【完結】弟の婚約破棄を阻止して、俺は愛する婚約者と幸せになってみせる!

渡辺 花子

第1話 卒業パーティー始まる

 天井に並んだ豪華なシャンデリアが、贅沢な装飾が成された天井や壁を照らしている。舞踏会さながらに飾り付けられたホールに、多彩なドレスを身にまとった生徒達が彩を添える。

 学園内のホールとは思えないこの場所では、アルトワ国の貴族と裕福な平民が学ぶギレロイ学園の卒業パーティーが開かれている。卒業生達が、学生最後の羽を伸ばすパーティーだ。


 ホールの端で同級生達が踊る様子をぼんやりと眺めているのは、リュドヴィック・アルトワ。

 まるで光り輝いているような見事な彼の金髪は、寝癖でピョンピョン跳ねている。

 白み始めた夜明けの空みたいに澄んだ藍色の瞳は、眠たそうに半分閉じている。

 百九十センチ近くあるはずの長身は、猫背で丸まった背中の印象しか与えない。

 美しい刺繍の施された仕立ての良い燕尾服は、ボタンを掛け違えたわけでもないのに着崩れた様相。

 それでも彼が、このアルトワ国の第一王子であることに間違いはない。


 この国の第一王子であれば、今頃は令嬢達に囲まれて休む暇もなくダンスを踊っているはずだ。だがリュドヴィックは、ホールの隅に一人でぼんやりと突っ立っている。

 そんな場所に突っ立っているからといって、人々がリュドヴィックの存在に気がついていない訳ではない。第一王子だというのにくたびれ切ったリュドヴィックは、残念ながらかえって目立つのだ。

 目立つのにも関わらず、誰もリュドヴィックにダンスを申し込まない理由は簡単だ。リュドヴィックがダンスを踊れないと思われているからだ。




「お待たせしました、リュド様」

 オレンジ色の髪に緑色の瞳を持った、小柄な女性が両手に飲み物を抱えて現れた。

 それを見ていた周りの生徒達が「女性に飲み物を持って来させているよ」「仕方がないわ、『まどろみ王子』ですもの」と、顔を顰めながら聞こえよがしにヒソヒソと噂をするのも毎度のことだ。


 藍色に金糸の刺繍を贅沢に施したプリンセスラインのドレスを着たコハリィが、リュドヴィックにグラスを差し出す。

 目が半分しか開いていないリュドヴィックは、グラスを上手く受け取れず自分のコートに飲み物がかかってしまった。

 コハリィは慣れたものでサッとハンカチを取り出すと、リュドヴィックの汚れたコートを拭いてあげている。


 その様子を見ていた周囲から、嘲笑とため息が漏れる……。

「グラスもまともに取れないとは……」

「いつも半開きの目で、眠そうにぼんやりとウトウトしているから!」

「動きも緩慢でイラつくほど鈍いんだから、そりゃ『まどろみ王子』と呼ばれるよな」

「コハリィ様も気の毒だわ、第一王子の婚約者とは名ばかりよね」

「婚約者と言うより、『まどろみ王子』の世話係だな」

 クスクスと嘲笑う声が聞こえるのも、毎度のことだ。


 コハリィはコート拭きながらリュドヴィックを上目遣い睨むと、周囲には聞こえない小声で文句を言う。

「リュド様、ちょっとやり過ぎじゃないでしょうか?」

 リュドヴィックは周りにその顔を見せない為にうつむいて、半開きの瞼を開いて澄んだ藍色の瞳をコハリィだけに見せる。その顔は悪戯っ子そのものだ。

「そう? いつも通りじゃない?」

「やり過ぎです! リュド様が馬鹿にされてしまいます」

「いつものことだよ。俺にとって重要なのは、王太子にならないことだ。周りにどう思われても構わないよ。それに本当の俺を知っているのは、ココだけでいい」

 リュドヴィックは最後の言葉を、わざとコハリィの耳元で囁いた。

 耳まで真っ赤に染め上がったコハリィは、恥ずかしさと嬉しさで目を潤ませながらリュドヴィックに訴える。

「わたくしだって、リュド様の本当のお姿を他の方には知られたくないです。ですが、それとリュド様が馬鹿にされるのが許せない気持ちは別物なのです!」

「そうかなぁ」

「そうなのです!」


 こんな風にまどろみ王子と婚約者が甘い口喧嘩でじゃれ合っているとは、誰も思わない。国のお荷物となった第一王子とその婚約者には、誰も興味を寄せないのだ。

 卒業パーティにはリュドヴィックとコハリィを含んだ卒業生が全員集まっているが、同級生なのにも関わらず二人を気にかけている者は誰もいない。二人はいつも通り誰にも気にかけられることなく、二人の穏やかな時間を楽しむつもりだった。

