34――まゆのライバル
会場に入ると色んな学校のバスケ部が、男女入り混じってホールにたむろしていた。そんな中オレ達が進んでいくと、まるでモーゼが海を割った時のように人が左右に分かれていく。
さすが昨年の県大会優勝校、そして全国でも優秀な成績を残しているだけあって名は広まっているみたいだ。でもそれは良い意味だけではなく、悪い意味でも広まっているんだろうな。
彼らにとってオレ達は目の上のたんこぶ、蹴落としたい相手なのだ。
「まゆ!」
人混みの中から大きな声で名前を呼ばれて、まゆが足を止める。人影から姿を見せたのは、オレはもちろんまゆより身長の高い女子だった。170センチはないと思うが、おそらく165センチ以上はあるんじゃないだろうか。オレ、この人をどこかで見たことがあるような、ないような?
「久しぶり、瞳。今年もまたうまいこと、決勝まで当たらない
「第一シードと第二シードよ、大体の場合は反対側の山に放り込まれるに決まってるじゃない」
そう言ってふたりは笑い合う。ライバル校に通ってても、仲良しな場合もあるんだなぁ。そう言えばオレも男だった中学時代は、他校でも会えば話すぐらいの知り合いは結構いたわ。
そんなことを思い出していると、瞳と呼ばれた女子が不敵な表情を浮かべる。
「まゆにとっては残念だけど、今年は全国の切符を私達がもらうからね。それだけの準備はしてきたし、悪いけど負ける気が全然しないのよ」
「あら、奇遇ね。こちらこそ悪いけど、県大会ごときで負ける気はないよ」
おお、二人の視線がぶつかり合って、バチバチと火花が散ってるのが見える気がする。いや、実際はそんなの見えないんだけどね。
笑いながらにらみ合うという器用な真似をしていた二人だが、満足したのか不意に瞳さんがまゆと手を繋いでるオレの方に視線をついと向けてきた。顔を見て、繋いでる手を見て、まゆの顔を見て。この順番で視線が3周ぐらいした後で、にやぁと何やら楽しそうなニヤケ顔をした。
「何、まゆってばそんなに面倒見よかったっけ? 手なんか繋いじゃって~」
瞳さんはまゆからオレの顔に視線を移すと、そんな風にからかってきた。その視線に『オレの顔に何か?』と小首を傾げて視線を向けると、興味深々な表情を浮かべて続ける。
「随分と大人しそうな子だけど、部のジャージを着てるってことはマネージャーじゃなくて選手なのよね?」
ああ、なるほど。確かにオレの外見だと強豪校の選手っていうよりは、マネージャーかと勘違いするよな。周囲の学校を見ても、マネージャーっぽい子はみんな制服で来てるし。
「ふふん、ひなたちゃんがウチの秘密兵器だって言ったら信じる?」
「……1年生なんでしょ、それに特に背が高い訳でもなさそうだし。そっちの学校だとベンチにも入れなさそうな感じだけど」
いたずらっぽく笑いながら言うまゆに、オレを改めてジッと見ながらブツブツと瞳さんは言った。そして我に返ったのか、失礼なことを言ってゴメンとオレに向かってペコリと頭を下げて謝る。いやいや、確かに言っていることは間違っていない。オレだって瞳さんの立場だったら、同じような印象を抱くだろう。
気にしていないことを伝えると、瞳さんはホッとしたような表情を浮かべた。そんなオレ達を見ながらちょっとだけ蚊帳の外っぽくなっていたまゆは、少し頬を膨らませながらもオレに瞳さんを紹介してくれた。まゆ曰く、彼女は中学時代同じ学校で一緒にバスケをしていたそうだ。ああ、さっき感じた既視感はそれか。オレも同じ中学に同級生として通っていたんだから、会ったことがあるはずなんだよな。そうやって聞くと、なんか中学の時にまゆとよく一緒にいた子の面影があるような気がする。
オレが自己紹介すると、瞳さんはにっこりと先輩らしく余裕たっぷりに笑って『よろしくね』と言いながら右手をぎゅっと両手で握ってくれた。
