31

――朦朧とする意識の中で、レミは夢を見ていた。


それはおぼろげな記憶。


亡き父と、まだ暗殺組織のボスとなる前の母の姿だった。


何もない草原で踊る父と母。


次第にそこに風が巻き起こり、二人に合わせて落ち葉が群れとなって舞い始める。


レミにとっては、ほとんど忘れていた幸福な思い出。


言葉も話すことができない赤子の頃の光景だ。


父ヤイバ·ムラマサは落ち葉の群れと共に中を舞い上がりながら、母クレオ·パンクハーストを深く抱きしめながら踊っている。


(父さん……。母さんも……)


心の中で呟く。


レミは二人の笑顔で踊る姿を見て、スキヤキとギリシャはアテネで組み手をしたことを思い出す。


「レミ、お前がやるべきことは己を知ることだ」


「そ、そんなこと言われたって……わかんないよ、そんなのッ!」


「わしに合わせろ。組み手は終わりだ。型をやるぞ」


それからスキヤキはゆっくりと動き出した。


基本となる掌打から始まり、円を描くように大きく両腕と両足を回していく。


戸惑っていたレミもすぐにスキヤキと同じ動きを出し、二人は向かい合いながらその場で舞っていく。


やがて打ち合い、蹴り合いが始まるが、そこに暴力の色はない。


次第に速度が上がっていっても、レミとスキヤキの動きは優雅なままだった。


「わかるか、レミ。これがお前だ」


「これが僕?」


「いいから続けろ。お前との演舞は楽しい」


さらに激しさを増していく二人の舞。


レミとスキヤキの周囲には風が巻き起こり、落ち葉が喜んでいるかのように揃って舞い踊る。


凄まじい突き合いがこのまま続くと思われたが、互いの掌――発勁龍が重なると、スキヤキの体が吹き飛んでいく。


「えッ!? 今の……僕がやったの……?」


戸惑う彼女に、スキヤキは微笑みながら拳を組んで一礼する。


「少しはわかったか? 自分のことが」


スキヤキはレミの頭に手をポンッと乗せると、子供をあやすように言う。


「後悔も恐怖も、父と母との繋がりも、すべてお前の一部だ。怯える必要はない。お前がこれまで積み上げてきたものだ」


(スキヤキ先生……。やっと、わかった気がします……)


夢の中のスキヤキにそう答えると、レミは両目を開けて立ち上がった。


目の前には驚愕しているクレオの姿が見える。


一体に母は何に驚いているのか。


その理由にレミはすぐに気が付いた。


「僕のチェーンが……」


レミの右手首に巻かれていたインパクト·チェーンがそこから離れ、彼女の周囲をまるで舞うように動き始めた。


穏やかな光を放ちながら、まるでレミのことを鼓舞するように漂っている。


その光景は、まるで母と娘の周囲を回っているインパクト·チェーンが、互いに声をかけ合うように照り合っていた。


クレオはそんな娘の姿を見てたじろいていたが、すぐに絶対零度の表情へと戻す。


「退け。私の邪魔をするな」


「ヤダ」


レミは母に短く言い返すと、左足を軸にしてすり足で地面に大きく円を描き、両腕も広げて同じく輪を作るように動かしていた。


それはスキヤキに教わった演舞だった。


中国拳法を思わせるその動きから深呼吸をして身構えると、遺跡内で吹くはずのない風が巻き起こり始める。


「僕はもう逃げない。母さんに、あのときの……父さんとの幸せだったときのことを思い出してもらう」


クレオはそう言い放った娘に向かってショルダータックル。


レミはこれを避けたが、彼女は背後を取らせるかと言わんばかりに裏拳を放った。


しかし、レミはこれすらも躱し、母の腕を掴んで勢いよく回り始めた。


先ほどレミに吹いていた風が、二人の周囲に巻き起こる。


互いのインパクト·チェーンが激しくぶつかりながら、その放つ光をさらに輝かせていく。


「くッ!? 離せッ!」


クレオは掴まれた腕を力任せに振り、レミを蹴り飛ばして距離を取った。


そして、インパクト·チェーンを手元へと戻し、それを鞭のように振るって打ちつける。


しかし、クレオのインパクト·チェーンはすべて阻まれる。


レミのことを彼女の持つインパクト·チェーンが守っていて、けして寄せつけない。


いつまでも当たらないインパクト·チェーンにしびれを切らせたクレオは、チェーンを右腕へと戻し、娘へと殴り掛かった。


弾丸のような速度で放たれる連打だったが、レミは演舞のような動きでこれを捌き、お返しとばかりに母の胸に発勁――両手で押し出すように力を込める。


体内の臓器に衝撃を加えるような渾身の一撃。


しかし、それでもクレオは倒れない。


彼女は自分の身体をインパクト·チェーンに支えさせ、表情を苦痛で歪めながらも反撃に出る。


気が付けば、レミとクレオのインパクト·チェーンはバラバラになっていた。


その一つひとつの輪――無数のリンクが二人の周りを舞っており、激しく打ち合い、蹴り合い、そして組み合っている彼女たちのことを囲うように回っている。


激しい闘いの中、クレオは自分の心が高揚していくのを感じていた。


それは、自分に愛を教えてくれた恋人――ヤイバ·ムラマサと踊ったときに感じたものと同じ心の高まりだった。


だが、クレオはその気持ちを押し殺して叫ぶ。


「あの人との約束を守るんだッ!」


「わかってるよッ!」


「いやお前にはなにもわかっていない! わかっていたらッ!」


「だからわかってる! それが母さんにとって命よりも大事なことなんだってくらいッ! でも私にとって、自分のことや母さんのことだって大事なんだッ!」


母子が脈略のない叫び合いで互いの気持ちをぶつけ合っていると、側にあった扉に亀裂が入り始めていた。

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