苦い時間も楽しい日々も大きく括ればどちらも思い出

 時の流れとは早いもの。

 昼こそ未だ盛りの夏ではあるけれど、夕方を過ぎれば、ほんの少しだけ心地よい涼やかな風が吹く。

 夏も徐々に、少しずつ、終わりに向かっていき、季節の移ろいの足音が近づいてきている。

 そんな夏の熱気と秋の足音が入り交ざる中、今日は年に一度の大切な儀。

 祭りは祭りであるけれど、皆どこか、しめやかに、少ししんみりと、けれど忘れることのないよう盛大に、その儀は執り行われる。


「ねぇ、エス。エムの方が知ってるかな……あの綺麗な飾りは何?何で出来てるの?」


 このお祭りに参加するべくやってきたラストが、あちらこちらで目にする物を指さして問いかける。

 それは一本の細い竿に、オレンジ色の小さな紙風船のような物が一列に連なったものだった。

 ラストに声をかけられ、面倒くさそうに彼の指先を目で軽く追ったエムは、少し呆れたようだったけれど、彼の問いかけを無視することなく答えた。


「あぁ、なんだ。お前、見たことないのか。何で出来ているかを答えるのは難しい。あれは植物だ」


 そう言いながらエムは目についた花屋で、綺麗で艶やかな花々の中でも一際目立つその植物を一つ手に取り、購入した。

 その植物をラストに手渡しながら、先ほどの彼の問いかけの答えをエムは短く告げた。


鬼灯ほおずきだ」


 ラストは不思議そうに、エムから手渡された鬼灯をまじまじとみつめる。

 その様子を見ていたエスは小さく笑って、ラストに近づきながら、顔だけエムに向けて言った。


「ねぇ、エム。これ一つもいでもいい?」


「勝手にしろ」


 エムからのお許しが出たエスは、ラストの手に乗った鬼灯、その橙色の袋によく似た萼を一つだけ茎からもいだ。

 そして蜜柑の皮を剥くように鬼灯を丁寧に開いて、その中心にあるミニトマトのような丸い実を見せながら、エスはラストに優しく言う。


「鬼灯はね、このお祭りには欠かせないんだ。なんでかって言うとね、このお祭りでこの国に帰って来る人たちにとって目印になるんだ。迷わないための灯りっていうのかな?」


 ラストが興味深そうに実を見てから、そっと指先で触れてみる。

 そんな彼にエスは言葉を続けた。


「ちなみにこの実はちゃんとすれば食べれるし、笛にもなる。音を鳴らすのにコツがいるけどね。まず笛を作るところから、けっこう難しいんだ。中身が漏れ出さないように、この実を取り外すのが根気がいる作業でね」


 エスが小さな子供に話すように優しい声音で、ラストに説明している。

 その二人の姿を目の端に捉えながら、エムはこの二人と過ごす時間にも慣れてしまったと思い、小さくため息を吐いた。



 ラストがエスに教えてもらったように鬼灯の実で笛を作ろうと、実を指先で慎重に揉みながら、何気なく問いかけた。


「そういえば、さっきこのホオズキが目印で、この国に帰って来る人が迷わないようにって言ってたけど、誰が帰って来るの?帰って来るのは一人?」


 ラストの問いかけにエスは首を横に振り、短く答えた。


「ううん、たくさんの人が帰って来るよ。このお祭りの期間だけ。また戻っちゃうけどね」


「大勢がお祭りの期間だけ?たしかお祭りって3日間だけとかだよね?それは準備とか大変そう。どんな人たちが帰って来るの?」


 次のラストの問いかけにはエムが答える。

 至極しごく手短てみじかに、事も無げに答える。


「死者だ」


 エムの答えにラストは目を剥いて、思わず力が入った彼の指先は危うく鬼灯の実を潰してしまうところだった。


「し……ししゃって、あぁ!もしかして使者?使いの者ってことだよね?びっくりした。ししゃって死者のことかと、死んだ人のことかと思ってびっくりしたよ」


「死んだ人間の死者で合ってる」


「え……それって……」


「こら!エム!きちんと説明しないからラストが怖がってるじゃない!……ラスト、大丈夫だよ。安心して!帰って来る人たちも、このお祭りも、ちっとも怖いものじゃないから」


