祝杯も苦杯も大きく括ればどちらも人の心に残るもの
久しぶりの休日、昼過ぎに待ち合わせの約束をしていたラストと合流したエスとエムは、三人の行きつけになった食堂で酒や料理を注文した。
思えば、王都で迷子になっているラストをみつけて、初めてこの店に三人で訪れた日からもう半年近くになる。
しかし、半年以上の時間が経っているように錯覚してしまうほど息が合う三人のやり取り。
互いをよく知らずに出会ったラストであったが、なんとなく関わるうちに、いつの間にか三人の仲は深まっていた。
「エスもエムも、国内闘技、優勝おめでとう……!」
料理とともに運ばれてきたお酒を二人のグラスに注ぎながら、ラストがにこりと微笑った。
「まぁ、当然の結果だがな」
ふんっと鼻を鳴らすエムの肩に腕を伸ばしながらエスも、えっへんと胸を張って言った。
「そうだね!エムも俺も強いからさっ!」
料理に舌鼓を打ちながら、ラストがチラリとエムを見る。
そして相変わらず抑揚のない声で、歯に衣を着せずに言う。
「エムは、強さとともに陰湿さも世の中に知らしめた気がするけど」
ラストの言葉に、エムは伸ばしていた箸を置いて、大仰に眉を寄せてみせる。
「陰湿?心外だな。当然の報いを与えたまでだ。その上、一度歯向かってきた奴を追放もせずに、次の働き先を斡旋もしてやったんだ。こんなにも清々しい人間、そういないだろう?」
エムが箸で掴みかけた良い具合に焼けたステーキをひょいと口に放りこんだエスは、苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
「ナーミオねぇ……追放しちゃえばよかったのに」
エスの言葉に補足するようにエムが言う。
「最近、こんなことばかり口癖のようにこの冗談を言うのだ」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ラストがサラリと涼しい顔で言う。
「そんなに言うなら冗談じゃなくて、エスの心の底からの本心なんじゃない?」
ラスト大正解。
しかし、話がなんとなく流れてしまったことにより、ラスト本人も含めて、その正解を気に留めることはなかった。
エスがトイレに行っていて、その場を離れている時、ラストがテーブルの下に潜ってから、ふと立ち上がる。
何事かと思い、エムがチラリと視線だけを送ると、ラストの手には素朴なハンカチがあった。
「今の店員さんが落としていった……届けてくる」
ラストもその場を離れ、エム一人になった時。
「エムさん、少し気をつけてほしい事が……」
食堂の店員の一人が声をかけてくる。
まるで、一人になった瞬間を見計らったかのように。
まるで、もう一人の店員もわざとラストに見えるようにハンカチを落としていったかのように。
仕組まれている状況にエムは眉を寄せて、声をかけてきた男を見やる。
「一体、何用だ?」
「最近、城内で何か……きな臭い事が起こっているみたいで……お偉いさんの誰かが魔界の者と通じてるって噂も聞きます」
「なぜ私でも知らないことを知っている?城内のことなど、このような街の食堂の者が知る
「こういう話題は実は上より下の方が敏感だし、伝わってくるものでね。街の人間は意外と情報通が多いし、早く広まるもんさ」
「なるほど。存外、庶民の情報網も
「それはどうも。それでここ最近、めっきり噂になっているのが
「謀反疑惑か。人の足元を
「いや、それが……」
店員が次の言葉を発した時、ひそめている声が、さらに小さくなる。
男が伝えた内容にエムの眉間のシワは自然と深くなり、少々目を見張って目の前の男をみつめる。
ラストが戻ってきた時、店員はいつもと変わらず料理をテーブルに置いて去っていった。
祭りの季節である夏もとうに終わり、次の大きな行事まで少し遠い。
暑くもなく、寒くもない。
さしあたって大きな催しも少ない。
天候も忙しさも落ち着いていて、比較的過ごしやすいこの季節は、裏を返せば中途半端な季節とも言えるのかもしれない。
過ごしやすい陽気に人々は何かに突き動かされるように動き出してしまい、暇なときほど馬鹿な考えに至りやすい者たちが忙しくないから行動に移してしまう。
来月こそ大きな行事がない。
人の心の乱れが、今よりさらに加速を増していってしまうだろう。
夜風が冷たくなるこの季節、人の心もどこか冷ややかに感じるのは何故なのだろう。
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