第15話 潜入パーティー −2

 旅行中のアルバ人貴族ということで、パーティー会場にまんまと潜入した二人。手を回した貴族の紹介と偽造した身分証明書で難なく会場には入れた。


 リアリナ自身はボロが出ないよう、目立たないよう、扇で顔を覆いながらあまり話さないようにして、グラーツの隣で相槌を打つだけである。付け髭をピンと尖らせたグラーツは適当に他の客に嘘の自己紹介しつつ、そつなくこなしている。


 グラーツの顔をそっとリアリナは盗み見た。


 長身と鍛えられた立派な体躯、端正な顔立ちは美丈夫である。それにしても、見事なアルバ語である。リアリナは怪しい所もあるが、グラーツは本当に現地の者と思うくらい流暢だった。

 

 パーティーの主催の男に、親しげに近づき文を渡す者がいたのをリアリナは見逃さなかった。


「グラーツ様、今……」


 扇の影でそっと耳打ちする。


「ああ、俺も見た。あれだな」


 貴族の男はそれを懐に入れる。あとはあれをグラーツはどうやって手に入れるのだろうか。


 グラーツは1人酒を取りに行くと、近くにいたその辺の貴族の男と親しげに話し始めた。


「……そうです、その時私の家が暴漢に襲われたんですが、軍隊にいた友人から習った護身術をたった一個覚えていて何とか助かった」


「ほう、どんな技です?」


 興味惹かれた小太りの貴族の手を自分の腕にやり、掴ませた。


「こう掴まれたら……こう!」


「痛ててっ!!」


 さっとグラーツは自分の手首を回転させ、掴んでいた腕を背中側に捻り上げた。


「とまぁ、こんな感じ」


「な、なるほど。これは単純だがすごいね」


 小太りの貴族の男のあげた声で周りの人間が集まってくる。何人かに実践して、皆一様に腕を捻られる。ギャラリーが増えたところで、


「また私がやってもしょうがない、どなたか、私にこの技をやってみれば簡単だってわかるでしょう」


 あたりを見渡し、主催の貴族の男に目線を投げた。


「閣下、いかがですか?」


 話を振られた主催の男も、まんざらじゃないようで、腕をまくりグラーツの誘いを受けた。二人を囲むギャラリーは余興を楽しそうに見ている。


「そうです、そうして閣下はこちらへ回り込んで、こう私の手をひねる!あ、痛たたたた!!」


 上手く護身術がかかって、閣下も満足そうだ。


「まぁ、軍人の友人曰く、『夫婦喧嘩には使わない方がいい。後々禍根を残すだけだ』そうなので、お気をつけて」


 周囲からどっと笑いが起き、アルバから来た貴族の余興は終わった。また、楽の音が響き、そこかしこで談笑が元のように始まる。


 グラーツが人々の耳目を集める中、どうしていいかわからず、リアリナはずっと柱の影で目立たないように様子を伺っていた。リアリナのところにグラーツが戻ってくる。


「上手くいった。庭へ行くぞ」


 庭園は見事に手入れされていて、所々灯りが灯されていた。花の香り。手筈では、庭で部下に手に入れた密書を渡す約束だった。


「よくすり替えられましたね」


 一応アルバ語で話しかける。


「まぁな。軍人クビになったらスリで食っていけるかもな」


 落ち合うはずの部下が中々来ない。パーティーも後半の佳境なので、酔い覚ましに庭に出る者が多いせいか。グラーツはリアリナを連れて、目立たない庭の端の方まで移動する。


「おや、あなたは先程の……」


 と、さっきのグラーツの余興を見ていた誰かが声をかけてくる。ここで話こむ訳にはいかない。咄嗟にグラーツがリアリナを抱き寄せた。リアリナの肩越しにグラーツがウインクすると、声をかけた人は察してそこから離れていく。恋人の逢瀬を邪魔するほど無粋ではなかったようだ。


 リアリナの耳元でアルバ語でそっと囁く。


「もう少しこのままでいてくれ」


「は、はい」


「いい子だ」


 グラーツの腕が腰に回され、首筋に熱い吐息が当たる。リアリナの心臓がばくばくと早鐘を打つ。それをグラーツに聞かれやしないかヒヤヒヤした。


「行ったな」


 周囲に誰もいないのを見て取ると、ようやくリアリナを抱きしめる腕が離された。グラーツにも聞かれないように、リアリナは大きく息を吐いた。


 その隙に、暗がりの中から声がした。


「隊長、遅くなりました」


「ああ、ご苦労さん」


 と、手に入れた密書を渡すと、部下はさっと音もなく行ってしまった。無事任務も終了したようだ。


「さてと、後は適当なタイミングで帰るだけだが……」


 ニヤリと笑った。今まで抑えていたいつものグラーツの顔が出てくる。


「……なぜダンスを!?もう帰ればいいのでは?」


 二人はダンスをしているフロアに入り込んでいた。聞かれないように小声だ。グラーツはリアリナの真っ赤になった耳元に囁く。


「せっかく練習したんだ。本番で実践しなきゃ勿体無いだろ?」


 側から見れば、アルバの若い貴族夫婦で、恥ずかしがり屋の奥方と主人がいちゃついているようにしか見えない。


「さ、音楽が始まった」


 手をとり、踊り始める。もっともダンスの練習はそこまでしていない。教えてくれたのもハインツだったのでグラーツとリアリナが一緒に踊るのは初めてである。リアリナが間近でグラーツを見上げる。


「いいぞ、上手だ」


 これはアルバ語だった。手を取り合い、ステップを必死にふむ。だが、グラーツの支える腕がリアリナの動きをリードしてくれて、とても踊りやすい。体を動かすのは苦手だと思っていたが、馬の時と同じでなんだか経験したことのない楽しさを感じていた。


 パーティーもお開きの頃、グラーツ達も息のかかった馬車に乗ってその場を後にする。後を付けられてないか、念の為周り道をして隠れ家へと向かう。車内ではグラーツが付け髭を外し、襟をもう崩している。


「あー、やっぱくたびれるな堅苦しいところは」


 リアリナもハーっと大きく息をついた。


「お疲れさん、よくやった。これであの伯爵の不正も暴かれる」


 撫で付けた髪もぐしゃっとかいて乱れる。足も行儀悪く組んで、いつものグラーツだ。リアリナも、慣れないイヤリングを取ろうとすると、その手をそっと掴んで静止された。


「何ですか?」


「いいや、せっかく綺麗な姿に着飾ったんだ。馬車に乗ってる間だけでも、目の保養にさせてくれ。俺へのご褒美」


「何ですか、それ!」


 リアリナは容赦無くイヤリングや首飾りを外していく。


「あぁ〜もったいない」


 どうしてだろう。以前は容姿について褒められることが、とても嫌だったのに。今のグラーツの言葉には、むしろ心が浮き足立ってしまう。また、顔が赤くなってないか心配でリアリナは焦りを顔に出さないように必死だった。


「そ、そういえば、グラーツ様は、アルバ王国に行ったことがおありなのですか?すごくご堪能でしたけど…」


 するとグラーツは目線を外に逸らし、曖昧な笑みを浮かべた。


「まぁ、若い頃任務で少し、な」


 いつもなら嬉々として話しそうなのに、珍しく言葉少ななのにリアリナは気づいた。


 それからグラーツはその話には触れず、全然関係ない軽口をいつもの様に捲し立てる。逆にわざとそうしているのが芝居の続きのように感じられた。

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