 卒業パーティーに遅れて来た二人による、嵐に巻き込まれるまでは……。







 ホールの入口付近から、騒めきが聞こえてきた。にこやかに談笑していた生徒達が、入口へ目を遣ると皆顔を顰めてしまう。

 ホールの中央でダンスを踊っていた生徒達も騒ぎに気付き、入り口に目を遣るとステップがピタリと止まる。そんな様子を何度も目にしたリュドヴィックとコハリィも、さすがに何かあったのだと察して入口へ目を向けた。

 入口は二十段程の階段を降りると、ホールに降り立つ造りになっている。今日は特別に階段には、王家の象徴でもあるアイリスが色鮮やかに飾られている。

 パーティーがここまで華やかなのは、卒業生の中に二人の王子が含まれているからだ。


 リュドヴィックと同じ年の異母弟である第二王子のフェリクスが階段の中ほどに立ち、二コラ・クロネッカー男爵令嬢をエスコートして仲良く微笑み合っているのが見えた。二人はもったいぶってゆっくりと階段を降りて入場している真っ最中だった。

 

 さっきまでリュドヴィックを馬鹿にしていた生徒達が顔を顰めて、今度は第二王子達への不満をこぼし始める。自分達の為でもある卒業パーティーに、不穏な空気を持ち込んだ二人に苛立ちを抑えられないのだ。

「ちょっと、あれ……」

「ちょっと、本気? 帰りたい……」

「学園でも目に余るくらいベタベタしてたから、いつかやるとは思っていたが、今日かよ……」

「わたくし達の卒業パーティでもあるのに、あんまりだわ」

「揉め事にならなければいいけど……」

「それは昇った太陽を沈むなと願うのと同じくらい無理な願いだろうな」


 不満も口から出てしまえば満足するのか、生徒達は今度は二人を嘲笑い始める。

「自信満々に歩いているけど、ニコラのドレスは地味じゃない?」

 ニコラは光沢のあるベージュの生地に、茶色の糸で刺繍されたドレスを着ている。華やいだ色が多いパーティ会場では、地味と言われても仕方のない組み合わせだ。


「仕方がないわよ。第二王子殿下が地味だもの。茶色い髪に、薄茶色の目、ついでに身長も平均身長じゃねぇ。ドレスが派手になる要素がないわ」

 フェリクスの髪と目の色は、この国で一番多い茶色だ。どこにでもいる平均的な容姿の王子様というわけだ。ちなみに、フェリクスは成績も平均的である。


「地味な上に第二王子で王太子になれるんだから、ついているわよね『平凡王子』なのに」

 何を取っても平均的なフェリクスに付けられた渾名は、『平凡王子』だった。

 『まどろみ王子』に『平凡王子』とは、アルトワ国の王家が貴族や国民に馬鹿にされているのか? 親しみを感じられているのか? おそらく前者だろう。


「第一王子が『まどろみ王子』だからなぁ、見た目は良くても中身が空っぽだ。まだ平凡でも能力がある第二王子の方がましだと判断したんだろう」

「だが第二王子も似たようなものだろう。優秀とは言い難い」

「そうね、少なくとも自分を知る力があれば、あんなみっともない格好はできないわよね?」


 生徒が呆れて指を差すフェリクスの燕尾服はローズピンクで、水色の糸で刺繍が施されている。

 残念ながらフェリクス本人が色も作りも地味な顔立ちである分、服装が目立ってしまうのは仕方がない。加えてエスコート相手であるニコラのドレスが地味なため、フェリクスの服装の派手さが際立ってしまうのだ。


「ニコラ嬢がピンクの髪に水色の瞳だからな。お互いがお互いの色に染まり合っているのを、見せつけたかったんだろう?」

 仲間がピンクの燕尾服に釘付けの中、令嬢の一人が目を見開いて声を荒げる。

「ちょっと、エドメ様が近づいて行くわよ!」

 怖いもの見たさ丸出しの令嬢が指を指した先には、深紅のドレスを着た令嬢が背筋を伸ばしてゆっくりと歩いている。

 彼女が向かう目的地が誰の下なのかは、その場にいる誰もが理解している。彼女の進む方向に立つ者が一斉に道を開けるので、飴色の床は目的地まで続くレッドカーペットさながらだ。

 ダンスを踊っていた生徒達も、いつの間にかホールの中心を明け渡すためにその場をそっと離れていた。そのおかげでホールの中心は、まるでコロシアムだ。

 円形闘技場を思わせる丸い空間に相対する三人。三人を円状に取り囲む観客は、三人に熱い視線を送り、闘いが始まるのを今か今かと待っている。

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