同族殺しの吸血種 吸血種シリーズ1
ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン
幾度目の感触
「——どうして、どうして!
放っておいてくれないのだ!」
この屋敷の中で、もはや
唯一の生存者となった同族の男が
逃げ場が無いことを示す
キラキラ豪華な壁を背に
半ば狂気に呑まれかけている顔で
ボクに向かって怒鳴り散らしている。
ここは、屋敷の中の廊下
そして逃げ場のない袋小路
彼を守るべく襲いかかって来た護衛は
今では物言わぬ骸となって
ボクの背後にゴミのように散らばっている。
壁の至る所に傷跡があって
血の跡が、美しい装飾の施された
床を台無しに彩っている。
それを呆然と眺めながら
男はゆっくりと喋り始めた
「……俺はただ、穏やかに
静かに生きたかっただけだ」
彼の口から零れたのは
そんな切実な願いだった
同情の余地はいくらかある
確かに彼は善良に生きてきたし
人間の社会に上手く溶け込んでいた
無駄な被害も出していない
悪逆非道の欠片も行っていない
この場で悪者なのは
ボクの方なのだから。
しかし
「ボクにとっては
キミがどんな願いを持って
どんな生き方をしていても
`ただそこに生きている`
それだけで、滅ぼす理由になる
ただ、吸血種である
それだけの理由でね」
重たい沈黙が流れる
どんよりとした空気が
この場を支配している。
「……同族だろうが」
「だからこそ、だよ」
「……そうか」
ボクの答えに何を思ったのか
ぽつり
ただひと言だけ
俯きながら彼はそう言った。
その姿は酷く無防備で
命を奪うことなど
実に容易いと思えてしまう
しかしボクは
まだ手を出さない
どれだけ無抵抗に見えても
どれだけ戦意が伺えなくても
我ら吸血種は
いつだって
強大な生命であるお互いを
ただの一撃で滅ぼせるのだから。
姿勢は低く
目を凝らし
どんな奇襲にも反応出来るよう
壁や天井、背後に加え屋敷の外
当然目の前の男にも
ありとあらゆる知覚を広げ
神経を研ぎ澄まして身構える。
そうして待つこと数分
限界まで張り詰められた
緊張の中で、男が突然
フッ……と
「少しくらい、油断してくれよ」
と、自嘲気味に笑いながら
こっちの方を向いて言った。
そのまま数秒
凍てついた時間が流れ
`その瞬間`は突然訪れた
それは
まさしく強襲
一切の気配
一切の予兆も見せず
彼は爪を振りかぶった!
0から100へのフルスロットル
背後の壁をジャンプ台にして
自然界の生き物では到底不可能な
爆発的な瞬発力で放たれたそれは
彼を支えていた壁を
粉々に吹き飛ばした
敵が襲来する
我々吸血種の急所、心臓を
上半身ごと削り取らんと迫る
この世のものとは思えぬ程の
速度を宿したその攻撃は
しかし逆に
振るわれる爪ごと肘から先を
ボクに切り飛ばされてしまった。
「く……っ!」
男の顔が
苦悶に歪んだ
己が出せる最高速を
最高のタイミングで
ぶつけたにも関わらず
真正面からそれを
打ち破られたのだから
その反応も当然だろう
即座に失った腕を再生
追撃に備え、身構える
ボクはすかさず
反撃に移った
それを見て
彼は両腕を前に出し
致命傷を貰うのだけは
何としても避けなくてはと
防御の姿勢を取ったが
そこで彼は初めて
己の身に起きている事を把握した
「腕がっ!?」
まだ再生が
終わっていなかったのだ
生まれた守備の隙間
驚きによる精神の動揺
それに加え先程の
奇襲を打ち破られた反動で
やや傾いている体勢
結果
二撃、三撃と繰りだす攻撃を
彼は捌き切ることが出来ない
彼の体は瞬く間に
ズタズタに切り刻まれていく
再生で手一杯になる
下がろうにも
引くための後ろが存在しない
一瞬にして追い詰められた彼は
急所に向けて突き出す
ボクの一撃を止められなかった
「あ……」
胸に突き刺さったボクの腕を見て
彼はまるで子供のような声を上げた
生暖かい感触が
手の中に広がる
ドクンドクンと
鼓動を繰り返している
命の宝箱
ボクはそのまま
心臓を握り砕き
そして全てが終わった。
手のひらに残る
幾度目かの感触
左胸から腕を引き抜く
彼の体は膝から崩れ落ち
そのまま力なく座り込んだ。
壁にへたり混んで
ドバドバと胸に空いた穴から
大量の血が流れ落ちて床に溜まっていく。
……本来
吸血種の体からは
血が流れ落ちることは無い
1滴1滴が莫大な力を秘めた
`血`とは名ばかりのエネルギー
それが、決して止むことの無い
雨のようにこぼれていく
吸血種の心臓は
命を溜めておく場所
それを壊されたら最後
もはや、助かる道は無い
それは、どれだけ長い時を生きた
強力な吸血種でも例外は無いのだ。
故に
まもなく彼は死を迎えるだろう
「どう……して……」
「……君は穏やかに生きすぎたんだ
血など、しばらく吸っていないだろう
戦ったことも無かったはずだ、だから
知らなかったんだな
再生力が落ちていることを」
そんな語り掛けは
彼の耳には届いていない
その瞳が何かを捉えることは
もう、ない
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
次の日の朝
人々が行き交う街では
1つの噂話が渦巻いていた
`北にある御屋敷に住んでいる
貴族が何者かに殺されたらしい`
この街に住む人間なら
知らぬ者の居ない存在だったし
ただでさえ最近は
目立った事件など起きず
平和ボケしていた住民にとって
これはかなり
強烈なニュースだった。
`あの屋敷の貴族、殺されたって?`
`なんでも盗賊に入られたらしい`
`気の毒に、良い人だったのに`
`ひでぇ話だ、皆殺しだとよ`
どこもかしこも
そんな噂話で持ち切りで
件の事件を引き起こした身としては
少々、居心地の悪い朝となっていた。
ありふれた宿屋
2階の部屋で目を覚ましたボクは
窓の外を見ながら朝食のパンを食べている
まさか
昨日の今日でもう
殺害が露見しているとは
さすが、人間社会に関わって
生きていた吸血種なだけある
聞こえてくる話の中にも
彼のことを悪く言ったりする
モノは聞こえてこなかったあたり
相当、慕われていたのだろう
……せいぜい恨むといい
ボクは逃げも隠れもせず
真っ向から君の、いや
`君たちの`恨みを買うとしよう
「ボクはこれからも
同族の死体を積み重ねよう」
未だ握り砕いた心臓の
感触が残る手で食べるパンは
どこか血の匂いが
香っているようだった。
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