それに僕らは一年ながらダブルス代表! 高校の看板を背負って戦うのだから、語って悪いことはなかろう!」


 はぁっはっはと高笑いして、ゼンはばんばんとジンの背中を叩いた。

 部活の先輩が微笑ましげな目を向けた。


「おまえら本当に仲いいよな。中学からダブルス組んでたんだっけ」


「ええそれはもう! 僕とジンとは歴戦の戦友! クラスカーストもろもろを乗り越えた深い絆の持ち主!

 こんなにもキャラクターの違う人間が熱い友情を築けるという証明として、みんなの手本としてやっていく所存であります!」


 ジンと肩を組んで、ゼンは笑う。

 周りの人間は気づかない。肩に回したゼンの手が、だらりと下ろされたジンのこぶしが、ぴきぴきと力を込められて震えていることに。


 そんな彼らが、スポーツセンターに入ろうとしたとき。

 彼らの耳に、声が届いた。


「くすくす。ねぇ兄者あにじゃゼンジンのペアがいるよ」


「くすくす。ああ弟者おとうとじゃ。中学のころから注目のダブルスペアだった。戦えるだろうかな、悲鳴を上げさせられるかな」


 ゼンジンは、声の方を向いた。


 男がいる。二人。他校の制服。

 異様な雰囲気であった。

 双子なのだろう。瓜二つの顔をしている。

 二人とも、髪の毛や眉を完全に剃り落としている。

 そしてそろって上半身をコンクリートの地面につけ、足を反って持ち上げる、いわゆるシャチホコのポーズをしている。

 体の向きはあさっての方向で、顔だけが仮面のように微笑してゼンジンの方を向いている。

 そして上半身は、よく見ればコンクリートに直接接地してはいない。ピンポン玉。それをいくつか体の下に敷き詰めている。

 たくみな体重移動で、ピンポン玉は潰れない。


 ゼンは快活な笑顔をたたえたまま、ふむと首をかしげた。


「おかしいな? ジン、僕は今日の予定を、卓球の大会だと記憶していたんだが。

 もしやびっくり人間コンテストの日程と、間違えていたか?」


「卓球選手だよ彼ら……」


 ジンは陰鬱な目を奇妙な二人に向けて、ぽつぽつと語った。


雷柳らいりゅう高校二年、半田兄弟。

 双子のダブルス代表で、体の柔らかさを活かした異次元の卓球技術を魅せるトリッキー選手。

 その幻惑的な技術と瓜二つの人間を同時に相手するというビジュアルプレッシャーにより、対戦相手の精神を摩耗させ、幾度となく狂乱におちいらせたという魔性の選手……」


 それからジンは、ゼンの方に目を向けて。


「ていうか、予定を覚え間違えたりとかしないでしょ優等生が……しらじらしい……」


 ぴきり。

 ゼンジンの間に流れた敵意を、周囲の人間は知らない。


 二人の正面で、半田兄弟はくすくすと笑った。


「きみたちと戦うの、楽しみだよ。ぼくたちを相手して、どんなふうに踊ってくれるか」


「狂乱するのかな? それとも恐怖するのかな?

 間近で楽しみたくてうずうずしているよ」


 半田兄弟はシャチホコの姿勢のまま、地面に敷いたピンポン玉を転がして、スポーツセンターの中へと吸い込まれていった。

 最後まで顔は、ゼンジンの方を向いたままだった。


 ゼンは笑顔のまま、ふふんと鼻を鳴らした。


「なかなか個性的な手合いだったが、まあ関係なかろう。僕らのやることは同じだ」


「そうだね……どんな相手でも、俺たちのやることは、変わらない……」


 先輩がにっかと笑って二人の肩を叩いた。


「おーう、その意気だぜ! 誰が相手でも目指すは優勝だ!」


「もちろんですとも先輩! 見ててください僕らのダブルス! 必ずやこのゼンジンペアが優勝してみせますとも!」


 ゼンは快活に笑い、ジンはずっと陰鬱なまま、スポーツセンターへと向かった。

 その正反対な表情の裏に、どちらも殺気のような闘志をたたえて。


――相手が誰でも関係ない。

  だって力を一番見せつけたい相手は、隣のこの男なんだから。


 ぱきり。

 誰かの荷物のピンポン玉が、ひとりでにひび割れた。

 殺気であった。

 その場に満ちた殺気がピンポン玉を割った。

 それだけの話だ。

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