魔物襲来

「さあ、今のすべてをぶつけてみなさい」



 森の中、開けた場所で錫杖を手に持ったじいちゃんが少し離れた所でぽつんと立っている。

 俺はじいちゃんの言葉を受け、手に魔力を集中させる。体の中を流れる魔力が手に集まってくるのを感じる。俺は手の平を空に向け、集まった魔力を放出する。

 空に向かって火の柱が立ち上る。手から離れた火は宙でメラメラと燃えている。



「焼き喰らえ、フレイムドラゴン」



 言い終わると同時に、指パッチンをする。宙でメラメラと燃えていただけの火が竜の形へと姿を変え、竜はじいちゃんの方に一直線へ飛んでいく。



「……大きくなったのう」



 じいちゃんは手に持っていた錫杖しゃくじょうを地面に2回打ち付けた。

 シャンシャン、と音を立てた直後、じいちゃんはろうそくの火を消すみたいにフッと息を吐いた。

 その息に煽られ、竜の形を成していた火はあっけなく霧散した。

息つく間もなく再び魔法を唱える。



「握りつぶせ、アースハンズ」



 音を鳴らすように両手を合わせると、両の手に魔方陣が浮かび上がった。それを地面に勢いよく叩きつけ、魔力を流し込む。

 じいちゃんの両隣、数メートル先に魔方陣が現れた。そこから巨大な手がじいちゃんを挟み込むように勢いよく伸びる。



「うむうむ。なかなかに良い」



 じいちゃんはまた、錫杖を2回打ち付けた。じいちゃんを包むように結界が張られ、魔法は届かない。



「複合魔法、ウォーターウィラン!」



 右手を前方に突き出すと、巨大な水の槍が手の魔方陣から出現する。風属性を付与したそれは、高速で回転を始める。

 これで貫通力は大幅に上がる。あの結界だって破れるはずだ。



「いけ!」



 水の槍は勢いよく発射した。さらに風魔法で強力な追い風を生み出し、速度を上げる。これならきっと――。



「非常によろしい」



 じいちゃんは錫杖を地面に突き刺した。シャン、と澄んだ音が鳴ったあと、大環だいかんにかけてある内の一つの小環しょうかんが錫杖から離れ、巨大化した。

 それはじいちゃんの前に立ちはだかり、ウォーターウィランは輪の中に吸い込まれていった。吸い込まれると、さっきまでの勢いが嘘みたいにウォーターウィランは姿を消した。歯噛みしている俺にじいちゃんは優しく微笑みながら、人差し指で空を指さしていた。



 誘導されるように空を見ると、もう一つの小環が俺の頭上に浮いていて、その輪の中から先ほど俺が放ったはずのウォーターウィランが降ってきた。



「ワープはずるいって!」



 俺は瞬時に魔力を込め、さっきじいちゃんがやったように自分の周りに結界を張る。張り終えてすぐ、重力の力も加わった貫通力のあるウォーターウィランが結界にのしかかった。

 破られないよう意識を上に集中させたそのとき、正面にいるじいちゃんから再び魔力反応があった。



「上ばかり見ていては、掬すくわれるぞ」



 じいちゃんは地面に刺さっていた錫杖を手に取り、2回打ち付けた。



「貫きなさい、ファイアスピア」



 ほんの一瞬、錫杖の先が光るのが見えた。次に見えたのは、結界に開いた小さな穴。穴の周りは少し焼け焦げている。

 頬になにか感触がある。手で拭うと、血がついていた。あまりにも早すぎて死人すらできない。それに、あと少し軌道がずれていたら死んでいた。



「ここまでだな」



 じいちゃんは開いた左手を俺の頭上に向けて突き出し、拳を握った。その瞬間、結界にのしかかっていたウォーターウィランは一瞬で気化した。

 俺は両手をあげ、大きくため息をはく。



「降参降参、かないっこないよ」

「じゅうぶん素晴らしい。もうアルバートは私を超えとるよ」

「そんなわけないじゃん。ファイアスピアなんて、初級も初級の魔法に殺されかけるようじゃ、正直自信ないよ」

「それは、私がまだ肝心のことを教えていないからじゃ」

「肝心なこと?」

「うむ、それはのう――」



 それからじいちゃんは、その大事なこととやらをいろいろと教えてくれた。基本的にこの世界で魔法を使う際は何かを媒介に発動することが一般的らしい。じいちゃんは錫杖を媒介にすることで、本来持つ魔力の何倍もの力を発揮することができる。



 かといって俺がその錫杖を使えば何倍もの力がでるのかといえばそういうわけではない。

 媒介にするのものは各々違う。合わない媒介物を使うとかえって何倍もの魔力を消費したり、魔力が制限されるらしい。



 てかそれって……。



「そんな重要なことしらずに、俺は15年間も……」

「大事なことじゃ、いずれわかろう」

「で、俺の媒介物って、なんなの?」



 じいちゃんはポケットから水晶を取り出した。



「ここに、手を」



 言われるがまま、じいちゃんが持つ水晶に手をかざした。



「魔力を流してみなさい」



 魔力を流す。水晶の中で、どす黒い霧のようなものが不気味に蠢いている。



「じいちゃん、これって……」



 じいちゃんは、水晶をまじまじと見つめている。なにかを懐かしむような、だけどどこか寂しそうな目つきをしている。



「……じいちゃん?」

「あ、ああ。アルバートの媒介物は……」



 数瞬、耳をつんざくような爆発音が鳴り響いた。地面が激しく揺れ、思わず腰をつく。



「な、なんだ!?」



 取り乱す俺とは違って、じいちゃんは凜と立っている。ただ一点を見つめて。

 じいちゃんが見つめる目線の先に目をやると、そこにはまがまがしい魔力を身に纏う男が立っていた。



 肩ほどまである長い白髪に端正な顔立ち。どこぞの貴族を思わせるような服装に身を包んでいるせいか、不気味さと上品さを混在させている。

 緊張感が走る。空気が張り詰めていて、身動きをとろうにもとれない。

 男は俺たち二人を見ると、左手を胸に沿え、右手を水平に伸ばして礼をした。



「お初にお目にかかります。わたくし、元魔王軍魔王直属護衛兵が一人、ジョゼフと申します」



 ボウアンドスクレープ。禍々しさのわりにはやけに紳士的だ。



「あなた方には、少し付き合ってもらいます」



 男は大きく息を吸い、そして口から黒い煙を吐いた。煙はあっという間に広がり、四方に薄い膜を張った。先ほどまで降り注いでいた陽の光はどこへやら、辺りはまるで夜になったように暗くなった。



「じいちゃん、この人って……」



 じいちゃんは俺に一瞥も与えず、口を開いた。



「アルバート、あれは人ではない。魔物だ」

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