第7話 カード

「賭け事なんていけません!」


 アップルパイが焼けるまで、グラーツは店の端でやっているカードをやってみようと言いだした。


「いいからいいから、ただのゲームだよ。何事も経験だ。リアリナ殿は知識ばかりで頭でっかちなところがあるんじゃないか?」


「頭でっかち……!」


 図星を刺されたのが悔しかったのか、リアリナは眉間にシワをよせテーブルにつく。カードが配られる。周りの常連らしい男たちは、綺麗な小娘が相手と見て、ニヤつく。


「ルールはわかるか?」


「カードを交換して、いい役を揃える……」


「流石!その通りだ。本で読んだか?」


 配られたカードを見ると、中々いいカードが揃ってる。そこから、さらにカードを換える。そして相手のコールに対してリアリナは、


「レイズ」


 卓がざわつく。不慣れそうな小娘が、一回カードを変えただけでいきなり賭け金を釣り上げるとは……一瞬、グラーツは懐の財布の中身を心配する。


 そしてカードオープン。リアリナはフルハウス、他のものはフラッシュとスリーカード。リアリナの勝ちだった。


「やった!!すごいなお嬢ちゃん!!」


 懐が温かくなり、上機嫌のグラーツはリアリナと席に戻り、また杯をあげて乾杯した。


「初めてなのに、よく勝てたな」


「たまたまですけど…そうですね、カードチェンジしてさっきのカードがきた時、他の人にはもう私以上の役は作らないとわかっていたからです」


「どうしてだ?」


「残っていたカードを見れば、山にあるカードは自ずと分かります」


 そこから、他のものの手の内を読んだと言う。


「すごいな……チラッと見ただけで」


「だから、たまたまです」


「でも、賭博はダメです。もうしませんからね!」


 と、口では言いつつ、表情は柔らかい。よしよし、随分固い氷も溶けてきたようだ。


 その時、また知り合いがグラーツの席までやって来た。


「よぉ〜グラーツ!お前来てたのかよ。早くカードの借りを返しやがれ」


 相手は酔っているらしいが上機嫌だった。


「悪いな。今日は連れがいるんで、また今度な」


「おっやぁ、まーた違う女連れてんのか。今度のは偉く大人しめなのたぶらかしやがって、まぁ羨ましいこってな!ガハハハッ!」


「ねぇ、グラーツ様ぁ。またあたしのお店にも遊びにいらしてねぇ」


 と、化粧の濃い女がグラーツの肩にしなだれて、ウインクをする。そして男と自分たちの席の方へと戻っていった。


「知り合いがすまん。気にしないでくれ、リアリナど……の……?」


 さっきまで楽しそうにしてた顔が、スーッと元の氷姫に戻る。


「いえ。……私帰ります。ごちそうさまでした」


 さっと立ち上がり、深々と一礼すると、グラーツが止める間もなく店を出て行ってしまった。


「……あ〜やっちまった」


 グラーツは頭を抱え込んだ。上機嫌もすっかり冷めてしまった。


 途中までは良いペースで心を少し開きかけていた様子だったのに……美味いもの食わせたさにこの店に連れてきたのだが、刺激し過ぎたか。


 妙に罪悪感を抱えながらも、仕切り直しに部下たちが打ち上げで飲んでるはずの店へと足を向けた。




 部屋に戻ったリアリナは、混乱していた。自分のしたことが分からなくなっていた。何故、いきなり帰ると言い出したのか?


 頭が回らない。途中までは楽しかったはずだ。模擬戦で天気予報が役に立ったと聞いて。珍しく人と話をすることが苦痛ではなかった。料理も、おいしかった。カードも、1回くらいなら経験しておいても良いと思った。それなのに何故?


 美味しそうに料理を食べながら話をするグラーツの楽しげな顔と、別れ際のなんとも言えない顔が両方浮かび、罪悪感を覚えながらベットに入るしかなかった。楽しかった気持ちがスーッと引き、心に冷たい膜がかかるようだった。




 次の日。いつも通りの朝。変わったことは何一つなく、粛々と仕事をこなす。いつも、本の事を考えていれば、本に囲まれていれば心は平穏で静寂に包まれる。


 本の事以外考えることなどなかったのに、気がつけば昨日のことを思い出してしまう。ふと、利用者の列に、グラーツの姿がいないか目で追っていた。が、あるのはいつもの好意を勝手にぶつけてくる男性たちからの視線だけである。


 一日中、すっきりしない心持ちで宿舎に帰ると、荷物と言付けがあった。自室に帰り、慌てて封を開ける。


『昨日食べ損ねたアップルパイだ。また頼む』


 一文しか書かれていないメッセージカード。包みには、まだ温もりの残るアップルパイが香ばしい匂いを発していた。一口食べる。


「美味しい…」


 心が軽くなったのは、アップルパイの甘さのせいか、『また頼む』の一文の効果か…

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