29

ボスからの命を受け、黒装束に身を包んだディスケ·ガウデーレの面々が飛びかかった。


黒人の男女――ソドとシルドを先頭にスキヤキたち調査隊へと突っ込んでいく。


石壁に囲まれたサゴール遺跡内で、金属と棍がぶつかる音が響き始める。


S字形を描いているサーベル――ヤタガンを持つディスケ·ガウデーレと、長さ約百八十センチ、直径約二センチの棍を構えた調査隊の真っ向からの戦争がスタートした。


「ユリ! お前は最後尾にいろ! 絶対に自分から手を出すな!」


「わかった! みんな死なないでよッ!」


その乱戦の中、ツナミがユリに向かって叫ぶと彼女が声を張り上げ、調査隊のメンバー皆もそれに応えていた。


今彼ら彼女らがいる空間の作りは、天井はかなり高く、広さは演劇や歌舞伎、演奏などを目的にしたよくある市民ホールほどのものだった。


スキヤキたち調査隊のメンバーたちはその広さを活かし、リーチで勝る棍を上手く使って戦う。


だがソドとシルドをはじめ、ディスケ·ガウデーレの面々も負けてはいない。


さすがは世界的な暗殺組織。


間合いを詰めては、確実に人体の急所を狙ってサーベルを振っている。


その凄まじい乱戦の中を、何もない荒野を進むかのようにクレオは歩いていく。


それはディスケ·ガウデーレの面々が彼女の前後左右で動き回り、けっして手を出させないようにしているからだった。


しかし、突然クレオの周囲で動き回っていた者たちが倒された。


「その歳でよくやる」


それは棍を構えたスキヤキだった。


スキヤキは年齢を感じさせない素早い動きで、クレオの部下たちを一掃してみせたのだ。


スキヤキが黙ったままクレオに棍の先を突きつけると、そこへソドが飛び込んできた。


先ほど倒した者らとは実力が違ったのか、ソドの振る斬撃でスキヤキは防戦一方になっていた。


ソドがスキヤキを押さえたことで、クレオは一度足は止めたものの、またすぐに歩き出していく。


調査隊のメンバーにも余裕がない状態で、もはや彼女を止められる者はこの場にはいない。


レミも皆と同じように棍を振って追いかけようとしたが、シルドによってその場に釘付けにされてしまっていた。


今はこんなところで時間を潰している場合じゃないと、レミが思っていると、そこへツナミが現れ、彼女に声をかける。


「行け」


「ツナミ……」


「さっさと行け。先生も皆も……そして不本意だが、オレもお前の力を頼りにしている」


「ありがとう!」


ぶっきらぼうな言葉でそういわれたレミは、ツナミの肩に飛び乗ると彼を踏み台にして目の前にいたシルドのことを飛び越えていった。


いきなりジャンプ台にされたツナミは顔を歪めていたが、飛び去っていくレミの背中を見ると笑みを浮かべていた。


Sen bir adamsın男前だね、あんた


「うん? 悪いが、トルコ語はわからん。喋るなら英語で喋れ、女」


Then I'll do thatなら、そうしてあげるッ!」


That would be greatそれは助かるッ!」


声を張り上げ、当然斬りかかってきたシルドに、ツナミは大声と棍で彼女に応えた。


――ツナミを踏み台にしたレミは、ディスケ·ガウデーレや調査隊の者らの頭や肩に飛び乗って移動しながら母を追った。


スキヤキの話では、サゴール遺跡の中は、出入り口からこの広がった空間を挟んで、クレオの目的である扉までは一本道。


当然母はそこへと向かっているはずだと、広がった空間から真っ暗な通路へと入り、全力疾走で駆けていく。


通路の先には灯りが見えた。


クレオが扉の前にたどり着いて懐中電灯でもつけたのかと思ったが、その光は別ものだった。


「よくあの乱戦の中を抜けて来られたな。さすがは私の娘だ」


振り返ったクレオが嬉しそうに言うその側では、彼女の周囲をインパクト·チェーンが輝きながら回り、扉の前の空間を明るくしていた。


そして、その光が飛散されて石壁に飛び散ると、まるで照明が付いた部屋のように視界が開ける。


「必ず来ると思っていた。受け取れ、これはお前のものだ」


クレオは、レミから奪ったインパクト·チェーンを娘に向かって放った。


受け取ったレミは、母から目を離すことなく、ゆっくりと距離を詰めていく。


そんな彼女を見たクレオもまた、娘へと歩を進める。


「私を止められるとでも思っているのか?」


「もう……母さんなんて怖くなんかない……」


次第に目つきが鋭くなっていくレミを見て、クレオは視線をそらした。


その悲しそうな表情で一度両目を瞑ると、再びレミに視線を合わせる。


「ならば、なぜ震えている?」


その言葉の後、気が付けばレミは吹き飛ばされていた。


遺跡内の石壁に叩きつけられ、彼女がすぐに立ち上がると、目の前には右腕に輝くインパクト·チェーンを巻いた母の姿がある。


「無理をするな、レミ。怖いのだろう? だが、それは私に対する恐怖ではなく、もっと己の内心にあるものだ」


母が歩を進めて近づいて来る。


レミはすぐに棍を構え直し、中段突きから逆打ち、そして回し打ちと見事な動きで連続技を繰り出した。


しかしクレオには通じず、母はインパクト·チェーンの力を使うことなく、最初の二撃を捌くと最後の回し打ちを跳躍して避けた。


それから空中で回転しながら、レミの側頭部へ蹴りを落とす。


その鉈でも振り落とされたかのような一撃でレミはダウン。


クレオは倒れた娘に向かって、そっと手を伸ばした。


「お前の恐れるものは、私がすべて振り払ってやる。だから、戻って来い」

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