 困ったような表情を浮かべるラストに、にっこりと笑ったエスは、彼を安心させるように優しく柔らかい声音で言った。


「このお祭りはね、ご先祖様……たとえば死んじゃった俺の両親とか、会ったこともないけど俺のおじいちゃんおばあちゃんとか、死んでしまった家族が帰って来るんだ。俺のご先祖様だけじゃない。みんなのご先祖様が帰って来るんだ。だから、怖い人たちじゃないよ。生きている人たちは、みんな必ず誰かを喪ってる。命は永遠じゃないからね。それが、すごく関わっている相手かはわからないけど、生きている人たちには、誰にでも必ずご先祖様はいるんだよ。そして、亡くなった人たちがいて、その人たちが懸命に生きていたからこそ、今の俺たちがある。そういうことを忘れないようにするためのお祭りなのかもしれないね」


 少し寂しげに、けれどとても優しく微笑むエスにラストもつられて微笑った。

 そんな二人をみつめながら、補足とばかりに、エムは告げる。


「そういう謂れのある慣習の祭りというだけだ。あと帰って来るのは何も死者ばかりではない。遠方に働きに出ていた者たちも、この儀のために故郷に帰って来るからな」


 そのエムの声は決して目に見えて優しい声音ではなかったけれど、不思議と、エスとラストの心を安心させた。


「そっか。ほんとだ。エスの言う通り怖くないね。なんだか心があたたかくて優しくなった気がする。今日は死んでしまった人たちにとっても、生きている人たちにとっても、大切なお祭りなんだね」


