第7話 復讐編①
レニアーリスside
「えぇい、鬱陶しい!わらわに纏わりつくな!」
「姫!」
周りに群がる男たちに苛立つ。手に持っている扇でひとりの男のこめかみを打つと、顔を顰めて、地面に座り込んだ。何人かがその男に駆け寄るが、レニアーリスはふんと鼻を鳴らし、冷たい視線を向けた。
今日は国の王侯貴族たちや周辺国の王族を招いた国王主催の社交パーティー。贅の限りを尽くした大広間に着飾った多くの人々が集まっていた。レニアーリスも周辺国の王族として参加しているが、自分のお眼鏡にかなうような美しい者たちは見当たらず、大きなため息をつく。
美しい自分に平凡な男が近寄るなど、それだけで罪だ。自分に近寄っていいのは、美しい人間だけ。そうあのお方のように…。
「アウラニクス様…。」
美しく気高いあの方を思うとそれだけで胸が高鳴る。気を失ってしまった自分は見ていないが、エールカを迎えにきたあの方はすぐに学校から立ち去ってしまったらしい。目を覚ましてからすぐにロベルトにあの方と繋ぎをつけるように頼んだが、断固拒否されてしまった。それどころか、「あのお方にもう関わるな。命の保障はできない。」とまで言われてしまったのだ。
「そんなことあるはずがない。あのお方こそわらわの伴侶となるべき存在なのだから。」
豪華な椅子に座った後、レニアーリスはふぅとため息をつく。その美しさに周囲にいる男たちが顔を赤くして見惚れている。そう、これこそが自分に対する男たちの態度でなくてはならない。あのお方も、自分のことを知ればきっと好きになってくれる。それどころか、膝をついて求婚してくるはずだ。
「今までわらわが望んで、わらわのものにならなかった男などいないのだから。」
必ずもう一度あって、虜にしてみせる。そう決意を新たにしていると、大広間の入り口が騒がしくなった。そこは人混みになっていって、何があっているかレニアーリスがいる場所からは見えない。そしてざわめきはどんどん大きくなっている。
「一体なんだというのだ?っあ!!!」
苛立たしげに扇で口元を隠し、そちらを睨みつけていると、突然人混みがぱっくりと割れる。そして、そこにいたのは自分が恋焦がれていた相手、アウラニクスだった。
「アウラニクス様!」
レニアーリスの顔が嬉しさのあまり綻び、椅子から勢いよく立ち上がる。急いであの方のもとに行かなければ。
(きっとわらわに会いに来てくださったのだ!)
ロベルトは、アウラニクスの力によってレニアーリスが気絶させられたと言っていたがそんなわけない。きっと何かの間違いだ。美しい自分をあのお方が嫌いなわけなどないのだから。
「アウラニクス様ぁ!」
その胸に飛び込もうとしたが、アウラニクスの隣に誰かいることに気付き、レニアーリスは立ち止まる。
「そなた、誰の隣に立っておる。控え…よ…。」
隣の人物を睨みつけたレニアーリスは、その姿を見て言葉をなくした。
(な、なんだこの女は。こんな、まるで、女神のような…!)
とんでもなく美しい。まるで美の化身だった。深い深い蒼の髪と瞳。髪は腰の辺りまで伸ばしていて、キラキラと光を反射している。その肌は新雪のように真っ白で、スレンダーな身体は白銀色のマーメイドドレスに包まれている。耳元には、髪と瞳と同じ蒼の雫型の宝石が揺れている。それがとんでもない価値を持つことは、日々宝石を身につけているレニアーリスには理解できてしまった。
「あら?アウラ、このお方と知り合いなの?」
ぞくりと背筋に甘い刺激が走るような妖艶な声。声を聞いただけで、腰砕けになりそうになる。レニアーリスはなんとか歯を食いしばってそれを耐えた。
「…いや、知らねーな。」
アウラニクスの言葉に、レニアーリスは自分の耳を疑った。
「冗談はおよしになってくださいまし。わらわとは学校でお会いになったではありませんか!」
レニアーリスがすがるように言うが、アウラニクスは視線さえ寄越さない。
(こんな!こんなことが!わらわにあっていいはずがない!)