『それじゃあ決勝で会いましょう』と言った瞳さんにまゆが頷くと、彼女は満足気に去っていった。なんというか濃いキャラしてるよな、あの子。10年ぐらい前のマンガに出てきそうなライバルキャラって感じだ。
「あ、早くみんなに追いつかないと。ひなたちゃん、行くよ」
さっき離した手をもう一度繋いで、まゆが先導するように一歩先を歩くとオレの手を優しく引っ張った。そんなまゆに笑顔で頷いてその後に続く。さっきの瞳さんの学校とうちの学校がぶつかるのは決勝戦、そのためにはトーナメントを勝ち進まないと。気合入れて応援しなきゃな、試合に出られないんだからせめて応援ぐらいは頑張らなければ。
一回戦は相変わらずシードで試合をする必要がないので、他の高校の試合を偵察する。地区大会の時と同じ段取りでスマホを構えて、俯瞰的にコートの撮影を始める。
なるべく手ブレしないように、と気をつけながら画面の中のコートを見つめていると隣に座るまゆがいつもより低めの声で言った。
「それで? 何でまたアンタがここにいるのよ」
「男子部は女子部より人数が多いからな、偵察は他のヤツに任せて遊びに来てやったんだよ」
「誰も来てくれなんて頼んでませんけど?」
「俺も別にまゆの所に遊びに来た訳じゃないんだが」
オレを挟んで左右でポンポンとリズムよく言い合うまゆとイチ。どうでもいいが、お前らのそのケンカっぽい言い合いが全部動画に録音されてるんだけどいいのか? 声だけ聞いてると自分の気持ちに素直になれないカップルが、ここぞとばかりにじゃれ合ってるようにも聞こえる可能性があるぞ。ふたりの表情を見るとそのセンは絶対ないのがすぐに判るけど、変な誤解されてもオレは知らねーぞ。
「なぁ、ひなた。お前らの試合の合間でいいから、俺達の応援にも来てくれよ」
「試合中じゃなければ、別に行ってもいいですけど……」
いくら試合に出ないとはいえ、さすがに試合中は抜けられないからな。今のところ例の温存作戦は続行中なので試合には出ないだろうし、体力的には全然余裕があるだろう。そう思ってOKを出そうとしたら、隣からストップがかかった。
「なんでひなたちゃんがイチの応援しなきゃいけないのよ、私達の応援で疲れてるんだから休ませてあげてよね」
「お前らは試合中ずっと応援してもらえるんだからいいだろ、後輩の野太い声援じゃやる気が出るどころか萎えるんだよ」
イチの哀愁漂うセリフに、確かに男子よりは女子の応援の方がやる気出るだろうなぁと素直に思う。でもそれはオレじゃなくてもいいはずだし、イチのことを好きな先輩も誘ったらどうだろう? 多分やる気満々で全力応援してくれると思うぞ。
オレがそう言ったら『そうじゃないんだよ……』と寂しそうに言って、しなだれ掛かるようにオレを抱きしめてきた。おいおい、何抱きついてきてるんだこいつ。しかもまゆ達と違って胸板とか腕とか硬くてゴツゴツしてるし。っていうか、オレも1年ちょっと前まではこうだったはずなんだよなぁ……ここまでとは言わんが、切実にもうちょっと筋肉欲しい。
「イチ先輩、画面がブレるのでやめてもらえます?」
「アンタ何女の子に気軽に抱きついてるのよ、いい加減にしないとボコボコにして会場の外に捨てるわよ!?」
オレが冷静に言った後、まゆがイチをオレから引き剥がそうと必死になって、イチはそうはされまいと抵抗し始めた。3人でしばらく揉み合った結果、スマホに録画された動画はブレブレになっていて、オレとまゆはそれを見た監督と部長から叱られる羽目になった。イチはその場にいなかったがオレ達から事情を聞いた監督から男子部の監督に話がいって、大会後に罰として通常よりもかなりしんどいトレーニングメニューを課されたらしい。へっ、ザマァミロだ。
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