第27話 ヒカゲ

 ヒカゲと名乗った女の子は、良く言えば無邪気な、悪く言えば何も考えていなそうな笑顔のままで、櫻子を見つめている。


“ヒカゲ、さん?”

“そうだよー。あなたのお名前は?”


“春川櫻子です”

“ハルカワサク……ううん、長いからハルちゃんにしよう。ハルちゃんは年いくつ?”


“十五ですけど”

“じゃあ、中学生だ”

“いえ、おととい高校の入学式があって”

 あったはずだ。行きそびれてしまったので確かではないけれど。


“高一かぁ。わたしの一コ下だね。あれ? でもおととい入学式だったってことは、学年が変わったってこと? そしたら、もしかしてわたしもう三年生? うーん、だけど全然学校行けてないし、留年してるかも。どうかなぁ?”


“えーと……すいません、わたしに訊かれてもちょっと”

“あはっ、そうだよねー。それにどうせもう死んじゃってるみたいだし、関係ないか。永遠の十七歳みたいな?”


 ヒカゲは楽しそうだったが、場違いな明るさがかえって櫻子にうそ寒さを感じさせた。

 状況もさっぱり分らないままだ。今さらながら怖くなってくる。


“だいじょーぶ。そんなに緊張しないで”

 ヒカゲは櫻子に身を寄せた。真綿のように軽く、仄かな温かさに包まれる。

“楽にして、わたしに任せて。優しくしてあげるから。ね?”


“うひゃあっ!?”

 べろり、と首筋を舐められた。

“やめてよ!! あなた一体なんなの? わたしをどうするつもりなの?”


 無我夢中で振り払い、きっと睨みつける。

 怯んだら負けだ。本人の言葉を信じるなら、ヒカゲは元々は櫻子と同じ高校生であるらしい。ならば相手としては対等だろう。


“なにって、えっちくてきもちぃーことだよ?”

 闘志を燃やす櫻子に、ヒカゲは一片のためらいもなく抱きついた。

“あんっ”


 すかさず唇を合わせられ、陽虎とした時とは全然違う柔らかさに力が抜けて、開いた隙間から濡れた舌がにゅるりと入り込む。

 ぞくりとした。体の一番深い所に温かい蜜を垂らされたみたいだ。とろけちゃいそう。

 もっとほしい。わたしの中を満たしてほしい。とっておきの初めてをヒカゲにあげる。


 いいの?

 いいの。

 相手は女の子なのに?

 いいの。


 陽虎じゃなくても?

 いいの……なわけないじゃない! そんなのだめ!

 心の底から湧き上がってきた気持ちが、輝く熱い滴となって瞳からこぼれ落ちた。


“ひぎゃっ”

“ヒカゲさん!?”

 悲鳴を上げたヒカゲが頬を押さえる。櫻子の涙に触れた肌が、まるで強酸でもかけられたみたいに赤く爛れていた。


“ごめんなさい……わたし全然そんなつもりじゃなくて”

 悶えるヒカゲを櫻子はただおろおろと見守るしかできない。ヒカゲは怒った様子もなく、櫻子をなだめるようにぷらぷらと手を振った。


“あはは……へーきだって……すぐに治るし”

“で、でも、そんな弱々しい声で言われても……”

 説得力ゼロである。

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