28――キャンプファイヤーでの出来事
ゴールデンウィーク最終日、合宿の疲れを取るために今日は一日オフだ。男だった頃の練習量と比べれば半分にも満たないはずなのに、昨日は帰宅するや否や風呂に入ってすぐに寝てしまった。風呂に入らずにそのまま寝てもよかったのだけど、BBQとキャンプファイヤーで煙の臭いが身体に染み付いていたので、早く洗い流してしまいたかったのだ。
昨日のキャンプファイヤーとBBQは『大会での健闘を祈って』とみんなを鼓舞するためのものだったのだけど、キャンプファイアーがあることを知っていた先輩達が有志を募って出し物をしてくれた。男バスの部員が多かったが漫才とかダンスとかコントとか、彼らが出し物をしてくれていなかったらグダグダになっていたかもしれないな。
ただ男バスの1年生が、先輩達の命令で一発芸をさせられていたのはちょっと心が痛かったな。突然そんなことを言われても、前もって準備していた先輩達とは違ってぶっつけ本番でできることなんてスベることが確定しているも同然だ。
それでも彼らは頑張ったよ。シラーっとした空気にも負けずに円周率を何桁も諳んじてみたり、バク転してみたり。オレも男の時はこういうノリで後輩に無茶振りしていたなぁ、女になってこういうのにはなんだか嫌悪感があるから今後は同じことをしないように注意しておこう。
うちの先輩達はオレ達に何かしろなんて無茶振りはしないだろうし、実際にしなかったからな。まぁオレ達も何もしていない訳ではなくBBQでお肉焼いたり野菜切ったりしたから、それが出し物代わりになってるのかもしれないが。
部員達の自主性に任せるという都合のいい免罪符を使って、本来こういう場をまとめるべき監督達がお酒を飲みながら大人同士で談笑していた。特に男バスの監督よ、お前の言うことなら先輩達も聞くだろうからちゃんと締めとけよとちょっとイライラしたりもした。
出し物が終わると自主的にキャンプファイヤーの周りに円を作って踊りだす人達がいる一方で、地面に座って男女カップルでイチャイチャし始める人達も出てきた。
その空気にアテられたのか男バスの先輩が公開告白したのを皮切りに告白大会が始まって、カップルが成立したり男女関係なくフラれたりともうカオスな状況だ。イチにも何人かの女子が告白しているようだったが、結構バッサリと振っていて全員が泣きながらその場から走り去っていった。まったく、断るなら未練なく振るのが一番いいのかもしれないけど、もうちょっと優しくできないのだろうか。イチのくせに生意気だわ、とこき下ろすように言ったまゆが、紙皿によそってくれたキャベツをモシャモシャ食べながら思ったりもした。
でもすぐその意見は取り下げる事になる。せっかくのんびりと食事をしていたオレのところに、1年生男子が告白しに来たのだ。チャラい雰囲気もなく髪も短く切りそろえたスポーツマンタイプのヤツだったから、冗談とかそういう雰囲気は微塵もなかった。せめて冗談で逃げられる状況なら、オレもそれに乗っかって同じように冗談っぽく躱せるのだが。
「河嶋さん、ちょっといいかな?」
その真面目なトーンにオレもイチに倣ってきっぱりと切り捨てる覚悟を決めるべきかと思っていたが、隣からにょきっと腕が伸びてきてオレの肩をガッと抱いた。驚いて隣を見ると、そこには見たことがないくらいの笑顔を浮かべたまゆがいた。でも笑っているのに、どこか怖くてこの場から逃げ出したい気持ちになる。
「何? うちの大事な後輩になんの用事?」
「いえ、あの……河嶋さんにですね、その。告白を……」
「ん? ごめん、よく聞こえなかった。ひなたちゃんになんて?」
「ですから、その……なんでもないです」