認めてしまった。自分はこの女よりも美しくない。頭では絶対に自分の方が美しいと叫んでいるのに、心が、魂が敗北してしまった。この女には全てにおいて勝てないと。全てにおいて劣っていると。
(それでも!このお方だけは!)
なんとか自分を奮い立たせて、女が腕を絡ませているのとは反対の腕を掴む。
「アウラニクス様、ぜひ2人きりでお話がしとうございます。わらわは、アウラニクス様にきっと有益なお話ができるかと。」
ロベルトに教えてもらった情報。アウラニクス様は極東にある龍が住む国を治める古龍であるということ。自分も妖精の国を統べる王族。国と国の貿易の話や、軍事力の話などいくらでも材料はある。この女には敵わなくても、自分に人並みはずれた美貌がある。この男になら身体を差し出してもいい。
「アウラニクス様ぁ…。」
しなだれかかり、上目遣いでアウラニクスを見つめる。きっと頷いてくれる。そう確信していた。
「くせーな。お前、臭すぎる。近づくな。」
「きゃあ!」
掴んでいたはずの腕を引き抜かれてバランスを崩し、レニアーリスは地面に倒れ込む。その拍子に飲み物を運んでいた給仕も一緒に倒れてしまい、自分を最も美しく見せるために特注したレースたっぷりの純白のドレスが汚い赤に染まってしまった。
「あら、酒の匂いで少しはマシになったんじゃない?ほーんと、妖精っていつでも発情期みたいな臭いぷんぷんさせてるわよね。タチが悪いし下品だわ。」
「なっ!!!」
アウラニクスの隣にいる女に鼻で笑われ、レニアーリスは怒りで顔を赤くする。
「そ、そなた!妖精の末裔であるわらわを侮辱しておるのか!ただでは済まさぬぞ!」
「ただでは済まさない?そんなのこちらの台詞よ。ただの羽虫風情がよくも、私たちの唯一に手を出したわね。」
「ひっ!」
レニアーリスの股の間に、女の高いヒールを履いた足が叩きつけられる。その衝撃にレニアーリスは悲鳴をあげて縮こまった。
「妖精?何を勘違いしてるのか知らないけれど、妖精なんて幻想種の中で最も下等で下品で悪戯と生殖にしか興味のない生き物よ。まぁ、子供みたいで可愛らしい子もいるけど。」
クスクスと笑いながら話す女に反論したいが、笑いながらも彼女から発せられている威圧感に怯えて声を出すことができない。
「私は妖精族を残すのは反対だったのよ?創世の戦いで愚かにも敵側についた一族だもの。それをお姉様の温情で生きることを許してやったのに。こんなにも高慢な生き物として蔓延っているとは。お姉様に内緒で消してやった方が世界にとって益があったかもしれないわね。」
「い、一体なんの話を!?」
創世の戦いなど、意味が分からない。どうして妖精族がここまで貶められないといけないのか。妖精は美しく、気高い。なんの取り柄もない人間などとは違い、神に愛された存在であるはずなのに。
「ほぉ、神に愛された存在だと?」
「な、なんで…?」
思考さえも読まれてレニアーリスは顔を青くする。もう訳がわからない。誰か助けてほしい。そうだ、先ほどまで自分に声をかけてきたたくさんの男たちがいるはずだ。あいつらがきっと自分を助けてくれる。
「誰か!わらわに手を貸せ!」
声を張り上げる。しかし、誰も寄って来なかった。それどころか、遠巻きにこちらを見てクスクスと笑っているではないか。
「っ!誰か!!!!!」
周りを見渡すと、ロベルトがいた。そうだ、あの男がいた。この国の王族ロベルト。彼ならばこの女を黙らせられる。ロベルトに失礼な口を聞けば、不敬罪で死刑だ。そもそも王族である自分をこんなに貶めているのだ。こちらの国に引き渡してもらってズタズタに引き裂いて拷問してやる。
「ロベルト!」
レニアーリスは遠くに佇むロベルトに手を伸ばす。しかし、彼は一向にこちらに寄ってこようとしない。それどころか、申し訳なさそうに目を伏せて、顔を横に振っている。
まるですまないと助けられないと謝っているように。
「な…ぜ…?」
「失礼、何かありましたかな、アウラニクス殿!」
