今様浦島太郎(現代社会・掌編)

 浦島太郎はフェミニストに絡まれていたオタを助けた縁で「沼」に誘われる。竜宮城所属のVチューバー、海月みづきオトヒメちゃんを勧められたのだ。

 それ以来、毎日三時間でも十二時間でも配信に欠かさず参加するようになり、彼は今日もエナドリを片手に配信に臨む。気付けばモデレーターとなり、他のリスナーからも一目置かれる立場になっていた。

 しかし、この日の配信は彼の夢を打ち砕くものであった。

「今日は小さな報せと大きな報せがあるの」

 沈痛な声色でオトヒメが話を切り出した。

 ――どちらもいらない。

 浦島は咄嗟にブラウザを閉じた。Vの活動期間は長くない。徐々に減る配信頻度、比例して増える鬱ツイート、見え隠れする「弟」と称される男の影……そろそろ潮時とわかっていた。

 オトヒメからのを浦島は拒絶した。


 然れど、現実は否応なくやってくる。オトヒメが発信した玉手箱の内容は瞬く間に拡散されて「沼」は干上がった。浦島の胸に満たされていた空虚な自己肯定感はすでに煙の如く立ち消えていた。

 時の流れに取り残された子ども部屋、わずかな貯金はアクリルとポリエステルに変わり、両親は老い、友は家庭を築いていた。年甲斐を忘れていつまでも推し活に勤しめる程、愚直にもなれなかった。

「俺は何をしていたんだろう?」

 ――これからどこへ行けば良いのだろう……?

 彼の言葉に応えるのは寄せては返す波の音のみであった。


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