一緒に……
蠢く音
ギリギリ、ギリギリと
まるで鉄の板を爪で
引っ掻いたかのような鳴き声
虫の群れのように、おぞましく
龍の群れのように、おそろしく
人ならざるもの
生きながらにして死んでいて
自分の意思など無くなってしまった者
それが、100人……いや1000人
ともすれば1万人、波のように押し寄せる
地上へ向けて落ちていく
短くも長い時の中でボクは
この、眼前の地獄に向けて
「……ごめん」
それは
これこら自分が引き起こす
さらなる地獄に対してのモノだった
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
爪のひと薙ぎで
数百の命が終わる
まるで砂のお城を
蹴りつけたような勢いで
眷属達が散らばり、飛んでいく
上下ふたつに別れながら
彼らは人間より頑丈で
人間よりも死ににくいが
急所は変わらないままだ
故に
わざわざ心臓を
握りつぶす必要が無い
「ふ……ッ!」
襲いかかってくる化け物の
牙をいなし、打撃を撃ち落とし
爪を振るわれる前に仕留めきる
1人の処理にかける時間は
およそ、コンマ数秒
「ガァァァァァァ!!!!」
奴らのひとりが
傷付いた声帯から血を流し
人間の間接の可動域を超えた
不自然な突撃を仕掛けてくるが
1歩、2歩踏み込んだ時点で
その不快な叫び声もろとも
血の海に沈むことになる
声を上げようにも
身体がなければ
それも叶うまい
その時の余波が周りに伝達し
圧力を産み、彼らを吹き飛ばす
それによって
アリに群がられる
死体のようだった視界が
ほんの少しだけ晴れる
「うっとおしいね」
理性がない
痛みも恐怖も感じない
知能も戦術も連携もない
彼らの頭の中にある
唯一絶対の行動原理は
恐らく`殺す`ことだけ
眷属っていうのは本来こんな
意思を持たぬ殺戮人形じゃない
彼らがこんな風になっているのは
きっと、頭上で
太陽のように赤黒く
おどろおどろしく輝く
彼女の血の影響だろう
襲いかかってくる彼らの
まるで、暗い釜の底のような
あの目を見ればわかる
憎悪に埋め尽くされた
あの、目を見れば。
ボクはそんな彼らを
血の力を使わず、素手で
一人一人確実に始末していく
前から襲いかかってくれば
即座に手足と心臓を破壊する
右から飛びかかってくれば
がら空きの首を丸ごと噛みちぎる
左と後ろ同時なら
貫手を2発叩き込み
哀れな生涯を終わらせる
決して囲まれないように
位置取りを計算して
なるべく前方に敵が
集まるように仕向ける
宙に舞う首
攻撃を繰り出す間もなく
絶命していく眷属たち
いなされては叩き込まれ
避けられてはねじ切られ
勝ち筋というものが
何ひとつ存在しない
誘導していく
望みの形へと
一網打尽にする為に
効率よく始末する為に
やがて
その時は来た
縦に、並んだ
丁度、当たる
待ち望んだ形になった!
そう認識するとボクは
拳を、強く強く握り込み
なんの予備動作も見せずに
渾身の一撃を`地面に向けて`
それも、ただ放つだけじゃない
姿勢を低く、地面と平行になるように
鋭い角度で、斜めから
力の入れ方を計算し
「——裏返れ」
地面が粉々に踏み砕かれる程の
強烈な推進力を得た一撃を
ぶちかました。
空気が揺れ、続いて
やってきた凄まじい轟音!
まるで隕石でも落ちたような
火山が丸ごと爆発したような
荒唐無稽なまでの衝撃だった
地面に突き刺さったボクの拳は
あまりに度を超えた威力を持ち
そんなものを
斜めから打ち込まれた結果
物理法則などなんのその
地面は、砕けることなく
この大通りの道ごと
舗装されたコンクリートの
地面ごと`ひっくり返った`
例えるならそれは
自分が立つ地面ごと
空中に放り投げられた
そんな状況だ
その被害範囲は
数百メートルに及ぶ
足場ごと吹き飛ばされたせいで
約7割の眷属が為す術なく
空中にばら撒かれていった
そして
ボクは拳を振り抜いた時の
地面を蹴って生まれた勢いを
そのまま跳躍へと利用し、飛んだ!
数十メートルの距離は
一瞬のうちに縮まり
完全にバランスを崩し
空中でもがく彼らを
通り過ぎざまに切り裂いていく
何度も、何度も、何度も
加速する視界の中で
この目が捉えるもの全てを
一切合切に切り捨てる
前後、上下左右と
敵の散らばりが立体的になり
攻撃を受ける心配が消えたことで
全神経を
目と両腕に集中させられる
何百、何千と繰り出される斬撃
数多の命を奪いながら、それでも
全てを切る
全てを屠る
やがて
気付いた時には
視界に映るものは
どこまでも灰色の空と
かつての活気を思い起こさせる
今では無意味な建物だけだった
ふと
後ろを振り返ると
無数の血の花びらを散らして
無様に落ちていく彼らの姿
そして、未だ地上で蠢く
残りの3割の眷属たち
長い、長い滞空時間を終えて
無くなってしまった地面に着地する
遠くからは
ボクを殺すために
理性を失った化け物が
うじゃうじゃと
こちらに押し寄せて来ている
来る、来る、来る……
仲間の死体を踏みつけて
悪路に躓き転げ回り
狂乱に呑まれてやって来る
「……来いッ!」
そして
最後の殺戮が始まった——
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
雨が、降っている
灰色の雨が降っている
崩れた城の真ん中で
1人の女が倒れている
「——ぁ」
何かを言おうとして
呻いているソイツは
近くで、自分のことを
見下ろすボクのことなんて
視界に、入っていないみたい
虚ろな瞳で
遠くの方を見つめて
動かせない体を
何とか動かそうと
入らない力を入れようとする
その様子はまるで
何かにしがみついている様で
何かを守ろうとしている様で
「……もう、いっていいんだよ」
見て、いられなかった
彼女は
ボクの言葉に目を見開いた
何を思ったのだろう
喋れない
起き上がる事は出来ない
だってそうだろう、彼女は
既に心臓を失っている
`国民`という心臓を既に
雨に打たれる
風が吹いて血の香りがした
彼らの、国民の、家族の匂い
「——ぁ、」
彼女が何か言っている
「……どうしたんだい」
しゃがみこんで
言葉を聞こうとする
すると微かに
何か、聞こえてきた
ほとんど吐息
人の耳には聞こえまい
しかしボクは
吸血種、だから
聞こえてしまった
「……あぁ……良い、国……
人が、たくさん……いて……」
遠い日の懐かしい出来事を
子供に話して聞かせるように
優しく、優しく
楽しそうに、嬉しそうに
「寿命で、お別れは、辛いから
みんな、家族に、なりましょう
……大丈夫……アタシと、同じに
なる、だけよ……だい……じょうぶ
きっと、大丈夫、だから
あたしと……家族に……みんな……
きっと……いっ……しょ……に…………」
「——今度は、一緒に居られるさ」
雨は
止まない
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