25
――ソドとシルドの報告を聞いたクレオは、読んでいた本を閉じると椅子の背もたれに寄りかかった。
深く腰を埋め、首を伸ばして顔を上げる。
そして両目を閉じると、古い記憶を呼び覚ます。
「踊ろう、クレオ」
クレオの閉じた瞼の裏には、亡き想い人であるヤイバ·ムラマサの姿があった。
出会ったばかりの頃に、よく二人で過ごしていた森林での日々の思い出だ。
ヤイバ·ムラマサは日本人にしては大胆な男で、よく恥ずかしがるクレオの手を取って踊ることが好きだった。
最初は照れながら合わせていたクレオだったが、次第にそれがどれほど素晴らしく、愛情に満ちていたものだったのかを理解する。
今でも昨日のことのように思い出せる。
森林でヤイバ·ムラマサとクレオが踊っていると、周囲に風が巻き起こり始め、飛びかう葉の群れが二人を祝福するように舞っていた。
二人の踊りは子供が生まれたときにも続き、まだ赤ん坊だったレミの前で披露したこともある。
その葉が踊るように舞う不思議な光景は、泣いてばかりいた赤子のレミを喜ばせていた。
その頃には、すでにクレオとレミの右手首にはインパクト·チェーンがあった。
まだ超常的な力を発動できていない、クレオにも使いこなせていない時期だ。
インパクト·チェーンの力は、ヤイバ·ムラマサとのダンスの最中に起こった。
突然ヤイバ·ムラマサの手を取って舞っていたクレオのチェーンが輝き始めたのだ。
その現象にクレオが戸惑っていると、ヤイバ·ムラマサは踊りを続けようと言って彼女の腰に手を回した。
するとインパクト·チェーンは形や大きさを変え、二人を包むように変化し、周囲を舞う葉の群れと共に踊り出す。
気がつけばチェーンの放った衝撃で、クレオとヤイバ·ムラマサは宙へと浮かんでいた。
これにはさすがのヤイバ·ムラマサも驚いていたが、彼はクレオを深く抱きしめるだけだった。
二人はそのまま空に舞い上がりながら、ゆっくりと下降していく。
傍にいた赤子のレミは、その小さな両手をパチパチと合わせて笑っていた。
「思えば、あの頃が幸せの絶頂だった……」
両目を開き、その瞳に涙をためたクレオは右手で顔を押さえながら呟いた。
彼女にとっての幸せは、亡きヤイバ·ムラマサと娘レミとの何気ない日々だった。
殺し屋を辞め、トルコの片田舎で身を隠すように生きていた慎ましくも穏やかな生活。
レミが生まれたときに、彼女は意味がわからないまま涙が止まらず、その理由をヤイバ·ムラマサが説明してくれた。
これで自分たちは家族になったのだと。
彼の言葉を聞き、愛とは不思議なものだとクレオは思った。
彼女は、自分がここまで他人に惹かれるなど考えてもみなかったのだ。
愛とは、知らない自分を見つけること――。
世界が初めて開けること――。
クレオはもしヤイバ·ムラマサと出会わなければ、一生愛というものを理解できなかっただろうと思った。
生まれたときから無条件でもらえるはずの親の愛を受け取れず、ただ他人に利用されるだけの日々を過ごした彼女は、自分の娘にはちゃんと愛を知ってもらいたいと、深い愛情をそそいだ。
だが、そんな穏やかな日々は長くは続かなかった。
ヤイバ·ムラマサが病気で亡くなったのだ。
「君に頼みがある……」
「なんでも言ってッ!」
「チェーンを……その力を誰かに渡してはならない……。その力は、君だからこそ問題がないんだ……」
死の間際で彼に頼まれたことを守るために、彼女は自分の組織――ディスケ·ガウデーレを結成した。
それはヤイバ·ムラマサの遺言を守るため、世界中にある遺跡を調べ、そこで手に入る超常的な力を誰にも渡さないように考えたクレオが出した結論。
その後、たとえそれがどんなに巨大な組織が相手でも、ときには国を相手にすることになっても、クレオは遺跡を守り続けた。
命を懸けた戦いの日々。
娘レミとの距離ができ始めたのもその頃からだ。
それでもクレオは信じていた。
いつかは娘もわかってくれると。
だが親の心子知らずとはいったもので、レミは母の想いに耐えきれず、娘は彼女の前から姿を消した。
当然居場所はずっとわかっていたが、無理には連れ戻さなかった。
しかし、もうそんなことを言っている状況ではなくなった。
愛した男――愛を教えてくれたヤイバ·ムラマサの遺言を守るためには、もっと力がいるのだ。
サゴール遺跡の扉の先にある力を手に入れなければ、これからも続く戦いに勝利できない。
彼との約束を守れない。
だからレミを連れ戻そうとしたが、娘には拒絶されてしまった。
「でも、お前はきっと来るだろうな……」
レミの右手首に巻かれていた自分の対となるインパクト·チェーンを手に取り、クレオは娘とヤイバ·ムラマサのことを想う。
レミとユリが高台から脱出してからもう二週間が経過している。
あれから部下たちに探させたが、娘の居場所は見つけることができなかった。
おそらくは娘の逃亡を手助けした人物らのところにいるのだろう。
そして、扉を開けられる当日に、その人物らは確実にサゴールへとやって来る。
もちろん愛する娘――レミ·パンクハーストを連れて。
「あいつは、自分が利用されていることをわかっていない……」
クレオは、今度レミと顔を合わせたときは、多少傷つけても娘に教えなければと思っていた。
自分が父から与えられた力のことを、そしてなさねばならないことを。
「……もうこんな時間か。そろそろ食事の準備を始めないとな」
書斎にあった時計を見たクレオは、椅子から立ち上がると、部下たちの夕飯を作りに部屋を出ていった。
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