そこに突然割って入ってきたのは、この国の王だった。ロベルトの父である国王は汗をかきながら、アウラニクスとその隣の女にこうべを垂れている。
「国王様!?どうしてそのような!」
「えぇい、黙れ!そなた、ロベルトの学友か。確か妖精国の姫であったな。これに関して、こちらから正式に抗議させてもらうからな!」
「お、お待ちください!抗議など大袈裟な!それにアウラニクス様ならまだしも、この女に頭を下げるなど!」
「ふざけるな!!!いい加減にその口を閉じろ!仮にも妖精族の末裔だと言うのにこのお方を知らないのか!妖精族が高慢に人間を見下し、怠惰な生活に耽っているというのは真の話であったか!」
「一体なんの話を!」
「このお方は、創世の女神がお一人、スイラーン•ミクレスト様だ。聖女のみが言葉を交わし、その神託を受けていたが、数年前に世界に降臨なされたのだ。そんなことも知らないのか、この阿呆め!」
「あうっ!」
国王の杖で身体を打ち据えられる。ガクガクと震えが止まらない。そういえば小さい頃に見た絵本のお話。この世界を創った女神のお話。根絶やしにされそうになった妖精族を許した女神の片割れの話。その女神に報いなければならないと。
それなのに、妖精たちは少しずつ忘れてしまった。その恩を。悪戯好きで、強いものに媚びへつらう。その醜い性根は変わらない。妖精たちはどんどん堕落していった。
それぞれの国には聖女がいて、女神の神託を王族に伝えてきた。しかし妖精族が治める国ではいつからか聖女の存在が途絶えてしまった。女神など存在しないと。美しく気高い自分達は己の判断だけで生きている。そんな驕りが妖精族に広がっていたのだ。
「め、女神様!」
レニアーリスが慌てて平伏する。いつの間にか、大広間にいるアウラニクス以外の全ての人間がスイラーンに向かって平伏していた。
「おぉ…相変わらずお前は人間に人気があるな。流石創世の女神様ってかぁ?」
「黙れ、蜥蜴。お前の鱗を一枚一枚剥がしてやってもいいのよ?」
「あぁ?千年生きてる古龍を舐めるんじゃねーぞ?その喉笛に噛みついて殺してやろうか?」
「ど、どうかお鎮まりください!」
国王が慌てて声をかけるが、2人は全く聞いていないようだった。ひとしきりお互いを罵倒し合うと、震えて平伏するレニアーリスを見やる。
「この国自体に恨みはない。聖女も勤めをしっかり果たしている。しかし、レニアーリス。お前は別だ。そしてお前の国も。…今すぐ国に戻って王に伝えるが良い。お姉様の温情はもう尽きたと。妖精族を皆殺しにされたくなければ、すぐに聖女を見つけ出し、国の浄化に努めよとな。」
「かしこまりました!」
レニアーリスが足をもたれさせながらその場を立ち去ろうとするが、ふわりと後ろから抱きつかれて、ぎくりと動きを止める。そして耳元で囁かれる。
「そなたは別だ。よくもお姉様を虐めてくれたな?あんなにも、妖精族に良くしていたお姉様を。そなただけは許さない。今後、2度とそなたに幸福は訪れない。血反吐を吐いて、泥水を啜って生きるがいい。」
「ひぃ!!!」
慌ててスイラーンの腕を振り払い走り出す。
(わらわは!わらわは!)
「わらわはただアウラニクス様と!」
ただ好いた男と一緒になりたかっただけなのに!
美しく結い上げた髪はぼさぼさ。ドレスはボロボロ。涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃ。
「スイにあれだけ言われても反省できないのか?生きる価値のないうじ虫だな。」
「ぎゃあ!!!!」
突然後ろから強い衝撃。アウラニクスに初めて会った時のように意識が遠くなる。
「殺したいがそれはエールカに禁止されてる。…目覚めた時には妖精好きの変態どもが優しくしてくれるさ。」
最後に見たのは漆黒の美しい男だった。

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