26――ミーティングにて


 部屋に移動して、昨日できなかったミーティングへと挑む。さて、今日は揉めないといいなと思って畳の上にまったりと座っていると、部屋に入ってきた監督にいきなり立つように促された。


 少し遅れて部員全員が立ち上がって、オレの前に並んだ。何が始まるのかとヒヤヒヤしていたら、タイミングピッタリに全員が『ごめんなさい』と頭を下げる。


 一体何について謝られているのかわからずオドオドとしていると、オレの正面で頭を下げていたまゆが顔を上げて言いにくそうに説明してくれた。


「監督の一存なのにひなたちゃんを責めるのはあんまりにも理不尽だと思ったから、昨日ひなたちゃんが眠った後でみんなと話し合ったの。その、ひなたちゃんのこれまでの話とかの説明も」


 ああ、病弱設定の話か。どうりで昨日あんな風に疎まれるというか妬まれている感じだったのに、今日は朝から違う雰囲気の視線が向けられているなぁと思っていた。なるほど、同情してくれていたんだな。本当に身体が弱くて入退院を繰り返していた人だったらその視線にイラッとしていたのかもしれないけど、オレにとってはただのカモフラージュのための設定だから別になんとも思っていない。


「本人の許可もとらずにみんなに話しちゃったのは、本当にごめんなさい。でもあのシュート力はひなたちゃんがすごく努力して身につけたものなんだよって、みんなに知って欲しくて」


「えっと、それは全然いいんですけど……」


 なんかそこまで真剣に謝られると、罪悪感でオレの良心がチクチク痛む。とりあえず部員達の認識として、頑張って努力してシュート力と対部長戦で見せた瞬発的なテクニックを身につけた子、というポジションを手に入れたみたいだ。病弱だったせいで体力がないという欠点もあるから、みんなも受け入れやすかったんじゃないかな。


 イチにさっき言われるまでもなく、みんなにオレが責められないように自発的に動いて守ってくれたまゆ。その気持ちがすごく嬉しくて、なんだか胸がポカポカとした。


 ただ実際は病弱なのが原因ではなくて、女になってしまったのが原因で体力がないだけだから後ろめたいよな。筋力と持久力が付きにくくても、ちゃんと頑張ってトレーニングしてひと試合通して出場できるようにならないとな。


 オレがそんな決意をしているうちに謝罪の話はこれで終わり、という雰囲気になった。オレも含めた全員がそれぞれ元いた場所で腰を下ろして、監督が持ってきたホワイトボードに注目する。そこに描かれているのはバスケットコートで、磁石がポジションの位置にそれぞれ貼り付けられている。


 うちのレギュラー陣、超攻撃的シフトなんだよね。全員バスケとでも言えばいいのか、全力で攻めて守ってコートを縦横無尽に走り回る感じ。それだけの体力を求められると考えると、基礎トレーニング満載の練習メニューが組まれているのも納得だ。こういう場合は誰々と交代して、こう攻めるというようなシミュレーションを説明する監督。レギュラーと控えメンバーそれぞれの名前を一人一人出して、こういう時に出場させるからこう動け。周りもこういう感じにフォローしてやれと指示も具体的で、案外細かい性格をしているのかもしれない。


「さて、以上だが質問はあるか?」


「あの監督、河嶋さんについては何もないんですか?」


 オレの名前が呼ばれなかった事に疑問を持ったのか、副部長が挙手してそう質問した。確かにオレの名前は呼ばれてないんだけど、実質シュートをちゃんと決めろぐらいしか言う事がなかったんだろうなと思う。


「河嶋については、地区大会は出場させるつもりはない。県大会もできるだけ温存して、インターハイで出番が来るのが一番理想的な展開だな」


 監督の言葉に、部員の頭の上にハテナマークが浮かぶのが見える。オレとしても出場機会がもらえるなら嬉しいが、そうもできない監督の意図も理解できるので痛し痒しというところだ。


「ひなたちゃんのシュートがあった方が、より確実にトーナメントを勝ち進んでいけそうな気がしますけど。どうして温存するんですか?」


「……わからないか?」


「はい。どちらかというと試合に出して、経験を積ませた方がいいと思います」


 まゆの主張にため息をつきながら言う監督に、まゆは更に挑戦的に断言した。周りの先輩達も『1年生だしね』『試合慣れさせた方がいいよね』と口々に言っていた。


「では私と同じく河嶋を温存すべき、と考える者はいるか? その意図を説明できれば、なおよし」


 監督がその理由を考えさせようと提案したが、誰も手を挙げようとしない。みんなに味方してもらったのに裏切るみたいで申し訳ない気持ちになるけど、監督の意図にも一理あると思っているオレとしてはみんなに理解して欲しいとも思っている。


 仕方なく手を挙げると、周囲から驚きの視線がオレに飛んできた。そりゃそうだよな、オレも逆の立場ならおんなじ顔してびっくりしてると思うよ。


「よし、河嶋。思った通りに言ってみろ」


「地区大会みたいに強い学校と弱い学校が混じっている状況ならまだしも、県大会になるとそれなりに勝ち残ってきた実力のある学校ばかりになりますよね。私のプレイを何度か見た強豪校は、あっという間に私を抑えるために対策してくると思います。マンツーマンでマークに付かれてシュートも打てない状況になった時、私は仕方なくパスを選択するでしょう。でもそんな苦し紛れのパスなんて、パスコースは読みやすくなりますよね。相手がパスカットしやすくなれば、カウンターをもらいやすくなりますし」


 簡単に言うとオレのシュートは、ある程度の実力がある強豪校にとってただの一発芸だってことだ。もちろん攻めのパターンやフェードアウェイシュートとかのテクニックを使っていけば、慣れさせない運用だってできると思う。でもライバル達に情報を与えて対策される隙ができるぐらいならば監督は徹底的にオレの出場機会を遅らせて、大ピンチがきた時のために初見殺し的な必殺技として使うことを選んだのだろう。


 オレが一通り説明すると、監督は満足そうに頷いた。部長戦で見せたドリブルでマーカーを抜くこともできるだろうけど、急加速とストップは体力を著しく消費する。体力がないのがネックなオレとしては多用もできないし、コートに居られる時間も減るしで現状では自爆技に近いものなので簡単には選べない。おそらく監督も同じことを考えているのだろう。


「自己分析がちゃんとできていて結構だ。という事で諸君、私としても断腸の思いで河嶋の温存を決断した。考えたくはないがうちのチームが大差で負けていた場合、2点よりも3点の方が当たり前だが点差を詰めやすい。1年生の河嶋には多大なプレッシャーが掛かるが、万が一の時の保険としての役目を求めるということだ。しかしピンチはチャンス、もしもそういう状況で試合に出た場合は、河嶋には通常よりも濃い試合経験を得られるだろう」


 試合経験もない1年生に監督がまた無茶な事言い出したぞ、と部員みんながオレに向ける視線が同情の色に染まる。それについてはめちゃくちゃ同意だが、オレは中学時代に公式戦には何度も出場しているからまだマシだが、本当に試合経験のない初心者がこんなにプレッシャーを掛けられたら精神的に病むまであるぞと言ってやりたい。


 そんな本当の事情を言えないオレは、監督からの無茶振りの被害者としてみんなの視線に苦笑を返した。それでも毎年女バスを全国大会に導いている監督なのだ、信じてついていくしかない。そんな部員からの諦め半分信頼半分の視線を向けられた監督は、ひとりご満悦な表情でお気楽な笑みを浮かべていたのだった。

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