2人目の吸血種と赤い霧



ボクは

雪の山を疾走している


ただの1度の踏み込みで

恐るべき距離を飛んでいく


視界は歪んで

空間を切り裂き

この地獄を突き進む


この山に生き物は居ない

植物ひとつ生えやしない


風が吹けば

全てが凍てつく


まるで冷たい剣のような

雪の礫が絶え間なく吹き荒れる

ここはそんな過酷な環境だった。


そしてボクは今

全速力を出している


この地に足を踏み入れてから

なりふり構わずに全力で


配慮も遠慮もない

環境破壊もいい所だ


なぜ


なぜそんなことを

このボクがしているか


その答えは

もう間もなく分かる


この先にある

とても大きな気配

そしてその周りにある

`人間達`の気配


それが一体どんな

意味を持っているのかが——


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


——血潮が舞っていた


目を懲らす事でようやく

微かに見える赤い粒が


夥しい数

空中で暴れ狂っている


それは1人、また1人と

哀れな人間を飲み込んでいく


すると人間は形を失い

ただの赤い霧に代わる


それが何回も何回も

繰り返されている


そして


その少し離れたところで

大地を揺らす爆発が起きた


爆心地に居るのは男

彼は、傷ひとつ負っていない


だというのに彼の周りには

まるで糸の切れた人形のように

ゴミのように横たわる人間の数々


そこには

上半身が無いもの

片腕が千切れたもの


首から腰にかけてが

`空洞`になってしまったもの


それらは全て、あの男

背中から無数に枝分かれした

赤黒い線のような物が生えている


あの男が引き起こしたものだ


彼は、ボクが探していた

滅ぼすべき吸血種だった。


「——うおおおおおお!!!」


雄叫びを上げながら

ホワイトベールの向こう側から

1人の戦士が、男に襲いかかった


男は身動きをしなかった

その代わり、空中に浮いている

あの線が、何百何千と枝分かれし


その1本1本が時間差を付け

タイミングをずらし死角に周り

哀れな戦士に襲来する。


あれは人間には避けられない

捌くどころか触れただけで死だ


あれではもう助かることは——


「——っ!」


吸血種の男は

明らかに動揺した


予想は裏切られたのだ


戦士は死ななかった

いや、無傷では無い


避けた訳でもない

あの赤黒い線は全て


1本たりとも余すことなく

`戦士の左腕だけを貫いた`のだ


どんな理屈かは分からないが

何か仕掛けがしてあるのだろう


——それを認識してすぐに


攻撃を受けた箇所は

跡形もなく砕け散った


——ボクは飛んだ


しかし


その戦士は止まらない

決めた覚悟の表情は

一片たりとも曇らない


——静かに、気配を殺し


並大抵の生き物では

吸血種が持つ能力のせいで

近付くことすら叶わないというのに


——吸血種の動体視力を超える速度で


遠くの方で吹き荒れる

人を霧に変える赤い粒や


先程の爆発と

左腕を犠牲にする覚悟


それら全てがあの

人間に仇なす吸血種を

滅ぼすための作戦だったのだろう


勇敢な戦士の

ただ1本残った腕に

ボクらを封じる光が集まる


アレを直接体に打ち込まれれば

どれだけ力が強くても関係ない

吸血種はそれで、一生封じられる。


「あああああっっ!!!!」


死に物狂いの一撃


そして


そして



英雄は誕生しなかった


無慈悲な結果だけが

白銀の世界に残された


1度の瞬きの後

そこにはもう


真っ赤な霧が

掛かっているだけだったのだ


吸血種は

奥の手を持っていた


人間の策を上回る

奥の手を


遠くの方で浮かんでいた赤い粒

アレが、戻ってきたのだ、ここまで


霧に飲まれた

あの人間の戦士は

それまでの被害者達と同じく


人の形すら残さず

この世から完全に消え去った


人類の反撃の牙は

あと一歩届かなかった


戦士は死んだ


主を失い

自重によって落下する

光り輝く右腕を残して


人間は負けた

この場で生き残っているのは

あの、吸血種の男ただ1人のみ


人間は負けた


「……つまらん」


吸血種の男が

戦いの跡を見下ろして

無感情に呟いた。


戦争は終わった

戦いは吸血種の勝利だ


けれど




まだだ


がら空きの背中

たった今殺戮を繰り広げ

敵を討ち滅ぼした吸血種の


隙だらけで

危険を感じてない

ヤツの、その背中


——まだボクが居る!!


「……なんだ!?」


殺気を感じて


ヤツが振り向いた時にはもう遅かった

迎撃の準備は、もう、間に合わない


超高速で

突然飛来した敵に

奴は対応できなかった


気配を殺しきっての

完全なる不意打ち


奴はそのままボクに

体ごと心臓を抉り飛ばされた!


飛び込んだ勢いのまま

ボクは雪山の地面に衝突し


派手に

振り積もった雪を散らし


吸血種の男の血しぶきと

真っ白な雪の結晶に降られた


この手は血に濡れていた


「な……キサマ、いつ——」


死に際のセリフは

吐き切れなかった


純白の世界の中に

秩序を乱す赤いシミ


その中に

力なく倒れる吸血種

強大な命は終わりを告げた。


辺り一帯は死体だらけで

惨劇の跡を物語っているが

きっとそれもやがて消え去るだろう


この降り積もる雪に覆われて

何もかもが下地となっていく


「終わったんだよ

ボクらの時代は」


血の跡は既に

消え始めていた。


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