27
――ユリがツナミや調査隊のメンバーたちと踊っていたとき。
彼女たちと少し離れたところに、レミは一人でいた。
両目を瞑り、彼女が誰に見せるわけでもなく静かに演武を始めると、スキヤキとの組み手で起こった現象――風が周囲に巻き起こり始めていた。
そのときと同じく落ち葉を巻き上げ、それが群れとなってレミの周囲を舞っている。
そんな彼女が起こした不思議な光景に引き寄せられたのか。
野生の鳥やネズミ、ノラの犬や猫、ヤギやキツネなどの小動物らが集まり出していた。
集まった動物らは何をするでも吠えるでもなく、ただ舞っているレミと木の葉の群れを眺め、その場に佇んでいるだけだった。
レミはそんな動物たちに気がつくと微笑み、演武をさらに激しくしていく。
だが凄まじく動き回っても、彼女の舞には周囲を威圧するような害意は感じられず、その微笑みと心の激情のまま踊っている。
そして、その演武を終えると、集まっていた動物たちがレミに近寄ってきていた。
彼女の体に身体を擦りつけて頬ずりし、または肩に飛び乗ったりしている。
「ずいぶんと上達したじゃないか。わかってきたようだな、自分のことが」
そこへスキヤキが現れると、レミの傍に集まっていた動物たちは一斉に逃げ出していった。
レミは名残惜しそうに動物を一瞥すると、スキヤキに返事をする。
「いえ、まだよくわかってないですよ。今のだって何も考えずに体を動かしていただけで……」
「武道の究極の境地は無心。恐れもなく、怒りもなく、緊張もなく、慢心もなく、ざわめく心もない。心は波紋一つない湖のように静かである。ただただ無心であれ……。まさかその境地までたどり着いていたとはな。どうやらわしはとんでもない逸材に教えていたようだ」
「からかわないでよ、先生ッ!」
レミが頬を膨らませて怒ると、スキヤキはニカッと年季の入った歯を見せた。
それからスキヤキは持ってきていたスポーツドリンクを放り渡すと、自分たちが立っている原っぱに腰を下ろした。
そんな老人に続き、レミもその場に腰を下ろしてペットボトルの蓋を開ける。
そしてスポーツドリンクをゴクゴクと飲みながら、先ほどスキヤキが口にした無心について訊ねた。
「無心とは、己の中にある雑念がない状態のことだ」
スポーツでも格闘技でも試合などで闘って優劣を決めることが当たり前になっている現代。
闘いである以上、当然そこに感情は芽生える。
それは一人ひとり違えど、大きく分けて、恐怖、緊張、怒り、己惚れなどの煩悩のことである。
これは武道などでよくいわれている“心技体”というように、まず“心”なのだ。
それは勝つことのみを優先する人間にはけしてできない。
「もちろん、このわしもお前の母クレオ·パンクハーストにもな」
「無心っていうのはわかったけど、それでも僕が母さんに勝てる理由にはならないじゃん……」
「やれやれ、まだわからないのか? そもそも勝つということ自体が間違っているんだ」
「わかんないよ……。僕が母さんよりも強いってことは勝てるってことじゃないの?」
「お前は考え過ぎなんだよ。もちろん考えることもときには大事だがな」
「で、でも僕が母さんを止めないと、アルバスティが出てきちゃんでしょ……」
アルバスティとは、インパクト·チェーンのあった遺跡――サゴールに封印されている魔物だ。
クレオはその魔物の存在を古文書を読んで知っているはずだが、封印された扉を開けて中にある、さらなる力を持った物を手に入れてようとしていた。
スキヤキたち調査隊の目的は、アルバスティの復活の阻止。
だが彼らでは超常的な力を持つチェーンブレスレット――インパクト·チェーンを使うクレオを止めることは難しい。
クレオに対抗できるのは、彼女と同じくインパクト·チェーンを使えるレミだけだ。
そのことがレミにプレッシャーを与えていた。
スキヤキは彼女に、母であるクレオよりも強いというが。
自分では母には敵わないと思っているレミは、ここ数週間ただ思い悩んでは先ほどのような演武を繰り返していただけ。
レミが悩んでいる理由は、もし本気で母と戦うのなら手加減などできず、殺すか殺されるかだと考えているからだった。
当然そんなことはしたくない。
そもそも母のもと――家を出たのは人を殺したくないからだ。
だがそれでも覚悟を決めねばらないと、レミは胸が締めつけられる思いでいる。
そんな彼女に、スキヤキは明確な助言をしてくれない。
遠回しに話をし、抽象的なことを口にするだけだ。
敵わないと思っているうえに、命のやり取りまでもしなけれなばならない。
ユリの前では決意したようなことを言っていたが、レミにはまだ母クレオと戦うことに迷いがあった。
しかし、もう封印を解くことができる日まで短い。
今いるギリシャからトルコのイスタンブール、そこからサゴールのある遺跡までは半日以上かかる。
すでに出発する予定よりも一週間は過ぎている。
明日にでも出ると聞いていただけに、レミの心中は穏やかではいられない。
俯くレミに、スキヤキは優しく声をかける。
「どうせなら、さっき動物たちが集まっていた意味を考えろ。さすれば道が開ける」
「なんでもそんな言い方するんだよ! もっとわかりやすく教えてくればいいのにッ!」
「お前の問題はわしにはわからんことだ。なにせわしはインパクト·チェーンも使えんし、無心にもなれん。できることは自分の経験からお前が間違った方向に行かないようにすることだけ……。これが老人の限界だよ。力に慣れなくてすまんな」
怒鳴ってきたレミに、スキヤキは変わらず微笑みを返すと、彼女の肩をポンッと叩いた。
納得がいかないといった表情をしていたレミだったが、そんな師の言葉を受け取り、それ以上はもう声を張り上げたりはしなかった。
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