閑話――男バス1年生たちの会話


 学校の運動部の中でバスケ部は男女共に強豪として、毎年インターハイや全国大会に出場している。俺たちの親世代が学生だった頃にはマンガがきっかけでバスケブームが起こっていたらしいが、今は日本にもプロリーグがあってバスケ熱も徐々にではあるが上がってきている印象だ。


 結果を残すと学校側も厚遇してくれるようで、今年入学したばかりの俺たちも先輩方が汗水垂らして頑張った結果の恩恵を受けている。そのひとつがこの広い体育館だ。


 最大でバスケコートを4面使える巨大体育館なので、男子と女子でそれぞれ2コートずつ分け合って利用している。残念ながら俺たち1年はまだ筋トレや雑用しかできていないが、その筋トレがキツ過ぎて自分たちの体がまだまだ未熟であることを思い知る毎日を過ごしていた。


 今日もまた走って筋トレという日課のメニューをこなして、コートの隅っこで柔軟しつつ休憩していた。ボールが他のコートに飛んでいって邪魔にならないように、各コート間には緑色のネットが天井から吊るされている。その前で俺はぼんやりと隣のコートを見つめていた。


「お、なんだよ。藤間は河嶋さんみたいな子がタイプなのか?」


「は? 突然何言ってんだお前」


 突拍子もない質問をされて振り返ると、1年でリーダー的な役割をしている高橋が何やらニヤついた笑みを浮かべていた。確かに見とれていたのかもしれないが、それは恋愛的な意味ではない。それを伝えるために、大げさにため息をつきながらそう返した。


「いや、あまりにもジッと見てるからさ」


「……まぁ、河嶋さんが可愛いのは認めるけど。そうじゃなくて、ほら」


 俺はそう告げて、視線で彼女がシュート練習している様子を顎で指し示した。本来ならセンターライン付近からシュートを打つなんてブザービーターの時ぐらいだろうに、このシュート練習に意味はあるのだろうかと考えてしまう。


「あれが入るんだもんな、さすが1年でベンチメンバーに選ばれる訳だわ」


「動画を見せてもらったけど、あの決勝戦が初めての公式戦だったんだろ? それであの活躍はすごいよな」


 俺をからかう様子で話しかけてきた高橋だったが、話を振ると真面目な表情でそう答えた。こうして会話をしている間にも、彼女の手からシュートが放たれてゴールネットを揺らしている。ゴール下では同じ1年生の女子たちが落ちてきたボールを拾って、バスを回してからカゴへ入れていた。なるほど、彼女たちはボール拾いを兼ねてパスの練習をしているのだろう。


 河嶋ひなた――男バス女バス問わずに、今一番話題の人だと思う。さっきも言ったが先輩たちを押しのけて、この強豪校でベンチメンバーに選ばれたというのは素直にすごい。


 ただ彼女は生まれつき体が弱いらしく、中学を卒業するまでは入退院を繰り返していたという話を聞いた。そのせいで体力が他の部員たちより劣っているみたいだが、それでも筋トレやランニングなんかの練習に必死に食らいついているところも好感が持てる。でも実際使い所の難しい選手だよな、シュートセンスはズバ抜けていてもフィジカル的には強豪校の選手と比べたら勝負にならない。そんなアンバランスな彼女をあの決勝で見事に起用してチームを勝利に導き、今も傍から見ていれば意味があるとは思えない練習を河嶋さんにさせている女バスの監督。実はすごい人なのかもしれない。


「なんだよ、ふたりして女子の見定め中か? そんな楽しい話なら、俺らも仲間に入れてくれよ」


 そんなことを考えながら河嶋さんのシュート練習を眺めていると、ゾロゾロと同学年の部員たちが集まってきた。高橋といいこいつらといい、頭の中がピンク色過ぎるだろ。いや、俺だって興味がないわけではないが。


「河嶋さんかぁ……いや、かわいいし俺だって付き合えるっていうならすぐに飛びつくけど、あの子はやめといた方がいいんじゃないか? イチ先輩がツバ付けてるんだろ?」


「なんか前にイチ先輩が女バスの井上先輩と言い合ってるところを見かけたんだけど、別に付き合ってないみたいだぞ」


 余計な情報ばかりが頭の中に入ってくる、だから俺は別にそんなつもりじゃないって言ってるだろうに。もしかしてこいつらが全員河嶋さん狙いで、高度な情報戦を繰り広げてるんじゃないだろうな。疑いの目で仲間たちに視線を向けると彼らはそんな俺の視線には気付かずに、今度は他の1年女子の評価を披露し始めた。河嶋さんよりもこっちの方が詳細で熱が入っているのは、多分現実的に手が届きそうだからなんだろうな。


 河嶋さんは容姿端麗だし体が病弱ってところでちょっと気を遣うし、バスケ選手としての現時点での実績も彼女の方が上だ。これは男のプライドが刺激されて、なかなか近寄りがたい存在と言わざるを得ない。女バス1年の女子は可愛い寄りの容姿だし、俺たちと同じでまだ試合にも出られていないから余計な肩ひじを張らなくて済む。同じ目線で目標とかその日にあったことを話せる相手というのは、付き合う相手として考えれば結構理想的なのではないだろうか。


「ひな、ナイッシュー!」


 視界の中で仲間たちに口々に声を掛けられながら、さっきから数えて連続10本目のゴールを華麗に決めた河嶋さんが嬉しそうに笑っている。


 確かにもしも恋人を作るなら、さっき考えたみたいに同じレベルで一緒に歩いていける女の子を選んだ方が色々と気が楽だろう。けれども常識的に考えてこなすのが難しいというか無理難題な課題を悠々とこなす彼女を見ていると、自分も無理を承知で月に手を伸ばすことに挑戦してみたいという気持ちが強く湧き上がってきた。


 男のプライド? そんなものは何かを成し遂げた人間が持つもので、まだ高校バスケの中では何者でもない俺が気にするものじゃない。同じ目標を持って同じ高さの視線で歩くのは確かに楽しいのかもしれないけど、自分の実力よりも高い目標を見据えて努力した方が絶対に俺のためになるだろう。


「まぁ、頑張れよ。陰ながら応援してるからさ」


「……他人事だと思いやがって」


 肩を軽くポンと叩いてそう言った高橋から、ふいと視線を逸らしながら吐き捨てるように言った。実際にこいつにとっては他人事で、俺が頑張らなきゃいけないんだからその反応は当然なんだけどな。まずは普通に挨拶や軽く会話できるぐらい、俺の存在を彼女に認識してもらうことから始めようか。


 再びボールを構えてゴールを狙う河嶋さんの後ろ姿を見つめながら、俺はそう決意を固めたのだった。

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