まゆが怖かった気持ちはわかるけど、告白するつもりならもうちょっと頑張ったらいいのに。いや、断るのは決定事項なんだけどな。そんな自分勝手な感想を思い浮かべながら彼の背中を見送っていると、周囲からこそこそと離れていく同級生の男子がチラホラと見える。
「フン、だ。私程度でビビって逃げるぐらいなら、最初からひなたちゃんに告白する権利なんてないっての」
「そ、そうですね……」
鼻を鳴らしながら勇ましく言うまゆに、オレは曖昧に相槌を打って頷くしかできなかった。お前は一体誰目線で言ってるんだよ。
「アンタも、隠れてないで出てきなさいよ! ひなたちゃんに悪い虫が集ってたのに、隠れてジッと見てるだけなんて」
振り返って木の陰にそう怒鳴ったまゆの声に、姿を見せたのはイチだった。お前! 隠れて見てたのなら助けろよ、まゆが言う通りだわ。先輩なんだからこういう時は上級生パワーで、後輩達を追い払って欲しかった。
オレが抗議の視線を向けているのを見て、イチは『わかってないな』とでも言いたげなちょっとバカにしたような、それでいてからかうような表情で言い訳を始めた。
「いいか、お前ら。さっきから見てたと思うが、俺はモテる。そんな俺がひなたを助けたらどうなるよ? 多分明日からこいつ、女バスの先輩達にイジメられるんじゃないか」
イチの言葉に、確かにそうかもしれないとオレとまゆは渋々ながら頷いた。昨日のミーティングでイチとは付き合ってないし、そんな気持ちは欠片もないと明言しているからな。ウソをついたのかと責められたり、実は隠れて付き合っていて先輩を騙したとイジメられる可能性もなくはないのかもしれない。
生粋の女子であるまゆが否定の声を上げないのだから、オレが想像した通りあり得る話なのだろう。オレ達の反応を見て、イチは我が意を得たりとばかりにドヤ顔をしていた。
「もちろん、あいつや周囲でワンチャン狙ってたヤツ等がこいつに何かしようとするなら、出ていく気だったけどな。まぁあいつらにそんな度胸はないだろうが」
「なるほど、美味しい所だけ持っていくつもりだったと言うわけね」
まゆのツッコミにギクリとした表情を浮かべたイチだったが、気を取り直して『違うぞ!』と反論し始める。こうしてジャレてる二人を見ていると、オレ達といる時のイチは中学時代のこいつに少しずつ戻ってきているような気がする。しかしなんでこいつがそんなにモテるのかねぇ、なんか納得できなくて少しだけモヤモヤするな。
でもなんだかこうしたやり取りが中学校の頃の、オレが男だったあの頃に戻れたみたいで嬉しくて、気がついたら笑っていた。そんなオレを見て急に動きを止めるイチとまゆ。なんだよ、オレが笑うのがそんなにおかしいのか。それともオレの笑顔、どこか変か?
「あ、あのさ! ひなた、俺……実はお前のことが」
「ちょっと、イチ! アンタ血迷って何を言うつもりよ!?」
何故か顔を赤くしたイチが何かをオレに言おうとして、何故か血相を変えたまゆがそんなイチに文句を言うという、よくわからない修羅場が展開されていた。さらに男子部の後輩達がイチの手や足をガッと乱暴に掴む。
「先輩、何やってんスか? 前からの知り合いだからって、抜け駆けはよくないッスよねぇ」
「ちょっと僕達とあっちでお話しましょうか。あ、河嶋さんや井上先輩はここでメシ食っててくださいね」
さっきオレに話し掛けてきた爽やかスポーツマンな同級生が笑顔でそう言って、イチは後輩数人に引きずられて行った。元男だが、あいつらが何をしたいのかさっぱりわからん。ほら、まゆだってドン引きしてるじゃないか。
「ひ、ひなたちゃん……ごはん、食べちゃおうか」
「そうですね、そうしましょうか」
戸惑いつつもなんとか笑顔を作って言ったまゆに、オレはそう答えてこくりと頷いたのだった。
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