ダメ魔女の王子さま探し 〜追放されたので、シスコン銀髪弟と旅に出ます!〜

みみぞう

第1話 ダメ魔女、旅に出る

 わたしはこの部屋が苦手だ。

 いや、はっきり言って嫌いだ。

 黒で統一された部屋。正直、悪趣味だと思う。


 わたしは落ち着かずに、腰まで伸びた銀髪の先を触った。

 目の前には、これも黒いテーブルクロスが敷かれた長テーブルがある。

 そこには伯母や大伯母、それから従姉妹に再従姉妹はとこまで……二十人ほどの姿があった。みな、異様に背もたれの高い椅子に腰掛けている。

 わたしはテーブルの端で、ひとり立たされていた。


 今日でわたしは十六歳になる。

 つまりこれはお誕生日会……違う。断じてそんな雰囲気じゃない。

 気分は断頭台の前に連れてこられた、死刑囚だ。いや、火あぶりのために縛り付けられた魔女、のほうが正確かもしれない。

 彼女らはチラチラとこっちを見ては、バカにしたような笑みを浮かべる。


 声に出さなくたって、何が言いたいかは分かる。

 アーデルハイトの面汚し、だ。

 我が親類ながら、ほんとうに失礼な連中だと思う。


「──レナ」  


 テーブルの一番奥に座る女性が、わたしの名を呼んだ。

 同時にクスクス笑いが止み、しん、と部屋は静まりかえった。

 声の主は、床まで届く銀髪の女性だ。艶やかな美しさがある。大陸で最も高名な魔女の一族、アーデルハイトの当主だ。

 そして、わたしの母でもある。

 目が合って、わたしは思わず背筋を伸ばす。


「あなたには失望しました」


 氷のように冷え切った声を投げかけられて、身震いせずにはいられない。


「ここにいても、あなたに未来はない。アーデルハイトの一員として、あなたは相応しくない」


 母の声は、厳しさに溢れている。

 そうなのだ。わたしは魔法を……一切使うことができない。

 原因はわからない。

 魔女なのに、魔法を使えないのだ。


 そんな矛盾に満ちた者が、当主の娘だからといって、アーデルハイトに名を連ねるのは、確かにおかしい。

 母は、わたしの碧色の双眸をじっと見た。

 そして重々しく告げる。


「よって、あなたを追放します」


 ──追放。


 その宣言にわたしは震えた。

 半ば予想していたけれど、肩が震える。感情を、抑えられない。


「……本当ですか?」

「一族の決定です。覆すことはできません」

「……」

「レナ、あなたの気持ちは分かりますが──」

「本当に追放していただけるんですねっ!?」


 テーブルを両手で叩いて、わたしは飛び跳ねるように叫んだ。


「”していただける”?」


 部屋がざわめいた。

 怪訝そうに、母が眉をひそめて問い返す。

 わたしは思わずガッツポーズを……は、母の刺すような視線に気づいて、慌てて引っ込める。


 いけない、つい興奮してしまった。

 でも、これが冷静でいられるわけがない。

 追放!

 その甘美な響き。素敵すぎる響き!

 わたしが十六年間、待っていた言葉なのだ。これって最高の誕生日プレゼントじゃない!


「気を引き締めなさい! レナ、これからあなたには大きな試練が──」


 母のありがたいお説教は、右の耳から左の耳へと抜けていった。

 わたしは背を向けると、扉へと走っている。いや、スキップしていたかもしれない。

 扉の一歩手前で、足を止める。振り返ると、わたしは親戚一同に深々と頭を下げた。


「皆さま、お世話になりました! レナ・アーデルハイト、ただちに追放される準備をして参りますっ♪」


 わたしはウキウキだった。

 魔女だなんて、今どき流行らない。

 やっと……そう、やっと!


 ──王子さまと巡り会うチャンスが到来したのだ!





 翌日の早朝、わたしは旅立った。

 早春の冷たい風が木々を揺らしていた。

 見送る者はいない。

 両手で抱えたトランクケースはずしりと重い。

 でも、不思議と足取りは軽い。


 かごの中の鳥は今日でおしまい。

 そう、わたしは自由になるのだ!

 館の前に停められた馬車に、わたしは意気揚々と乗り込み──。


 「げっ……!」


 旅立ちの清々しい朝に、不釣り合いな声が出てしまった。

 馬車には先客がいた。 

 その人物と目が合う。

 座席に座っていたのは銀髪の……物憂げな顔をした美少年だった。

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