国王も魔王も大きく括ればどちらも国を守りたいだけの平和主義

 今月は師も走り出すほど慌ただしい。

 城内も例に漏れることなく、差し迫っている新しい年の準備に追われている。

 国王は先日の騒動を重く受け止め、責任を感じ、大臣たちの在り方についてきちんと定めた。

 そして、少しずつ次代に引き継ぐ準備として、大臣たちを新しく決め直す決定権を次期国王に託した。

 形ばかりの大臣たちは文句を言っていたようだが、国王の決定には逆らえず、次期国王に尻尾ふる毎日だと聞く。

 次期国王にはゴマすりもヨイショも通用しないのだが、大臣たちは必死なようだ。

 次期国王はため息を吐きながら、呆れたようにエスとエム、そして新たにできた友人ラストに愚痴をこぼした。


「本当に困ったものだね……。それにしても、エスとエムがこんなにも仲良くなるなんて……やっぱり交換日記って偉大でしょう?」


 次期国王がにこりと微笑った。

 そんな彼に、エムは絶世の笑みを返す。

 次期国王はエムのその笑みにどこか不穏な色を感じ、思わず後退る。

 その光景に抑揚のないラストの声が華を添える。


「エム、国内闘技の時と同じ、陰湿な顔してる」


 たとえ後退ろうとも、陰湿なエムが王子を逃すわけもなく、絶世の微笑みのまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「本当に。私たちに交換日記を授けてくれた貴方の手腕、お見逸れいたしました、王子。あぁ、そういえば、王子はラストと友人になったそうですね。次期国王と次期魔王の友情、それは確固たるものにしなければなりませんよね。だから、はい、どうぞ」


 恭しく礼をしたエムは王子に向かって、一冊のノートを差し出す。


「交換日記ならどんな人とでも仲良くなれる。秘密の魔法だそうです。効果は実証済みですよ、王子」


 そう来たか……と王子は苦笑いを浮かべつつも、素直にそれを受け取ってから肩を竦めてみせた。

 エムは満足そうにその姿を見てから、王子に会釈をして、エスの手を取りその場を後にする。


「では、私たちはカウントダウンに賑わう街を見回りに行きますので、ぜひ完成させてくださいね。二人のメモリアルダイアリーを……」


 苦笑いを浮かべる次期国王と小首を傾げる次期魔王に、その言葉だけを残して。



 賑わう街の中、周りは華やかに彩られ、皆、もうすぐ来たる新しい年の訪れに心を躍らせている。

 今日は、カウントダウンの日。

 夜の0時過ぎても街中は静まることはない、むしろそこからが本番。

 やってきた新しい年の始まりを祝い、街中は一層の盛り上がりを見せる。

 見回りという名目で外に出てきたエムの手を離すことなく、エスがあちらこちらに引っ張り回す。

 我慢の限界に達したエムがたまらず、エスの頭に氷の礫を落とす。

 いつもの光景に、国民たちは明るい声で笑う。

 エムは困ったように眉を顰めたが、エスはヘラヘラと手を振ってみせた。

 そのことがまた、エムの怒りに触れて、エスは彼に少々乱暴に手を引かれて、その場を立ち去った。

 今日は稼ぎ時だと、買い出しに来ていた食堂の店員がその光景を見て、穏やかな声で呟く。


「エムさんがいてくれるから、エスは平穏で……エスが平穏だから、この国は平和でいられる……。そのことをもう少し、エムさんが自覚してくれるといいんだけどな」


 少し離れた場所で躾けようとしたエムだったが、まるで尻尾をブンブンと振る犬のように楽しげなエスを見て、叱る気も失くし、脱力する。

 そんなエムに忍び寄る人影。


「お兄さーん、めっちゃキレイな顔してんね!俺たちと遊ばねぇ?」


 後ろから手を掴まれたエムは眉を顰め、エスはその手を切り落とそうと剣に手をかける。


「待て!エス、今日は祝いの日だからな。水を差すような物騒なことはするなよ?」


 その声に、エスは顔をしかめたが、素直に頷いてから、男の手をエムからパンッと雑に振り払う。

 男は、一瞬だけ怒りに顔を歪ませたが、すぐにエムの言葉が蘇り、顔を青ざめさせる。

 まるで酔いが一気に醒めたように。


「エス……って今、お兄さん言った?ってことは、お兄さんはぁ、もしかして……」


「エムだが?」


「ひっ!あの化け物じみた強さと、恐ろしいまでの容赦のない攻撃、めちゃくちゃ陰湿で有名な……」


「ほう?そんな噂がこの街では有名なのか?ずいぶん面白い戯言だな……」


 エムが男の言葉に、眉間のシワを深くさせ、額には血管がピシリッと浮かぶ。

 男は、諸手を挙げて、一目散に逃げていき、その背中をエムは呆れた表情で見送る。


「まったく、賑わうと大騒ぎというのは別物だというのに……これだから物知らずは困る」


 エムの呟きに返す声はない。

 黙り込んだエスを訝しんだエムが、そちらに目を向ける。

 エスは黙って俯いたまま、握りしめたエムの手をみつめていた。


「おい、どうした?はしゃぎ疲れたか?」


 眉を寄せながらエムがそう問うと、エスは掴んだ彼の手をみつめたまま、言葉を小さく返す。


「ねぇ……エム?」


「……なんだ?」


「あんな奴が触れたことが許せないから、エムの手の皮、剥いでもいい?」


「……いいわけない」


「えぇ……ここだけだからっ!ちゃんと俺が丁寧に剥ぐし、治癒魔法ですぐ治せるでしょ?もし、治せなくて、手が使いづらかったら、俺が全部お世話してあげるからぁ!ご飯も食べさせてあげるし、お風呂で躰も洗ってあげるし、排泄だって」


「何を言われてもお断りだっ!そもそも、お前、カウントダウンっていう、この国一番のめでたい日のこの時に、なんて話をしているんだっ!?」


「だってぇ……」


「いいからタオルを貸せ!手を洗ってくるっ!」


「じゃあ、俺が洗ってあげるっ!そしたら、皮を剥ぐのは諦めるから!」


 エムは、何か言おうと口をパクパクとさせたが、何を言っても引かないだろうと察して、諦めたように頷いた。



 苦い顔でタオルで濡れた手を拭きながら歩いていたエムと満足そうに軽やかな足取りで歩くエスをみつけたラストが二人に駆け寄る。


「あと30分くらいで、0時になるよ。俺、カウントダウンって初めてだな……ワクワクする」


「もうそんな時間か。今日は街中が賑やかだから時間の感覚が狂うな」


「カウントダウンし終わったら、いつもの食堂でお酒飲もうよっ!俺、予約したんだっ!」


 初めての経験に胸を躍らせるラスト、そんなラストの言葉に周りを見渡しながら呟くエム、はしゃぎながらエムに抱きつくエス。

 どこもかしこもが華やかな空気、響き渡る心地よい賑わいに心を躍らせながら、三人は明るい街に繰り出した。



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