 ラストはそう言って、まだたくさん袋のついた鬼灯を陽に透かして微笑った。

 この国に帰って来る人たちが皆、迷うことがないように願いながら。



 祭りは続き、夜になった頃、思い出したようにラストが声を上げた。


「そうだ。今思い出したけど、たしかこのお祭りって踊るんだよね?」


 ラストがちょうどそう言ったところで、タイミング良く、明るいお囃子が街に響き渡る。


「あ、ちょうどだね!ほら、こっちこっち!」


 エスに手を引かれながらついていくラストと、呆れたようにため息をつきながらその後に続くエム。

 人の波を抜けたところで見えたのは、高くそびえ立つやぐらと、その周りをぐるりと取り囲むようにしている人たち。

 エスが近くの一人に声をかけて、ラストとともに隙間に入れてもらう。


「どう踊ったらいい?」


 ラストに不安そうに聞かれたエスが、その声に振り向く。

 その時、エスが答えるより前に、ラストの後ろにいた幼い少女が声を上げる。


「お兄ちゃん、踊るの初めて?あたしが教えてあげる!こう踊るんだよ!」


「こ……こうか?」


 楽しそうに踊る少女の動きを見ていたラストが自身も見様見真似で踊ってみせる。

 ラストの踊りを見た少女は、にっこりと笑って頷いた。


「うん!上手だよ!」


 ラストは少し面映ゆくなりながらも、皆で同じように踊りを踊ることで生まれる一体感に心まで躍らせた。

 くるりくるりと櫓の周りを踊りながらゆっくり前に進むエスとラストをエムは遠巻きに見ていた。

 滑稽なものだな、といつもと変わらぬ悪態をついてはみせたけれど、エムの顔はどこか綻んでいた。

 そんなエムを目敏くみつけたエスが、手招きをする。


「エム!エムもおいでよ!一緒に踊ろう!」


「バカ言うな。私が踊るわけないだろう」


 にべもなくエスのお誘いを断ったエムに、ラストも声をかける。


「でも、謂れのある慣習のお祭りの踊りだよ?踊らなくていいの?」


「踊りたい者を否定はしないが、私は踊らない」


 ラストのお誘いにも断固として首を縦に振らないエムに、ラストの後ろにいた少女までも楽しげに声をかける。


「あのお兄ちゃんはお兄ちゃんのお友達?ならお兄ちゃんも一緒に踊ろうよっ!ほら!」


 ラストとともに手を差し伸べる少女のお誘いを無視するのは、高貴な身分の男として育てられたエムには無理なことだった。

 エムは一瞬だけ困ったような表情を浮かべたが、すぐにいつもの冷たくも見えるほど整った顔立ちで恭しく礼をしてから、高位な貴族の振る舞いで少女の手を取る。

 その時のエムの心の内は、腹をくくり、覚悟を決めた上で、全てを諦めたようだった。


 くるりくるりと回る。

 くるりくるりと周る。

 それはあざなえる縄のごとく繰り返す禍福かふくのように。

 頭の中で回り灯籠のごとく次々と移り変わっていく記憶と思い出たちのように。

 男も女も関係なく、老いも若きも一緒くたに、身分も立場も忘れて、このお祭りの、この踊りの時だけは、皆、同じ場所で同じ様に踊っている。

 思い思い、心のなかで笑う大切な人の帰りを喜ぶように。

 ゆっくりと穏やかで、にっこりと賑やかな時間が時の流れを忘れさせながら、皆が祭りを楽しんだ。

 このまま昼も夜も朝も関係なく、一日中祭りは続く。

 はずだった。


――キャァァァァァッ!!!


 女性の絹を裂くような悲鳴が街に響き渡る。

 祭りに浸っていた皆、最初こそ街の異変に気づけなかったけれど、悲鳴を聞いた者たちの動揺がみるみる間に広がり、それは混乱と化した。

 街の人間たちよりもひと足早く異変に気づいた三人は、すぐさま、女性の悲鳴の聞こえた方へ走り出していた。

 最初にたどり着いたのはラストだった。

 その後ろにエス、少し距離があってエムが続く。


「なんでっ……!!」


 ラストが目にした光景は、予想だにしない、おおよそあり得ないものだった。

 エスとエムも、ラストの見た光景を目にする。

 三人の見た光景、それは街の中心に向かって次々とやってくるおびただしい量の魔物の群れ。

 誰かの指示が働いているように、統率の取れた動きで次々とやってきては、確実に相手を狙って暴れ回る魔物、魔物、魔物。

 エスは考えるより先に身体が動いていた。

 向かってくる魔物たちを斬りつけ、次々と退かせていく。

 エスに守られながら、エムは目を瞑り、詠唱を始める。

 そしてゆっくりと目を開いたエムの詠唱の終わりと同時に、白く眩い光が街を覆う。

 その鋭いほど眩しい光に、魔物たちは目がくらんで一歩も動けなくなる。

 そして瞬時にエスが、動けなくなった魔物に攻撃を与え、突然の光と攻撃によって動揺した魔物たちは、指示を忘れ、大慌てで街の外へ戻っていく。


「助けてぇっ!!誰かぁっ!」


「子供が襲われるぞっ!!」


 しかし、数が多すぎる。

 すでに街へと入り込んでしまっていた魔物、次から次へとやってくる魔物たちの全てには、どうあってもエスとエムの二人では手が回り切らない。


「女と子供、怪我人を下げろっ!!腕に覚えある者はエス様に続けっ!!」


 ようやく事態の異様さに気づき、やってきた騎士たちが慌てふためく国民たちに叫ぶ。

 この祭りのために故郷に帰ってきたばかりの騎士や冒険家たちなど、戦いにけた者たちが、その声に従い、集う。

 そのことで、そして二人が退けていたこともあって、数も士気も人間の方が優勢となる。

 するとまたたく間に魔物たちの動きは勢いが無くなっていき、そのまま一気に鎮圧ちんあつすることができた。

 鎮圧することはできたが……。


「せっかくのお祭りが……」


「おじいちゃんのために買ったホオズキが……」


「このあと、お祭りはどうなるの?終わり?」


 騒ぎがおさまると同時に、次々と聞こえてくる人々の嘆き。

 魔物は撤退したが、魔物が暴れ回った街のごとく人間の心は悲しみに塗れ、悔しさに荒み、深い落胆で溢れてしまった。

 

 夏の熱気と秋の足音が入り交ざる中、執り行われる年に一度の大切な儀。

 祭りは祭りであるけれど、皆どこか、しめやかに、少ししんみりと、けれど忘れることのないよう盛大に、執り行われる今年のその儀は、落胆と嘆きの中、悲嘆と失望の声に覆われながら幕を閉じた。




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